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居酒屋領主館【TOブックスより2026年8/15書籍発売&コミカライズ進行中!】  作者: ヤマザキゴウ


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454/491

454.冒険の序曲

 ラルフ一行を乗せた二隻の巨大魔導船舶――『アビエラ・グレイス号』と『ウル・ヨルン号』は、三日間に及ぶ順調な航海を経て、ついに目的地の巨大な河口へとたどり着いた。


 そこに広がっていたのは、息を呑むような大自然のスペクタクルだった。

 上流の広大な熱帯雨林から押し寄せた、泥と有機物をたっぷりと含んだカフェオレ色の淡水。それが、外洋の突き抜けるようなコバルトブルーの紺碧と激しく衝突し、水面に複雑で巨大なマーブル模様を描き出しているのだ。海水と淡水がせめぎ合う汽水域の境界線を越え、二隻の巨体はダキヤラ河の流域へと進路を取り、ゆっくりと、しかし確実に遡上を始めた。


「ラルフ様! もう少しで、目的地である『キルト・キャンプ』に到着します!」


 心地よい南国の潮風を浴びながら、デッキの最前方に立っていたヨハンが、弾んだ声で後方へと報告を飛ばした。


「確か、そこって冒険者とか、自分の船を持ってるような商人たちが世界中から集まる、巨大なマーケットみたいな場所なんだっけ?」


 手すりに肘を突き、茶褐色に染まる水面を物珍しそうに眺めていたラルフが、振り返りながらそう聞き返した。


「はい、その通りです。ただのキャンプ地という触れ込みですが、今や、ちょっとした活気ある港町のような規模になっているのですが……」


 かつて、とある取材旅行の折にこの地を踏んだことのあるヨハンは、その時の記憶の光景を脳裏に思い浮かべながら、しみじみと語った。


 すると、その少し離れた場所で、船の防護柵にぐったりと寄りかかり、この世の終わりかというほどげんなりとした表情を浮かべている男が一人。


「ハァ……。まったく、なんで俺まで、こんな……」


 ラルフの手によって、あの夢のような南国の楽園島から半ば力ずくで拉致されてきたコール・ディッキンソンが、やり場のない恨み言をボヤいていた。


 しかし、そんなコールの哀愁を吹き飛ばすように、船内から一段と賑やかな声が響き渡る。


「はーい、みんな! 特製カレーが出来上がったわよぉ! 冷めないうちにさっさと集まりなさい!」


 声を上げたのはエリカだった。弾んだ、しかし相変わらずどこか不遜で女王様気質な叫び声がデッキに響く。


「……はは、またカレーか。いや、まあ。いいんだけどさ……」


 ラルフは苦笑交じりに肩をすくめた。この三日間の航海の間、エリカが船内の台所で意気揚々と腕を振るって作るメニューは、ことごとくカレーライスだったのだ。とはいえ、毎回スパイスの調合を変えたり、具材に少しずつバリエーションを持たせたりといった工夫が凝らされていたため、不思議と飽きがこないのだけは不幸中の幸いと言えた。


「ほら! そこのアンタもいつまでも黄昏れてないで、早く席につきなさい!」


 エリカが容赦なくコールの太い腕を引っ張る。


「あ、ああ……分かった、分かったから引っ張るな……っ」


 コールは元テロリストとは思えないほど大人しく、躊躇いがちに彼女の勢いに引きずられていった。


 本日、波の穏やかな大河に進入したこともあり、一行はデッキの上に大きなテーブルを広げた。遮るもののない青い空の下、優しく吹き抜ける南国の風に吹かれながら、上陸前最後となる優雅な水上昼食会が始まった。


「では、いただきます……」


「「「「いただきます!」」」」


 ラルフの合図から、全員の声が重なり、スプーンが一斉に動き出す。


「ムシャムシャ……。ねえヨハン、そのキルト・キャンプって場所では、西大陸語はちゃんと通じるのかしら?」


 エリカがスプーンを口に運ぶ咀嚼の合間に、ふと浮かんだ疑問を口にした。


「はい、問題ありませんよ。王国の高ランク冒険者たちも大勢出入りしていますし、共和国や帝国の有力な貿易商たちも一攫千金を狙って集まっていますからね。言葉の心配はほとんど……モグモグ、ありません」


 口いっぱいにご飯を頬張ったヨハンが器用に答える。


 そんな中、ラルフは自分の目の前に置かれた皿をじっと見つめたまま、完全にフリーズしていた。


「お、おい……エリカ。これ、何かの間違いじゃないか? なんで、カレーの上にパイナップルが載ってるんだ……?」


 そこにあったのは、シンプルながらも濃厚な香りを放つシーフードカレー。

 しかし、その中央に鎮座していたのは、小さく刻んだ欠片などという可愛いものではなかった。厚みのあるスライス、つまり見事な輪切りにされたパイナップルが、ドーンと大胆に二枚もトッピングされていたのだ。


