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居酒屋領主館【書籍化&コミカライズ進行中!!】  作者: ヤマザキゴウ


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370/405

370.ニセモノの味

 その日、ロートシュタイン領の冒険者ギルド。

 その無骨な喧騒が渦巻く食堂のカウンターに、およそ場違いな華が咲いていた。


 リネア・デューゼンバーグ伯爵夫人は、落ち着かない様子で、しかしソワソワと、期待に満ちた瞳で目の前を見つめている。

 そこでは、鉄板の上で深紅の麺が躍り、食欲を暴力的に刺激する香ばしい湯気が立ち上っていた。


「ゴクリ……」


 淑女らしからぬ、しかしあまりに素直な生唾の音が響く。

 見事な手さばきで巨大なヘラを操っていたのは、この地の冒険者の頂点に立つ男、ギルドマスターのヒューズだ。

 彼はなぜかエプロンを締め、調理番として戦場キッチンに立っていた。


「あの……。まあ、ギルドの食堂は一般開放してますから、どなたがいらしても構わないんですがね。……正直、貴女のような麗しき御婦人が来るような場所じゃないですよ? ここは」


 困惑を隠せないヒューズの言葉は、至極真っ当だった。

 深刻な人手不足という現実に加え、彼の持つ奇妙な人望と親しみやすさが、彼をこの鉄板の前に縛り付けている。


 対するリネアは、いたずらっぽく、そして凛とした笑みを浮かべて言い放った。


「屋台街も、水上都市の名店もあらかた回り尽くしましたの! そうしましたら、ウラデュウス国王陛下が仰ったのです。『あそこのギルド食堂の鉄板料理は、一度は食すべきだ』と!」


 するとその隣から、


「リネアさん、これ見てください! ブタタマですって! 美味しそう……これも頼んじゃいましょうよ!」


 まるで長年の親友のように、弾んだ声で寄り添うのはヨランダ・カームだ。


 二人は『居酒屋領主館』の同僚であり、今や身分を超え、親子のような、あるいは気の置けない悪友のような深い絆で結ばれていた。


「あら、本当! 野菜たっぷりでヘルシー! 豚さんのお肉も、お肌にも良さそうね! ヒューズさん、それも追加で!」


「……はいよ、喜んで」


 ヒューズは半ば諦めたように笑い、再びヘラを舞わせる。


 現在、領主館は本格営業再開に向けた改装工事の真っ最中。

 その隙を突き、従業員二人はロートシュタイン・グルメ巡りに明け暮れていた。


 連日の領主館での庭園バーベキューで「貴族」という薄皮を脱ぎ捨ててしまった二人は、ここ数日、屋台で立ち食いをし、水上都市で立ち飲みを決め込み、地下街サブナードの大階段の隅に腰を下ろしては、


『……で、ヨランダちゃん。好きな人とかいないの? やっぱり、狙いはラルフ公爵かしら?』


『や、やめてくださいよぉ! ライバルたちが怖すぎますって! こんなこと、もし誰かに聞かれでもしたら、私、本当に〇されちゃいますって?!』


 などと、華やかな(?)恋バナに花を咲かせていた。

 足元に転がるワインボトルのせいで、その姿はさながら高貴な浮浪者のようでもあったが、彼女たちは今、かつてない自由を謳歌していたのだ。


 そして、今宵の飲み屋は、冒険者ギルド――。そういうことだ。すると、


「はいよ! ギルド特製、"焼きナポリタン"だ。熱いうちに食いな!」


 目の前に差し出されたのは、真っ赤に染まった情熱的な麺料理。


「ウワァァァァァ! なんて芳醇な香りでしょう!」


 リネアの瞳が、宝石のように輝く。

 それを見ていたヨランダが、ふと疑問を口にした。


「あれ? ナポリタンって、ポンコツラーメンの屋台にもありますよね? 何が違うんですか?」


「あー、それはだな……」


 ヒューズの説明を遮るように、リネアが熱弁を振るう。


「それは! やはり、このオーク肉のベーコンですわ! 見なさい、この暴力的なまでの厚み! そして、この巨大な鉄板が生み出す高火力でなければ到達し得ない、圧倒的な香ばしさ! これこそが『ギルド・ナポリタン』の神髄……らしいですわよ!」


 一気にまくし立てると、彼女はフォークでクルクルと麺を巻き上げ、迷わず口へと運ぶ。


 ヒューズはもう、すべてを受け入れ、黙々と「ブタタマ」の準備に取り掛かった。


「でも、ナポリタンって。不思議な響きの名前ですよね。語源は何なんでしょうか?」


 ヨランダの問いに、ヒューズはヨランダの注文――"ギルド焼きそば"の皿を置くと同時に、一冊の真新しい冊子を差し出した。


「……それは、ここに書いてあるぜ」


 ヨランダがそのページを開くと、そこには「ナポリタン」の起源について、あまりに奇妙な一節が記されていた。


【ナポリタンの起源について】


  とある神話によると――、

 ――西方の食の神々がまどろむ隙に、東の島国の狂った料理人が発明した「偽りのナポリ」。

  聖典を汚すその冒涜が神々に露見した後も、島国の民は厚顔無恥として、その深紅の麺料理を貪り食い続けたという……。


  ——ラルフ・ドーソン 談。


 ヨランダは唖然として隣を見た。そこには、


「……う、うまぁぁぁいっ!!」


 と、顔をほころばせ、魂を震わせるリネアの姿があった。


「す、すみません、私にも一口……!」


 神々に背いた料理という、あまりに大仰な文言。

 そこに秘められた「背徳の味」に抗えず、ヨランダもフォークを伸ばす。


 口に含んだ瞬間、衝撃が走った。


「モグモグ……。ん!? んんんん!? 甘い、なのにちょっとだけ酸っぱい……肉の旨みが爆発して、野菜の甘みが追いかけてくる!」


 それは、まさに冒涜的な美味だった。

 神話にある「東方の島国」の人々が、神々の怒りを買ってまでこの味を手放さなかった理由が、今なら痛いほど理解できた。


「これが、人々を堕落させた禁断の果実……いえ、禁断の麺料理なのね……」


 リネアは恍惚とした表情で、満足げに頷いた。

 そして、


 (その神話の章の名は――『東方腐敗』……かも)


