364.閑話.南国パッシブ・サバイバル! 〜親父がバカなせいで島流しになったけど、この島、案外イージーモードかもしれません〜
意識の混濁が晴れ、再びこの世界で産声を上げた瞬間、僕は確信した。
「これがいわゆる『異世界転生』という、お決まりの黄金パターンか!」と。
眼前に広がるのは、ナーロッパ……あ、いや。中世ヨーロッパを思わせる石造りの街並み。空を駆ける飛竜、そして人々の指先に宿る魔導の光。男なら誰もが一度は夢想する「剣と魔法の世界」に、僕の胸は高鳴った。しかも、幸運なことに僕は共和国の有力議員の息子として生を享けたのだ。
前世の日本で、締め切りとクライアントの無理難題に追われ、すり減るように働いた日々……。あんな「社畜」の営みは、もう過去の遺物だ。
親の威光というレールに乗って、優雅なスローライフを謳歌する。まさに人生の「イージーモード」が、確定演出として僕の前に提示されていた。
しかし、甘美な日常の裏側で、不穏な影が蠢いていることに気づくのは早かった。
父やその側近たちが、夜な夜な書斎に集まり、何やら卑俗な悪巧みに興じている。盗み聞きした情報によれば、隣接する王国の「ロートシュタイン領」なる場所で、未曾有の食文化革命が起きているらしい。
「米の酒、ラーメン、寿司……だと?!」
その単語を聞くたびに、僕の魂が激しく震えた。
間違いない。その若き領主とやらは、僕と同じ——あるいは僕以上に有能な「転生者」に違いない。
だが、僕は焦らなかった。前世の日本で当たり前だった美食は、いずれ僕もその恩恵に与かるつもりだったからだ。
父の盤石な地盤を世襲し、エスカレーター式に権力の座へ。
その特等席で、優雅に箸を割り、ラーメンを啜る。それが僕の描いた完璧な設計図だったのだ!
と、まあ、そんなことを考えている時もありました……。
あの「バカ親父」が、すべてを台無しにしてくれた。
ロートシュタインの利権からあぶれた嫉妬心に駆られ、テロリストに資金提供を行っていたという、最悪の不祥事が発覚したのだ。
うっわ、……マジかよ。
連座制の刃は容赦なく幼い僕にも向けられ、華やかな中央政界から一転、僕は絶海の孤島へと「島流し」にされた。
親が太かろうが、その頭がスカスカなら救いようがない。
さらば、愛しのラーメン。
僕の輝かしい未来は、南国の潮風にかき消された。
流された島は、見渡す限りのエメラルドグリーンに彩られた、絵に描いたような南国だった。
「あー、これ、完全に詰んだわ……」
膝をつき、白い砂を握りしめる。
サバイバルなんて、前世でのスキル、"一級建築士"の範疇を超えている。
しかも、一緒に流されたのは、生活能力の乏しそうな元特権階級の大人たちと、武器も持たない兵たち。そして、僕ら子供たち。
食糧問題一つとっても、破綻は目に見えていた。
ところが、この島は何かがおかしい……。
連日、波打ち際を見に行けば、新品の釣り竿や、高級そうな酒瓶が、不自然なほどに打ち上がっているのだ。
「この世界の海洋投棄問題、深刻すぎないか……?」
不安は募るが、背に腹は代えられない。
この「不法投棄」という名の恵みが、僕たちの営みを支える基盤となった。
島での生活は、コールという「王」を自称する奇妙な青年を中心に回り始めた。
島の中心には、バナナやマンゴーがたわわに実る謎の樹。海へ出れば、元議員だというピエトロという男が、酒を呷りながら見事な手際でアコヤ貝に似た巨貝を獲ってくる。
「ピエトロさん、酔っ払いながらの潜水は、危ないですって……」
そんな僕の忠告も、彼は笑って聞き流す。
混沌としているが、どこか楽天的な空気が島を支配していた。
だが、子供たちまで遊び呆けているわけにはいかない。
それぞれの役割が割り振られる中、僕に与えられた使命は「住居の建築」だった。
「さて……。何もない、か。いや、プロの眼で見れば、ここは宝の山だな」
ギラつく太陽の下で額の汗を拭い、僕は原生林を鋭い眼光で見渡した。
脳内では既に幾何学的なグリッドが島全体を覆い、見えないCAD図面が高速で描かれ始めている。
「まず着手すべきは敷地分析だ。素人はあの平坦な砂浜に飛びつくが、あそこはGL(設計地盤面)が不安定すぎる。塩害による部材の劣化も考慮すれば、コスト……いや労力に見合わない。狙うのはあそこ——林縁部の、わずかに傾斜した硬質土壌のエリアだ」
顎に手を当て、脳内のパースを拡大する。
