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居酒屋領主館【書籍化&コミカライズ進行中!!】  作者: ヤマザキゴウ


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364/403

364.閑話.南国パッシブ・サバイバル! 〜親父がバカなせいで島流しになったけど、この島、案外イージーモードかもしれません〜

 意識の混濁が晴れ、再びこの世界で産声を上げた瞬間、僕は確信した。


「これがいわゆる『異世界転生』という、お決まりの黄金パターンか!」と。


 眼前に広がるのは、ナーロッパ……あ、いや。中世ヨーロッパを思わせる石造りの街並み。空を駆ける飛竜、そして人々の指先に宿る魔導の光。男なら誰もが一度は夢想する「剣と魔法の世界」に、僕の胸は高鳴った。しかも、幸運なことに僕は共和国の有力議員の息子として生を享けたのだ。


 前世の日本で、締め切りとクライアントの無理難題に追われ、すり減るように働いた日々……。あんな「社畜」の営みは、もう過去の遺物だ。

 親の威光というレールに乗って、優雅なスローライフを謳歌する。まさに人生の「イージーモード」が、確定演出として僕の前に提示されていた。


 しかし、甘美な日常の裏側で、不穏な影が蠢いていることに気づくのは早かった。


 父やその側近たちが、夜な夜な書斎に集まり、何やら卑俗な悪巧みに興じている。盗み聞きした情報によれば、隣接する王国の「ロートシュタイン領」なる場所で、未曾有の食文化革命が起きているらしい。


「米の酒、ラーメン、寿司……だと?!」


 その単語を聞くたびに、僕の魂が激しく震えた。

 間違いない。その若き領主とやらは、僕と同じ——あるいは僕以上に有能な「転生者」に違いない。

 だが、僕は焦らなかった。前世の日本で当たり前だった美食は、いずれ僕もその恩恵に与かるつもりだったからだ。

 父の盤石な地盤を世襲し、エスカレーター式に権力の座へ。

 その特等席で、優雅に箸を割り、ラーメンを啜る。それが僕の描いた完璧な設計図だったのだ!


 と、まあ、そんなことを考えている時もありました……。


 あの「バカ親父」が、すべてを台無しにしてくれた。


 ロートシュタインの利権からあぶれた嫉妬心に駆られ、テロリストに資金提供を行っていたという、最悪の不祥事が発覚したのだ。


 うっわ、……マジかよ。


 連座制の刃は容赦なく幼い僕にも向けられ、華やかな中央政界から一転、僕は絶海の孤島へと「島流し」にされた。

 親が太かろうが、その頭がスカスカなら救いようがない。


 さらば、愛しのラーメン。

 僕の輝かしい未来は、南国の潮風にかき消された。


 流された島は、見渡す限りのエメラルドグリーンに彩られた、絵に描いたような南国だった。


「あー、これ、完全に詰んだわ……」


 膝をつき、白い砂を握りしめる。

 サバイバルなんて、前世でのスキル、"一級建築士"の範疇を超えている。

 しかも、一緒に流されたのは、生活能力の乏しそうな元特権階級の大人たちと、武器も持たない兵たち。そして、僕ら子供たち。

 食糧問題一つとっても、破綻は目に見えていた。


 ところが、この島は何かがおかしい……。


 連日、波打ち際を見に行けば、新品の釣り竿や、高級そうな酒瓶が、不自然なほどに打ち上がっているのだ。


「この世界の海洋投棄問題、深刻すぎないか……?」


 不安は募るが、背に腹は代えられない。

 この「不法投棄」という名の恵みが、僕たちの営みを支える基盤となった。


 島での生活は、コールという「王」を自称する奇妙な青年を中心に回り始めた。


 島の中心には、バナナやマンゴーがたわわに実る謎の樹。海へ出れば、元議員だというピエトロという男が、酒を呷りながら見事な手際でアコヤ貝に似た巨貝を獲ってくる。


「ピエトロさん、酔っ払いながらの潜水は、危ないですって……」


 そんな僕の忠告も、彼は笑って聞き流す。

 混沌としているが、どこか楽天的な空気が島を支配していた。

 だが、子供たちまで遊び呆けているわけにはいかない。

 それぞれの役割が割り振られる中、僕に与えられた使命は「住居の建築」だった。


「さて……。何もない、か。いや、プロの眼で見れば、ここは宝の山だな」


 ギラつく太陽の下で額の汗を拭い、僕は原生林を鋭い眼光で見渡した。


 脳内では既に幾何学的なグリッドが島全体を覆い、見えないCAD図面が高速で描かれ始めている。


「まず着手すべきは敷地分析サイト・アナリシスだ。素人はあの平坦な砂浜に飛びつくが、あそこはGL(設計地盤面)が不安定すぎる。塩害による部材の劣化も考慮すれば、コスト……いや労力に見合わない。狙うのはあそこ——林縁部の、わずかに傾斜した硬質土壌のエリアだ」


 顎に手を当て、脳内のパースを拡大する。


「基礎は、独立基礎フーチングでいく。石灰岩を加工し、湿気を防ぐために高床式にするのは定石だが、ただ上げるだけじゃ能がない。束柱と大引の接合部には、あそこの硬い広葉樹の芯材を『込み栓』として打ち込み、水平力に対する耐力を確保する。釘一本ない環境だが、『追掛け大栓継ぎ』を応用すれば、引張応力にも耐えうる強靭なフレームが組めるはずだ」


