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居酒屋領主館【書籍化&コミカライズ進行中!!】  作者: ヤマザキゴウ


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400/405

400.敬意の正体

 居酒屋領主館の熱気は、開店時間を過ぎてからも右肩上がりに膨れ上がり、今やピークを迎えていた。一杯、二杯と酒を進めた客たちの賑わいは、店内の空気を心地よく震わせている。


「ギャッハッハー!」

「すみませーん! ビールおかわり〜」

「ささっ、グローズ・ハインド魔導指南役。ぜひ、この酒も試してみていただきたい」

「ぷへぇ〜。これも美味いのぉ〜」


 そんな喧噪の余韻は、今夜に限っては店内だけに留まらない。


 本日は裏庭も開放されているのだ。

 そこには、夜の帳を突くように聳える謎の巨木――リグドラシルが、満開の桜をその枝々に宿していた。


 淡い桃色の花びらが舞い散る下、敷物の上で繰り広げられているのは、まさに店主ラルフの前世にあった「花見」の様式美そのものだった。


「いんやぁ、あったけなってきたなぁ。オラぁ、寒いのは苦手だっけさー。あーはっはっはっはっは!」


「お姉ちゃん! それ私の焼き団子なんだけどー!」


「フッフッフー! 甘いわ妹よ! このお団子より甘っちょろい! 所詮この世は弱肉強食〜ってね!」


 幻想的な風景を演出しようと、ラルフが心血を注いで用意した魔導ランプ。

 フワフワと空中にいくつも浮かび、夜桜を幽玄に照らし出すその光景に、しかし目を向ける者は驚くほど少ない。


 野外の圧倒的な開放感。

 そして、旨い酒とツマミ、さらには他愛もないバカ話。

 それさえあれば十分だとばかりに、人々はただ本能のままに飲み食いに興じている。


(まあ、それは前世の日本でも似たようなもんだったかも……)


 と、ラルフは諦めることにした。

 肝心なのは、情緒に浸ることよりも、この「様式」がもたらす一体感なのかもしれない。


 そんな宴の最中、調理をメイドのアンナや孤児たちに任せたラルフは、厨房の片隅にいた。


 どっしりと腕を組み、珍しく……本当に珍しく。極めて珍しく! 彼は真剣な表情を浮かべていた。


 ラルフの目の前には、コンロの火にかけられた三つの鍋。

 それぞれの中に、多種多様な素材がぶち込まれている。


 それは、「出汁」。

 そしてこれは、新たな「呑み方」を確立するための、孤独な試作実験だった。


 この澄み渡る琥珀色の液体を用いて生み出そうとしているのは、料理ではない。

 それは、更なる「酔い」の極致――酒である。


 不意に、勝手口の扉が重々しく開いた。


「ちょいと、身体が冷えてきたな。おとなしく中で飲むか……」


 ひょっこりと顔を出したのは、ファウスティン・ド・ノアレイン公爵だった。その手には、空のジョッキが虚しく握られている。


「まだ夜は冷えますからな〜。なのにあいつらときたら、元気だなぁ」


 ラルフは呆れを隠さず、窓の外に視線を飛ばす。そこではエルフのミュリエルが、夜風を切り裂くように大きく手を広げて舞い踊っていた。


「それ、なに作ってるんだ?」


 ファウスティンが、興味深そうにラルフの手元を覗き込む。


「フッフッフ。夜風で冷えたファウストさんにも是非、試してもらいたい。そんな一杯を作ろうとね」


「んー? 一杯?」


「そう! 実は、"出汁割り"を作ろうと思いましてね!」


「ほぅ……」


 ファウスティンの目が、狩猟本能を刺激されたかのように怪しく光る。


 ――出汁割り。

 それは日本酒を出汁で割ったもの。

 文字にすれば至極単純だが、これこそ日本の、民族的かつユニークな食文化の結晶だ。

 余談にはなるが――。

 その発祥は、東京都北区は赤羽にある『丸健水産』というおでん屋だと言われている。

 当初は店主と仲良くなった者だけが辿り着ける「通」の裏メニューであった。しかし、現代のSNSという潮流に乗り、メディアが飛びついたことで、今や全国のチェーン店やネオ居酒屋のメニューに堂々と名を連ねる「定番スタイル」へと、そのローカル・カルチャーは、一気呵成に、「居酒屋文化」の表舞台に駆け上がったのだ。


