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41.この貴族どもに卑しいメシを!

 王城の晩餐会が始まった。煌びやかなシャンデリアの下、貴族たちはグラスを傾け、優雅な会話を交わしていた。ラルフたちは、基本的にグレン子爵とデューゼンバーグ伯爵と固まっており、比較的仲の良い貴族たちと当たり障りのない挨拶を交わしていった。


 中には、ミンネやハルに興味を示し、彼女たちに声をかけてくれる者もいた。単純に子供好きなご婦人方や、居酒屋領主館の常連になった貴族は、割と気さくに声をかけてくる。


「ミンネちゃーん! ハルちゃーん。久しぶり」


「あっ、トム君じゃないか?! 来ていたのか。また"ちぢれ麺"の納品数を増やして欲しいのだが?」


「あの、この本の著者のカイリーさんですよね? 今日ここに来るって聞いて、サインください!」


 などと、次々と声をかけられているうちに、最初は緊張していた子供たちの顔にも、次第に笑顔が戻っていった。


「そろそろではないか? ドーソン公爵?」


 グレン子爵が、ラルフに声をかけた。ラルフは、誰も手を付けていない、王城が用意した立食メニューを頬張りながら、もぐもぐと答えた。


「むっ? ごくんっ! あー。音頭は第三王子に任せたよ。とか言ってたら、ほーら。おいでなすった!」


 ラルフの言葉の通り、その場にミハエル王子が現れた。彼の登場に、会場のざわめきが少しだけ収まる。


「皆のもの、今夜はお集まり頂き嬉しく思う。実は、今回、ロートシュタイン領のドーソン公爵が、変わった趣向の品々を用意してくれた。皆も知っているだろう。ここ最近の、ロートシュタイン領の急激な発展を。その一端を、我々にも味あわせてくれるのだろう?」


 ミハエル王子は、にこやかにそう告げた。貴族たちの間に、ざわめきが広がる。ラルフが用意した「変わった趣向の品々」とは、一体何なのだろうか。


「もぐもぐもぐもぐ。ゴクンっ! ふーっ。では、アンナ! よろしくメカドック!」


 ラルフは、まだ口の中に残った料理を嚥下し、唐突に叫んだ。そして、パンパンと手を叩く。その合図と共に、ロートシュタイン領のメイドたちが、次々とワゴンを押して現れた。


 その上には、ロートシュタイン領でしか味わえない、あの居酒屋メニューの数々が所狭しと並べられている。ラーメン各種、餃子、唐揚げ、春巻き、フライドチキン、だし巻き卵、ポテトサラダ、ハンバーグ、カレーライス。そして、この日のために用意されたであろうサンドイッチや、ハンバーガー。

 さらには、ラルフが開発したフレーバービールが、樽ごと運び込まれた。王城の晩餐会には似つかわしくない、しかし、食欲をそそる匂いが、会場中に広がり始めた。


 ラルフは、珍しく、非常に洗練された貴族らしい所作で口上を述べた。


「このような場所で恐縮ではありますが。今晩、皆様には、平民の気分を味わっていただこうと趣向を凝らした次第です。なーに。今晩、この一時だけ、貴族という堅苦しい身分を脱ぎ捨て。平民の食べている卑しいメシをがっついてみるのも一興かと」


 その言葉に、一部の貴族たちは顔をしかめた。


「おい! このような場で! いくら公爵とはいえ、不敬だぞ!」


 と、ある貴族が声を上げた。しかし、その時、


「ほう? では、私もこの一時、王族という肩書きを脱がせて貰おうかな」


 ミハエル王子が、にこやかにそう言うと、周囲の止める間もなく、デカいフライドチキンを素手で鷲掴みにし、がぶりっ! と噛み付いた。貴族たちの視線が、

 

 一斉にミハエル王子に集まる。


「あふっ! あふっ、あっ! うまっ! なんだこれ?! うまっ?!」


 ミハエル王子は、子供のように目を輝かせ、夢中でフライドチキンを頬張った。その姿は、高貴な王子とはかけ離れていたが、純粋な喜びが溢れていた。


「それは、ダンジョン十三階層で討伐された、コカトリスのフライドチキンでございます」


 アンナが、控えめに説明した。


「うまっ! むしゃむしゃ。な、何か飲み物を!」


 ミハエル王子が、フライドチキンの骨を手に叫ぶと、ラルフが「ほいっ!」と、シトラスビールを差し出した。一気に呷る。刹那、爽やかな柑橘系の風味と、炭酸の刺激が、フライドチキンの脂っこさを、洗い流していく。


「ぷはぁぁぁぁあ! あーーーー! うーまーいーぞー!」


 ミハエル王子の雄叫びが、会場中に響き渡った。


「うるせぇって」


 ラルフは、呆れたように呟いた。


「さて、我々もいただくとしよう。デューゼンバーグ伯爵」


 グレン子爵が、興奮気味のミハエル王子を見ながら、デューゼンバーグ伯爵に声をかけた。


「ええ。そうしましょう」


 デューゼンバーグ伯爵も、娘のエリカが作ったカレーライスを手に、頷いた。

 真っ先に食べ始めたのは、やはり居酒屋領主館の常連の貴族たちだ。彼らは、ここぞとばかりに、慣れた手つきで料理を頬張る。


 そして、他の貴族たちも恐る恐る、しかし好奇心に抗えず、平民の料理に手を伸ばし始めた。


「なんじゃこりゃ!」

「えっ、美味しい。何このソース?」


 驚きの声や、感嘆の声が、次々と上がる。


「はいはいー。料理に関する疑問質問は。ここにいる四人の子供たちに聞いてくれ。こう見えてプロフェッショナルだからな!」


 ラルフの言葉に、子供たちは少し照れながらも、貴族たちの質問に答え始めた。


「よいか? このスープなんだが、これは我が領地でも作れるのか?」


「このオーク肉は、なんでこんなに柔らかいのかしら?」


「公爵どの。このフレーバービールは我が領にも売ることはできんのか?」


「デューゼンバーグ伯爵。最近ロートシュタインに入り浸っているようだが、なるほど。こういうことか?」


 会場は、あっという間に、貴族たちの優雅な晩餐会とはかけ離れた、活気あふれる平民の宴と化していった。


 そして、その騒ぎを聞きつけ、ある人物が姿を現した。


「えーい! 私を放っておいてこの騒ぎとは。良い香りをさせおって!」


 と叫びあらわれた男。その威厳ある姿に、会場の誰もが息をのんだ。


「あっ。陛下」


 ラルフが、呆れたように呟いた。そこに現れたのは、この国の最高権力者、国王、ウラデュウス・フォン・バランタインだった。


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