 ラルフの前世における記憶――「酢豚にパイナップルを入れるか否か」という永遠の論争以上に、この暴挙には疑問を抱かずにはいられない。


「いいから、四の五の言わずに食べてみなさいな。あの島で分けて貰った果物なんだから」


 エリカは少しも怯むことなく、堂々と薄い胸を張った。

 『あの島』とは、もちろんコールがハメハメハ大王さながらに君臨していたあの開拓島のことだ。現在は、共に流されたカドス民たちを中心に、着々と独自の開拓が進められている。


 そして、その言葉を聞いた瞬間、ラルフの脳裏にある直感が走った。


(なるほど。これ、普通の果物じゃないな……リグドラシル産か……っ!)


 あの島の中央に、エルフのユロゥウェルから譲り受けた『謎の種』をこっそり植えておいたのを思い出したのだ。あの謎の木から採れた超一級品の果実なのだとすれば、話は変わってくる。


 覚悟を決めたラルフは、試しに一口食べてみることにした。スプーンでパイナップルを押し割り、黄色の果肉と褐色のルゥ、そして炊き立てのご飯を黄金比率で掬い上げ、口の中へと放り込む。


(えっ!? う、嘘だろ……うまっっ!!! え、美味っ!!)


 ラルフは驚愕のあまり、カッと目を見開いた。

 まず舌を強烈に刺激したのは、南国の熱気に負けないかなりスパイシーで本格的な辛味。だが次の瞬間、鼻腔をふわりと抜けたのは、濃厚なエビの旨味と凝縮された磯の風味だった。そこへ、パイナップルが持つ独自の爽やかな酸味と暴力的なまでの甘みが混ざり合う。それは前世の記憶にある、極めて洗練された高級エスニック料理、あるいは本格的なタイカレーに近い奇跡的な仕上がりとなって完成していたのだ。


 ラルフが驚きと共に極上の美味をゴクリと飲み込むと、その表情を横目でじっと観察していたエリカが、してやったりとばかりに「ふふんっ!」と鼻を鳴らしてニンマリとほくそ笑んだ。