「まあ、そういうこってして……。その出汁の配合やらなんやらを、こうして実験中ってわけですな!」


「なるほどそういうことかじゃあ早速一杯くれ」


「……早いな……」


 呆れながらも、ラルフは棚から二つのぐい呑みを取り出した。


 作業台の上には、ロートシュタイン製の米酒のボトル。


「これもセスの親父さんが造ってるやつなんだけど……割合はどんくらいすかね? 1:2くらい?」


「そんくらいかもな」


「じゃあ、まずは、シンプルな昆布と鰹節の出汁で試してみましょう!」


 おたまを握ったラルフが、米酒の注がれた杯へ、静かに出汁を合わせていく。


「ラルフ、トウガラシはいれないのか?」


「えっ、いれるもんなの?」


「だと思うぞ」


「そうなんだ。……おーい! エリカぁ。お前のトウガラシ粉末、ちょいと貰うぞー!」


 ホールの喧噪の中でビールを運んでいたエリカが、その声に肩をすくませた。

 彼女は僅かに口角を上げると、親指をぐっと立てる。

 カッコつけてるんだかなんなんだか、よくわからないが、どうやら了承されたらしい。


 ラルフは最初の一杯を手に取り、もう一方をファウスティンへと手渡した。


「じゃあ、カンパーイ!」


「乾杯!」


 二人揃って、くいっと一口。

 しかし、期待に反して二人の表情は冴えない。


「う、うん……不味くはないけど。なんか、薄い?」


「うーん。なんというか、コクが足りないというか。微妙だな」


 ファウスティンの言葉は、偽らざる本音だった。


「まあ、元は、おでんの出汁だったわけですよね? もう少し、色々な旨味が混ざり合わないといけないのか……」


 ラルフはぐい呑みをとんと、作業台に置いた。


「まあしかし、これが本命ではないのだろう?」


「まあ、そうっすね。こっちの鍋は、さっきのをベースに、大根や竹輪、それに少しの醤油を入れてみたものです」


「ふむ。これが近そうな気はするな」


「まあ、何事も、実験……」


 手早く準備された二杯目の試作品。


 再びのテイスティング。二人の喉が同時に鳴る。


「あ! 良い感じ、かも」


「ああ。これは及第点じゃねーか?」


 ようやく光が見え始めたその時。

 カウンターでタコワサを啄んでいた国王が、ぬっと立ち上がった。


「おい! なんだそれは?! また儂に黙って新たな酒を飲んでいたなぁ」


「はぁ〜」


 ラルフは深いため息を吐き出し、三つ目のぐい呑みを取り出した。


 すると、ファウスティンの視線が最後の一つ、三番目の鍋に注がれる。


「もう一つの鍋は、これはなんなんだ?」


「ああ。それは、おそらく一番の意欲作ですね。ポンコツ三人娘のラーメンに着想を得て、ホーンラビットの骨を煮込んでみました」


 その言葉を聞くや否や、国王が辛抱たまらない様子で怒鳴り散らす。


「おい! ラルフ、聞いておるのか?! 儂にも寄越せ!」


「はいはいはいはい……」


 ラルフは歩み寄り、カウンターの上に、とんと出汁割りを置いた。


 国王は、まずぐい呑みを覗き込み、慎重に匂いを嗅ぐ。

 意を決してチビリと舐め、不思議そうな顔を一度見せた後。

 ズズズー、と一気に飲み干すと、その目を見開いた。


 どうやら、王の舌を黙らせるほどには気に入ったようだ。


「そんじゃ、ホーンラビット出汁割り、試してみますか?」


「……ちょっと、白濁してるし、脂も浮いてるが……まあ、試しだな」


 ファウスティンは一瞬の躊躇を見せた。

 だが、食文化とは常に挑戦の歴史である。

 この湯気の向こうから、新たな革命の狼煙が上がるのかもしれないのだ。

 ラルフが兎骨出汁を注ぎ入れる手元を、ファウスティンはじっと見つめた。


 本日三度目のテイスティングタイム。


