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43.王女とハル

「はっ! クレア陛下! ご無沙汰しております」


 ラルフは、とっさに膝をつき、王妃に最敬礼した。彼の頭の中では、敬称が「妃殿下」で良いのか、「陛下」と呼ぶべきか、一瞬逡巡したが、とりあえず最高位の敬称を使うのが無難だと判断したのだ。


 クレア・バランタイン。三十歳を越えても、美しさと気品にあふれた、若々しい姿。諸国が「王国のダイヤモンド」と称するその美しさに偽りはない。


「いつも例の石鹸と香油をありがとうね。もう少し増産してくれると嬉しいのだけど。結構せっつかれるのよねぇ。まあ、だけど、今まで通りで問題はないけれど……」


 クレア王妃は、にこやかに微笑みながら、ラルフに感謝の言葉を述べた。彼女の視線が、ラルフの横に控えていたハルの姿を捉えた。ハルはそれに気づき、どうすればよいのか考えあぐねて、獣人特有の猫耳をピョコっと動かした。すると、


「か、か、か、カワイイ!!!」


 クレア王妃が、まるで子供のように目を輝かせ、ハルに抱きついた。ハルは、突然の抱擁に「え? え? え?」と戸惑い、ラルフに助けを求める視線を送った。


 ラルフは、それを見て、ニヤリと笑った。


「うーん。あなた、お名前はなんて?」


 王妃は、ハルを抱きしめたまま尋ねた。


「ハ、ハルです」


 ハルは、緊張しながらも答えた。


「ハルちゃん! カワイイ名前ねぇ。あっ、でも! 語尾にニャ、とか言わないの?」


 王妃は、さらにハルを抱きしめながら、興奮気味に尋ねた。ハルは、再びラルフに助けを求める視線を送った。すると、ラルフは、なぜかウインクを返した。


「は、ハルです、ニャ?」


 ハルが、恐る恐る語尾に「ニャ」をつけて言ってみると、


「ぐはっ!」


 クレア王妃は、胸を押さえて吐血しそうな声を上げた。その顔は、喜びと興奮で紅潮している。

 実は、ラルフが獣人であるハルを連れてきたのはこの為だったのだ。王妃様は、猫を三匹飼われていて、その子たちにかなりのご執心だという情報を掴んでいた。


「ドーソン公爵! この子を私に下さいな!」


 王妃は、ひょいっとハルを抱き上げてしまった。そして、ハルの髪に顔を埋め、スーハースーハーと匂いを嗅いでいる。麗しいご婦人でなければ、完全に通報案件である。


「ダメです」


 ラルフは、きっぱりと言い放った。周囲の貴族たちが、その言葉にざわめいた。


「おっ、おい! いくらなんでも、陛下に対して不敬だぞ!」


 周りの貴族たちが咎める。しかし、クレア王妃は全く気にしていない。


「うーん、ドーソン公爵のケチっ! じゃあ、ハルちゃん本人に聞いてみましょう? ウチの子になりたくなーい?」


 王妃は、ハルに笑顔で問いかけた。


「わ、わ、わ。ハルちゃんが。王女様になっちゃう!」


 ミンネが、目を輝かせて言った。その言葉に、ラルフは思わず想像してしまった。ハルが王冠を被っている姿を。


「ならない! ならないから! ミンネ、お前、面白いこと言うなぁ!」


 ラルフは、爆笑しながら慌てて否定した。


「あらっ! あなた、ミンネちゃんって言うの? あなたも可愛いわねぇ! 二人揃うと、双子みたいじゃない!」


 クレア王妃は、今度はミンネの方に目を向け、ミンネのこともひょいっと抱き上げた。ミンネは「うわっ!」と驚きの声を上げた。王妃は、右手にハル、左手にミンネを抱き、ご満悦そうだ。意外に力持ちだなぁ、とラルフは思った。そして、


「クレア陛下、お戯れはほどほどに。ミンネもハルも困ってますよ。二人に嫌われたくはないでしょう?」


 ラルフは、子供たちの視線を受け、王妃に声をかけた。


「あら! 私ったら。ウフフ、じゃあ二人とも、いつでも遊びに来なさいな! いつでも良くてよ」


 ラルフの言葉にようやく、王妃は二人を解放した。解放されたミンネとハルは、少し顔を赤らめながらも、王妃の優しさに感謝の言葉を述べた。



 この日を境に、王国は獣人と人族との融和政策が急速に進んでいった。王妃が獣人の子供、ハルを抱擁したという逸話は、瞬く間に王都中に広まり、これまで差別や偏見にさらされてきた獣人や亜人たちに、大きな希望を与えた。




 後年、『王女とハル』という絵本が発売され、大ヒットする。

 その物語は、獣人の少女ハルが、王女と友情を育み、やがて王国全体の架け橋となるという、感動的な内容だった。

 その後、何百年にもわたって、この逸話は出版され、獣人や亜人と人族との共生をテーマにした、ひとつの象徴となる。

 語り継がれ、尾ひれ背びれが付き、改竄されたその物語の中には、名も無い一人の"悪役領主"が登場する。


 それはまた、別のお話。


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