「美味しい〜! このカレー、すっごく好き!」


「辛いけど、なんだか甘〜い!」


 ミンネとハル、幼い二人からも大絶賛の声が上がり、スプーンを動かす手が止まらない。


 そんな水上での穏やかで、どこか賑やかな昼食が終わりを告げる頃、いよいよ二隻の巨船はキャンプ地へと迫っていた。

 そこは、大河が不自然に大きくカーブし、天然の良港を形成している入り江のような地形だった。


「おおっ! 見よ、船があんなにひしめき合っておるぞ!」


 船の先端で、子供のように目を輝かせた国王が身を乗り出して指し示す。


「やはり、未開のフロンティアというのは人々のロマンを刺激しますなぁ。おや? よく見れば、聖教国の紋章を掲げた大型船もあるようですぞ」


 その隣で、普段は冷静な宰相までもが、滅多に見られない光景に目を丸くして感嘆の声を漏らしていた。


「なるほどな。……こりゃあ、確かに『マーケット』って言葉がぴったりだわ」


 ラルフもまた、初めて目の当たりにするその異様な熱気に満ちた光景に、思わず息を呑んだ。


 接岸された、色とりどりの国旗やギルド旗を誇らしげに掲揚する無数の船舶。

 そして岸辺には、大小様々な天幕が立ち並び、所々で大声を張り上げた商談や、珍しい素材の競りが行われている熱気が、川風に乗ってこちらまで伝わってくるようだった。


 そこへ、圧倒的な威容を誇るアビエラ・グレイス号とウル・ヨルン号が、ゆっくりと滑り込むように近づいていく。

 すると、岸辺にいた人々がその規格外の魔導船舶に気づき、騒ぎ始めた。


「あ! おい、あれを見ろ! 『ウル・ヨルン号』だぞ!」


「え? あ、本当だ! ……あれ? ちょっと待って、あそこにいるのって、もしかしてラルフ様じゃない!?」


 数人の冒険者たちが、甲板の上からこちらの様子を眺めていたラルフの姿を見つけると、文字通り飛び上がって手を振り始めた。


「おーい! ラルフさまぁぁぁ! こんな最果ての島に、一体何しに来たんですかー!?」


 と男が大声を上げ手を振る。  

 更に、その隣では、


「あれーっ! ねぇ、ミンネちゃんとハルちゃんも一緒にいるじゃない!? おーい! 久しぶりー! 元気にしてたー!?」


 ちぎれんばかりに大きく手を振る彼女たち。

 それは、ラルフが経営する『居酒屋領主館』の常連であり、ロートシュタインをホームに活動しているお馴染みの高ランク冒険者パーティーだった。

 どうやら、現在はここ南方での珍しい素材の採集クエストか、大型魔獣狩猟ビッグ・ゲームに励んでいる最中らしい。


 船が完全に停止するよりも早く、ラルフはひらりと手すりを乗り越え、そのまま船の上から飛び降りた。


「えっ!?」


 背後でハルが驚愕の悲鳴を上げる。

 しかし、ラルフは空中を落下しながら、左目に特有の鮮烈な赤い魔力を宿らせた。

 すると、彼の身体を包むようにフワリと見えない力が働き、落下速度が劇的に緩やかになる。浮遊魔法をコントロールし、得意げに、まるで鳥の羽のように優雅に地上へと着地してみせた。


「よっ! お前ら、久しぶりだな。最近見かけないと思ったら、まさかこんな海を渡った遠くまで遠征してたとはね」


 ラルフは衣服を整えながら、気さくに笑顔で挨拶を交わした。


「ええ。ロートシュタインは飯も酒も最高なんですけど、毎日毎日ダンジョンばかりに潜ってても、流石に飽きちゃいますからね。たまの気分転換、ちょっとした気晴らしみたいなもんですわ」


「はは、なるほどね。それなら、僕の今回の目的も似たようなもんさ。普段は領主として、ついでに居酒屋経営の仕事に追われてるからね、珍しくこうして、遠くまで旅行というわけさ」


 リーダー格の冒険者が、ジト目をしながらラルフの顔を凝視する。


「ふーん…………。旅行、ねぇ。……で、本当のところは?」


「あのクソ国王のワガママに付き合わされてんだよ! こんちくしょう……っ!!」


 ラルフは瞬時に笑顔を消し、額に青筋を浮かべて怒りに顔を引き攣らせた。あまりにもリアルな本音が炸裂する。


「アッハッハッハッハッ! やっぱり! そんなことだろうと思いましたよ!!」


 冒険者たちは腹を抱えて大爆笑した。彼らもまた、ラルフの異常なまでの「巻き込まれ体質」と、本人の意思とは裏腹に厄介事の渦中へと全速力で首を突っ込んでしまう悪癖を、完全に熟知していたのだ。


 すると、そんなラルフの背後、つまり未だ接岸中の船の上から、凄まじい大声が降ってきた。


「おい! 早く、早く儂を地上へ下ろせ! 一刻も早く釣りをさせろぉ! ほら見よ、あそこの停泊している船の影に、見たこともないような巨大な魚影が見えているではないかぁぁ!」


 自慢の最高級釣り竿を両手で掲げ、駄々っ子のように大暴れしているのは、他でもない、国王陛下だった。


「えっ……!? う、嘘、本当に国王陛下もいるし……」


 先ほどの女性冒険者も、あまりにも信じがたいそのフリーダムすぎる光景に、顔を引き攣らせて固まっていた。

 だがまあ、毎晩のようにロートシュタインの酒場で泥酔してクダを巻いているあの国王の規格外なバイタリティを考えれば、あり得ない話ではないか……と、無理やり自分を納得させているようだ。


「ほんでほんで? このマーケットでは、何か珍しいモノが手に入るのか?」


 気を取り直したラルフが尋ねた。


「そりゃあね。ここで一番価値があるのは、やっぱり本国じゃあ、なかなかお目にかかれない、貴重な『香辛料』ですよ!」


 別のメンバーがそう教えてくれた、まさにその刹那だった。


「ちょっとぉぉぉ! 聞こえたわよ! 香辛料ですって、香辛料!! アタシも早くそこへ下ろしなさい! ラルフっ! ねえラルフってばっ! あたしにも今のフワ〜って浮く魔法をかけなさいよ! 今すぐここから飛び降りてやるわァぁぁぁっ!!」


 船の上のデッキから、今度はエリカまでもが目を血走らせて暴れ出し、あろうことか防護柵に片脚をかけてスカートを翻し、飛び降りの構えをとった。


「ちょっ、おい! お前正気か!? 危ないから本当にやめろ! なんなんだよ一体、この暴れん坊令嬢はっ!? 誰か止めろよーーっ!!」


 そんな彼女の腰を、コールが必死の形相で背後から抱きかかえ、全力で制止している。


 地上のラルフは、天を仰いで深く、深く、魂を削り出すかのようなため息をついた。


 なんだか、いつものことではあるが、(もう慣れてしまったが……)『居酒屋領主館』のあの騒々しさと混沌をそのまま船に詰め込んで持ってきたかのような大騒ぎである。

 こうして、一国の王を伴った前代未聞の「南方学術調査隊」による、波乱に満ちた初上陸の一幕として、呆れるほど賑やかに序章を迎えたのだった。

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