「くんくん……匂いは。悪くないですよ」


「トンコツ、っぽいか?」


「まあ、試してみましょう」


 同時に、ぐい呑みを傾ける。


 直後、衝撃が二人の全身を突き抜けた。


「えっ?! うまっ! え、凄くない!」


「お、おう……。旨味と、コクが、凄いぞ……」


 若干の白濁からは想像もつかないほど、洗練された穏やかな旨味。

 多層的な酒精と米の甘み、それを包み込む僅かな野性味。

 抑制されたコクが、喉元から全身へと、優雅に流れ過ぎていく。

 その悦楽の表情を、国王が見逃すはずもなかった。


「おい! ラルフ! そっちも寄越せ! そういうのは儂に真っ先に献上するもんだろバカモンが! 儂ゃこの国で一番偉いんだぞー!!」


「はいはいはいはい……」


 もはや様式美となったやり取りの末、新たなぐい呑みが国王の前に雑に置かれる。


「……うーん……」


 一方、ファウスティンは顎に手をやり、思慮の海に沈んでいた。


「ファウストさん? どしたの?」


「ああ。これ、もしかして、柑橘なんて。合うんじゃないか?」


 その、恐るべき直感を口にした。


「ッ?! なるほど……。カボス? いや、ゆずなんて、どうだろう?」


 ラルフの脳内でも思考が高速で回転を始める。

 彼の左目に、僅かな赤い魔力光が宿る。

 無意識に魔道的な演算を行い、この濃厚な旨味に合う柑橘の最適解を導き出した。


「柚子なんて、あるのか?」


「フッフッフ……!」


 ラルフは、得意げに窓の外――裏庭のリグドラシルを親指で指した。


「ああ。なるほど、リグドラシルか……」


 あの巨木は、願いを込めて魔力を流せば、あらゆる植物を実らせることができるという、理外の魔導植物。

 詳細は未だ不明だが、便利であれば使うに限る。


 ――そして……。


「キャーハッハッハッハッ! お姉ちゃん! ちょっと見て! ラルフさまが、こんな夜に木登りしてるぅ、ウケる〜」


「ギャッハッハッハッハッハッ! まーた酔っ払ってんでしょう?! あーもう面白い!」


 聖女姉妹の容赦ない大爆笑が夜空に響く。


「ラルフさまー! あぶねっけ、おりなせぇ〜!」


 ミュリエルまでが楽しげに叫ぶ中、ラルフは太い幹にしがみついたまま振り返った。


「うっせぇなぁ! 僕は今、極めて高尚で社会的意義のある、新たな食文化の創出という試作実験の真っ最中なんだよ! 飲んだくれてるお前らとは志が違うんだ! このボケぇ!」


 怒鳴り散らし、再びカサカサとよじ登っていくラルフ。

 その姿を厨房の窓から眺めていたファウスティンとアンナは、同時に、全く同じ思いを抱いていた。


(公爵なのに、木登り上手いなぁ)


 大魔導士であり、稀代の発明家であり、そして一国の公爵。

 そんな仰々しい肩書きを持つ男が、柚子一つを求めて夜桜の巨木をよじ登る。

 その底知れないポテンシャルと、あまりにも「残念」な方向への全力投球。

 呆れを通り越して、もはや敬意すら抱かせるその人間臭さこそが、居酒屋領主館に人々が集う、最大の理由なのかもしれなかった。

ふと気づけば、なんと今回で400話なんですねぇ。


ここまで走り続けてこれたのは、紛れもなくいつも読んでくれる皆様のおかげです。本当にありがとうございます!


もしよろしければ、ブックマークや評価、感想コメントなど頂けると嬉しいです。その一つひとつが、俺の執筆の大きな励み、そして原動力になっています。


これからも、このワチャワチャとした『居酒屋領主館』の日常を、皆様と一緒に楽しんでいけたら幸いです。

どうか末永くよろしくお願いします!

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