 視線が屋根へと移る。


「次は屋根の勾配と遮熱だ。南国の大雨(スコール)を考えれば、5寸以上の急勾配は必須。だが、問題は『熱』だ。屋根材にはヤシの葉を重ねるが、ただ葺くのではない。二重屋根構造ダブルルーフにして、その間に空気層を設ける。ベルヌーイの定理を利用し、棟の部分に排気口を作れば、室内で温められた空気は自然と上昇気流となって排出され、床下から常に涼しい海風を吸い込む……。外部エネルギーゼロの、パッシブ換気システムだ!」


 僕は満足げに鼻を鳴らし、さらに思考を深化させた。


「衛生面も看過できん。あの元議員どもに集団感染症でも出されたら、工期……つまり生存計画が狂う。水虫とか、僕もごめんだからね! 珊瑚を焼いて消石灰を作り、それを粘土と混ぜて『タタキ』の床を作るか。あるいは漆喰として壁に塗れば、強烈なアルカリ性による殺菌効果と防火性能を同時に得られる。これこそが、建築物による公衆衛生の最適化だ!」


 最後に、砂浜でカニを追いかける子供たちと、呆然とワインを飲むコールたちを視界に収める。


「……ふん。単なる雨風を凌ぐ『箱』じゃない。これは、この島という極限の条件下における、人間という寸法体系(モジュール)に最適化された『生存装置』だ。設計図は脳内で完成した。あとは、あのアホな元議員たちの労働力をどう工程管理マネジメントするか、だな……」


 創作意欲が、体中から噴水のように湧き出して止まらなかった。


「あ、あんた……凄いじゃない?」


 頬を朱色に染め、感心した声を漏らしたのは、僕と同じ年頃の少女だった。


 建築が進むにつれ、周囲の視線は「追放された子供」から「若き巨匠」への敬意へと変わっていった。


 あらっ? ……これ、いけます?

 いけちゃいそうですよねぇ〜。ムッフッフッフ……。


 物語のフラグとして、完全に「勝ち」の展開じゃないすかっ?! これ!!


 案外、このサバイバル生活、悪くないかもしれない。


 空いたワインボトルに水を溜め、即席の水平器として使っていた時、コール陛下がやってきた。


「俺も、何か手伝おう!」


 キラキラとした瞳で申し出てくるが、正直に言えば、熟練の職人である僕からすれば素人の手出しは邪魔でしかない。


 だが、彼は自称王様のくせに、泥にまみれ、汗を流しながら、梁の設置や接木の手伝いに精を出した。

 その生き生きとした表情を見ていると、「もしかして、彼も僕と同じように物作りが好きなのか?」という親近感が湧いてくる。今度、じっくり建築論について語り合ってみるのもいいかもしれない。


 島の中央には、「リグドラシル」と呼ばれる、天を衝く大木が聳え立っている。


 ある夜、僕はその大木の枝を活かしたツリーハウスを設計し、完成させた。


 二つの月が夜空に並び、銀色の光を注ぐ。

 その特等席で、例の少女が僕の肩にそっと頭を預けてきた。


「ホントに、アンタ……魔法使いみたいね」


 その言葉に、胸が張り裂けそうになる。

 都会の喧騒も、親父の不祥事も、今は遠い異世界の出来事のようだ。


「まっ、……まあ、プロだからね!」


 なんて格好をつけてみる。その時だった。


「あっ! また"あの子"だ」


 少女が指差した窓辺には、一羽の大きなミミズクが静かに佇んでいた。

 その羽は夜の闇を溶かし込んだように深く、どこか人工的な気品さえ感じさせる。島に流れ着いて以来、僕たちを観察するように、度々姿を現す神秘的な鳥。


「結構、この島のあちこちで見るよね?」


「うん。お父さんは、"神様の使い"だから、絶対に食べちゃダメだって言ってた」


 僕はふと思い立ち、その神秘的な使いに向けて、両手を合わせ、敬虔な祈りを捧げてみることにした。


「……ラーメンが、食べたいです」


 神頼みというよりは、なかば冗談のつもりだった。


 しかし、翌朝。

 浜辺に駆けつけた僕たちの前には、またいつもの異様な光景が広がっていた。


 波に洗われる砂浜に、頑丈な木箱が一つ。


 その中には、麺、スープの素、乾燥具材、そして数個のどんぶりまでもがギッシリと詰め込まれた「特製ラーメンセット」が収められていたのだ。


 潮風の中で、僕は確信した。

 この世界は、僕が思っていたよりもずっと——はるかに、「イージーモード」らしい。


 ミミズク、もとい、あの神秘的な鳥が、再び森の奥へと飛び去っていく。


 そういえば、「ラーメン屋台」なんて、造れたりしないだろうか?

 そう思い立つと、すでに頭の中では新たな設計図が展開されはじめていた。

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― 新着の感想 ―
まさかの建築設計スキル持ち。 そりゃイージーモードですわ〜(笑)
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