 と……。



 翌日、二人は工事中の領主館の庭で、いつものバーベキューを楽しんでいた。


 その目的は……。

 ラルフなら、また違った解釈の「ナポリタン」を作れるのではないか――そんな期待を胸に注文を飛ばすと、


「あー……。まあ、作れますけど。正直、ヒューズたちの方が『それっぽい』味を出すと思いますよ」


 ラルフはいつもの諦念と面倒くささを滲ませながらも、手際よく調理を始めた。


 そんな中、庭の片隅では、グルメギルドのマスター、バルドルが酒に酔い、荒ぶっていた。


「ふんっ! ワイバーンの肉だと? 俺は、やはり本物の竜族ドラゴンの肉こそが至高だと思うがなぁ! こんなモノ、偽物だ! 紛い物だ! 偽りの竜ではないか!」


 その傍らで、ゲータースキンという名のワイバーンが、悲しげに涙を浮かべている。


 その光景を見た二人の脳裏に、あの言葉が過った。


 ――「偽りのナポリ」。


 "ナポリ"が何なのかは、結局わからない。

 けれど、美味しければそれでいいではないか。


 本物か、偽物か。そんなレッテルに何の意味があるのだろう。


 大切なのは、己が信じた「美味」を貫くこと。

 神話の中で神々に楯突いた、あの島国の民のように。


 二人が意を決して立ち上がろうとした、その時。


「バルドルさん。ちょっと、今夜は酔いすぎじゃないですかね?」


 静かに口を開いたのは、領主ラルフ・ドーソンだった。


「むっ? ラルフ! お前だって知っているだろう! 『本物』の味というものを!」


 詰め寄るバルドルに対し、ラルフは淡々と言い放つ。


「ワイバーン肉の方がクセがなくて、美味いって客もいる。……そんなの、ただの個人の好みだぜ」


「しかし、ワイバーンなど亜竜に過ぎん! 本物の美食とは言えん!」


「……それは美味さじゃない。あんたの『価値観』を押し付けてるだけだ」


 火花を散らすような視線の応酬。

 ラルフは少しだけ寂しげに、言葉を継いだ。


「本物か、偽物か……。そんなの、どうでもいい。本物しか食べたくないなら、そうすればいいさ。それは自由だ。……でも、美味いものを食べて幸せそうにしている奴に、『それは偽物だ』なんて言うのは、少し野暮じゃないかい?」


 その言葉に、バルドルはたじろいだ。

 周囲の視線は、冷ややかではないが、どこか哀れみを含んでいるように見えた。


 バルドルは肩を震わせていたが、やがてふっと毒気が抜けたように息を吐き、ラルフに歩み寄った。


「……すまん。どうやら、酔いが回りすぎたようだ。今夜は失礼する。……これは、今日のお代だ」


 ラルフの手に金貨を握らせ、背中を丸めて宵闇へと去っていくバルドル。


 リネアとヨランダが駆け寄る。


「ラルフ公爵。お気になさらないで? ……仕方ないですよ! 分かり合えないこともありますわ」


「そうです! 美味しいなら何だっていい。私はラルフ様の言葉が正しいと思います!」


 夜空を見上げ、ラルフは切なげに呟いた。


「ああ……。ありがとうな。ナポリタン、すぐ作るから……」


 そう言って、彼は手を開き、その金貨を眺めた。


「ん? ハァあ~?! ……ちょっと待て! おい、アイツ……?!」


 突如、ラルフの顔が驚愕に染まる。


「これ"カドス金貨"じゃねーか?! 詐欺だ、詐欺! あの野郎、いい話風にまとめておいて、僕に金メッキの銅貨を掴ませやがったっ!! 待てコラァァァァァァぁ!!」


 余韻を粉砕し、地面を蹴って夜の街へとバルドルを追いかけ駆け出すラルフ。

 その手から、軽く、硬質な音が地面に叩きつけられる。


 それはかつてコール・ディッキンソン率いる反乱軍が発行した、価値のないニセモノの金貨だった。


 残されたリネアとヨランダは、そっと天を仰いだ。


(せめて……"ナポリタン"を巡る神話の神々と人々は、いつか分かり合えますように……)


 ちなみに――。

 

 このロートシュタイン領をカドス反乱軍が占拠した、極短期間にのみ流通した「カドス金貨」は、後の時代、その希少性からコレクターの間で爆発的な需要を生み、本物の金貨を遥かに凌ぐ価値で取引されることになる。

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本物偽物じゃないけど、大判焼きもしくは今川焼きもしくは回転焼きもしくは二重焼きもしくはおやきを誰かが生み出したらなんと名前を呼ぶかで転生組が喧嘩になったりするのかしら? マックかマクドかみたいに
ユーロ圏ではおつりにトルコリラつかまされるときがあるんだなー そして、どこでも使えないからいまだに財布に居座っている 飛行機のなかや空港の募金箱復活させてほしいわ
ナポリに改名させられる長い半島の都市は無かったんだね(スットボケ
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