38.アイム・ラヴィン・イット!
ロビー・マクダナウェル。彼は、父から受け継いだ商会を、裏稼業でもって大規模化させてきた。そうしなければ、この厳しい世界で生きてこられなかったのだ。裏社会に根を張り、金貸しや高利貸しで財を成してきた。
そして、今。彼は領主館の執務室で、貴族たちに囲まれている。その顔ぶれは、いずれもロートシュタイン領だけでなく、この王国を動かす大物ばかりだ。
まず、中央に座るのは、公爵ラルフ・ドーソン。彼の顔には、いつもの飄々とした笑みが浮かんでいる。
「じゃあ、この新規事業は、マクダナウェルさんが筆頭株主ということで」
ラルフの言葉に、ロビーは額に汗を滲ませた。
次に口を開いたのは、グレン子爵だ。
「まあ、それで良いだろう。私は"セキレイのスパイスラーメン"で、少々忙しいからな。ああ、しかし。投資はしよう」
グレン子爵は、相変わらず食への情熱が尽きないらしい。
最後は、リック・デューゼンバーグ伯爵。彼は、先日、娘のエリカが働く居酒屋領主館で、ある料理を口にして以来、その魅力に囚われているようだった。
「カレーソースを使った、カレーバーガー。あれだけはメニューに載せることと、王都にも出店すること。それを、条件にするなら。いくらでも出してやる」
先日、居酒屋領主館で新商品として発表された「ハンバーグ」。
そして、それに伴って発表された、「ハンバーガー」。
それを民衆に広めるための新会社設立の商談だ。その新会社、株式会社方式を採用する。その筆頭株主として、ロビー・マクダナウェルが名指しされたのだ。
「あ、ああ。はい。我がマクダナウェル商会としては、投資も人員も、問題なく提供できるものと……」
ロビーは、半ば呆然としたまま答えた。彼の頭の中には、ただ一つ、疑問が渦巻いていた。
どうしてこうなった?!
かくして、裏社会のドン、ロビー・マクダナウェルを筆頭株主として、ハンバーガーショップ「株式会社マクダナウェル・バーガー」が誕生した。
数週間後。
マクダナウェル・バーガーの第一号店が、ロートシュタイン領の目抜き通りにオープンした。店内は、木目調の明るい内装で、活気に満ちている。
「お前ら! 動線を意識しろ! それじゃあ、パティ係とバンズ係がぶつかるだろ!」
ロビー・マクダナウェルは、厨房の真ん中に立ち、大声で指示を飛ばしていた。その手には、伝票の束が握られている。
「は、はい! すみません!」
元々荒くれ者だった配下の男たちが、慣れない厨房作業に悪戦苦闘している。彼らは、人を脅しつけたり、痛めつけたりするのが専門だったはずだ。それが、ある日から、ハンバーガーを作って売るハメになったのだ。
「おい! そこ! ポテトの揚げ時間をちゃんと計ってるか?!」
ロビーの声が、さらに響く。
「は、はい。すみません、ちょっと、急いでたもので!」
「ダメだダメだ! 手を抜くな! 完璧に、マニュアル通りに遂行しろ!」
「は、はい!」
ロビーは、容赦なく部下たちを叱咤する。彼の顔には、これまでの冷酷な裏社会の顔とは異なる、新たな種類の疲労感が滲んでいた。
しかし、稼げてはいる。
連日、マクダナウェル・バーガーの店前には、長蛇の列ができている。ハンバーグの肉汁と、焼きたてのバンズ、そして様々なソースが絡み合うハーモニーは、瞬く間に領民たちの心を掴んだ。
特に、リック・デューゼンバーグ伯爵が熱望したカレーバーガーは、予想をはるかに上回る人気ぶりだった。
文句はない。ないが、ロビーには、ただひとつだけ言いたいことがあった。
どうしてこうなった?!
彼は、葉巻に火をつけ、深く息を吐いた。かつての裏社会のボスは、今や巨大ハンバーガーチェーンのオペレーション管理者だ。ラルフ・ドーソン公爵の、常識外れのビジネスセンスは、ロビー・マクダナウェルの人生を、完全に別の方向へと進ませていた。