「基礎は、独立基礎でいく。石灰岩を加工し、湿気を防ぐために高床式にするのは定石だが、ただ上げるだけじゃ能がない。束柱と大引の接合部には、あそこの硬い広葉樹の芯材を『込み栓』として打ち込み、水平力に対する耐力を確保する。釘一本ない環境だが、『追掛け大栓継ぎ』を応用すれば、引張応力にも耐えうる強靭なフレームが組めるはずだ」
視線が屋根へと移る。
「次は屋根の勾配と遮熱だ。南国の大雨を考えれば、5寸以上の急勾配は必須。だが、問題は『熱』だ。屋根材にはヤシの葉を重ねるが、ただ葺くのではない。二重屋根構造にして、その間に空気層を設ける。ベルヌーイの定理を利用し、棟の部分に排気口を作れば、室内で温められた空気は自然と上昇気流となって排出され、床下から常に涼しい海風を吸い込む……。外部エネルギーゼロの、パッシブ換気システムだ!」
僕は満足げに鼻を鳴らし、さらに思考を深化させた。
「衛生面も看過できん。あの元議員どもに集団感染症でも出されたら、工期……つまり生存計画が狂う。水虫とか、僕もごめんだからね! 珊瑚を焼いて消石灰を作り、それを粘土と混ぜて『タタキ』の床を作るか。あるいは漆喰として壁に塗れば、強烈なアルカリ性による殺菌効果と防火性能を同時に得られる。これこそが、建築物による公衆衛生の最適化だ!」
最後に、砂浜でカニを追いかける子供たちと、呆然とワインを飲むコールたちを視界に収める。
「……ふん。単なる雨風を凌ぐ『箱』じゃない。これは、この島という極限の条件下における、人間という寸法体系に最適化された『生存装置』だ。設計図は脳内で完成した。あとは、あのアホな元議員たちの労働力をどう工程管理するか、だな……」
創作意欲が、体中から噴水のように湧き出して止まらなかった。
「あ、あんた……凄いじゃない?」
頬を朱色に染め、感心した声を漏らしたのは、僕と同じ年頃の少女だった。
建築が進むにつれ、周囲の視線は「追放された子供」から「若き巨匠」への敬意へと変わっていった。
あらっ? ……これ、いけます?
いけちゃいそうですよねぇ〜。ムッフッフッフ……。
物語のフラグとして、完全に「勝ち」の展開じゃないすかっ?! これ!!
案外、このサバイバル生活、悪くないかもしれない。
空いたワインボトルに水を溜め、即席の水平器として使っていた時、コール陛下がやってきた。
「俺も、何か手伝おう!」
キラキラとした瞳で申し出てくるが、正直に言えば、熟練の職人である僕からすれば素人の手出しは邪魔でしかない。
だが、彼は自称王様のくせに、泥にまみれ、汗を流しながら、梁の設置や接木の手伝いに精を出した。
その生き生きとした表情を見ていると、「もしかして、彼も僕と同じように物作りが好きなのか?」という親近感が湧いてくる。今度、じっくり建築論について語り合ってみるのもいいかもしれない。
島の中央には、「リグドラシル」と呼ばれる、天を衝く大木が聳え立っている。
ある夜、僕はその大木の枝を活かしたツリーハウスを設計し、完成させた。
二つの月が夜空に並び、銀色の光を注ぐ。
その特等席で、例の少女が僕の肩にそっと頭を預けてきた。
「ホントに、アンタ……魔法使いみたいね」
その言葉に、胸が張り裂けそうになる。
都会の喧騒も、親父の不祥事も、今は遠い異世界の出来事のようだ。
「まっ、……まあ、プロだからね!」
なんて格好をつけてみる。その時だった。
「あっ! また"あの子"だ」
少女が指差した窓辺には、一羽の大きなミミズクが静かに佇んでいた。
その羽は夜の闇を溶かし込んだように深く、どこか人工的な気品さえ感じさせる。島に流れ着いて以来、僕たちを観察するように、度々姿を現す神秘的な鳥。
「結構、この島のあちこちで見るよね?」
「うん。お父さんは、"神様の使い"だから、絶対に食べちゃダメだって言ってた」
僕はふと思い立ち、その神秘的な使いに向けて、両手を合わせ、敬虔な祈りを捧げてみることにした。
「……ラーメンが、食べたいです」
神頼みというよりは、なかば冗談のつもりだった。
しかし、翌朝。
浜辺に駆けつけた僕たちの前には、またいつもの異様な光景が広がっていた。
波に洗われる砂浜に、頑丈な木箱が一つ。
その中には、麺、スープの素、乾燥具材、そして数個のどんぶりまでもがギッシリと詰め込まれた「特製ラーメンセット」が収められていたのだ。
潮風の中で、僕は確信した。
この世界は、僕が思っていたよりもずっと——はるかに、「イージーモード」らしい。
ミミズク、もとい、あの神秘的な鳥が、再び森の奥へと飛び去っていく。
そういえば、「ラーメン屋台」なんて、造れたりしないだろうか?
そう思い立つと、すでに頭の中では新たな設計図が展開されはじめていた。




