40.波乱の幕開け
王城の馬車着き場は、夕暮れ時、多くの貴族たちが立ち話をする社交の場と化していた。
華やかなドレスや上質な仕立ての服が並び、上品な会話が飛び交う。
そこへ、突如として巨大な馬車が音もなく滑り込んできた。
いや、馬車ではない。魔導車だ。最近、ロートシュタイン領で発明されたと聞く、魔道具の一種。多くの貴族たちは、それを直接見るのが初めてだった。彼らの視線は、その魔導車に釘付けになる。よりによって、それは豪華絢爛な装飾が施されており、周囲の貴族の馬車とは一線を画す存在感を放っていた。
実は、それはラルフが秘密裏に建造していた、ラグジュアリー魔導車、その名も"ネクサス"だった。
優雅な出で立ち。そして、遊び人風にも見えるが、明らかに小金持ち程度では難しい仕立てをされた召し物(それを見た孤児院の子供たちは腹を抱えて笑い転げた)を身につけた、ラルフ・ドーソン公爵が魔導車から降り立った。
「はい、どーもー! 公爵でーす!」
ラルフは、片手を上げて、まるで旧友に会うかのように気さくに挨拶した。その場にいた一部の貴族たちは呆れ、一部は大笑いし、また一部は訝しげな視線を向けていた。
続いて、同じ魔導車から、グレン子爵とデューゼンバーグ伯爵が降り立った。そして、その後に続いたのは、最高級の仕立て屋が施したドレスを着させられた、四人の子供たちだった。ミンネ、ハル、トム、そしてカイリーだ。
「お、おい。獣人がいるぞ」
貴族たちの間で、ヒソヒソと囁き声が広がる。ハルの存在は、すぐに彼らの目を引いた。
「これはこれは、ドーソン公爵。お早いお着きで」
そう声をかけてきたのは、その場にいた貴族たちを驚かせた人物だった。
「第三王子、ミハエル殿下だ!」
誰かが驚きの声を上げた。ミハエル王子は、ラルフの隣に立つ子供たちに視線を向けた。ラルフは、ミハエル王子に近づき、親しげに声をかけた。
「やめんか! 気色悪い。昔みたいにいこうぜ! ミハエル!」
そう言って、ラルフはミハエル王子と拳と拳をコツンと合わせた。貴族社会の常識を打ち破るような、その気さくな振る舞いに、周囲は再びざわついた。
「あっはっは! 久しぶり! 卒業以来だね。ラルフ。そちらの皆さんは?」
ミハエル王子は、ラルフの態度を全く気にすることなく、朗らかに笑った。彼は、好奇心に満ちた目で子供たちを見た。
「うちで預かってる、従業員たちだよ。ほら、皆、あいさつ!」
ラルフに促され、子供たちは緊張しながらも挨拶をした。
「お初にお目にかかります。殿下、ミンネと申します」
ミンネが、深々と頭を下げた。
「ハルです」
ハルは、少しはにかみながらも、堂々と自己紹介した。
「と、と、トムといいまふ! あっ!」
トムは、緊張のあまり言葉を噛んでしまい、顔を赤らめた。
「はっはっはっ! 噂は聞いているよ。なんでも、恵まれない子供たちを救済してまわってるとか?」
ミハエル王子は、笑顔で子供たちに話しかけた。
「違う違う! ガキども働かせて、小遣い稼ぎしてるだけ」
ラルフは、悪びれる様子もなくそう言った。
「相変わらずだなぁ。さて、今度はどんなふうにシッチャカメッチャカになるやら? 期待しているよ」
ミハエル王子は、面白そうにラルフを見た。彼の言葉には、ラルフがこれまで巻き起こしてきた騒動への期待が込められているようだった。
「へっへっへー。ちゃんと考えてんのよ。公務でお忙しくて、なかなか俺の居酒屋に来られないミハエルの為に、献上品をお持ちしましたぜぇ! おい、アンナ! 例のモノを運び出せ!」
ラルフが声をかけると、魔導車から、居酒屋領主館のメイドたちがぞろぞろと箱を運び出し始めた。箱はかなりの数に上るようだ。
「ふっ。では、通用口から。厨房に話は通してある。せいぜい、楽しませてくれたまえ。じゃあ、また後で」
ミハエル王子は、意味ありげな笑みを浮かべ、通用口の方へ視線を向けた。彼の言葉は、ラルフが持ち込んだ「献上品」が、ただの献上品ではないことを示唆しているようだった。
ラルフとミハエル王子の間には、言葉には表れない、ある種の共犯関係のような空気が流れていた。王城の晩餐会は、ラルフの登場によって、早くも波乱の予感をはらんでいた。




