36.新たな肉料理の産声
昼下がり、居酒屋領主館の厨房には、いつもとは違う活気が満ちていた。
「エリカ、お前に命ずる。"白い粉"の、製造をしろ」
ラルフの言葉に、エリカは金髪ドリルツインテールを揺らし、眉をひそめた。
「ふんっ、なるほどね。"ご禁制"の品を大量に製造し、この国の大衆を堕落させようと。そういうことね? 公爵様も悪趣味だこと」
エリカは、不敵な笑みを浮かべて言った。彼女の頭の中には、怪しげな取引や、不道徳な企みが渦巻いているようだ。
「いや。ひたすらに、パンを削って、パン粉を作れ」
ラルフは、呆れたように言い放った。エリカの顔から、一瞬にして表情が消えた。
「なんなのこれー?! 何作るのー? わたし、カレーがいいんだけどぉー?!」
エリカは、不満げに叫んだ。彼女にとって、カレーはもはや唯一の心の拠り所となっていた。
その頃、厨房の奥では、孤児たちが巨大なミンサーの周りに集まっていた。
「おーっし! ガキどもぉ! 肉を切ったら、このミンサーにぶち込めぇー! そして回せ回せ回せー!」
ラルフの威勢の良い声が響く。子供たちは、彼の指示に従い、アントニオの肉屋から仕入れた硬い肉、鹿肉、オーク肉などを次々とミンサーに投入していく。
「はーい!」
子供たちの元気な声が響き、ミンサーのハンドルが勢いよく回される。巨大ミンサーからは、ニュルニュルと挽肉が吐き出された。硬くて調理が難しかった肉が、あっという間に細かな挽肉へと姿を変えていく。
「いいかぁ?! こっちの炒めたタマネギと、パン粉を混ぜる混ぜる! そして、成形。こっちの型枠に入れて。それでオーケー! 分量間違えるなよー! なんぼでも作っていいからなぁ! 作れるだけ作れ! 冷凍させておきゃあ持つからな!」
ラルフは、手際よく指示を出す。
「ねぇ! パン粉も楽に削れる道具ないのぉ?!」
遠くから、エリカの不満げな声が聞こえてくる。ひたすらパンを削る作業は、彼女にとって苦痛でしかなかったようだ。
「今はない! 頑張れ!」
ラルフは、エリカの声に適当に答え、作業を続けた。
「で。これ、いったい何なんですか? 新しいメニューなんですよね? ギョーザの中身のような気もしますが?」
アンナが、挽肉と混ぜられた材料を見て尋ねた。確かに、ギョーザの餡に似ている部分もある。
「ほう? アンナさすがだな。確かに、このミンサーがあれば、ギョーザ作りはもっと楽になるな。しかし、今日の新メニューは違う。まったく新しい料理だ」
ラルフは、自信満々に答えた。アンナの顔には、期待の色が浮かんだ。
「新しい料理、ですか?」
「そのとおり! 今晩のサービスメニューは、、、
ハンバーーーーーーーーグ!!!」
ラルフは、拳を突き上げ、大声で宣言した。彼の顔には、新たな料理を生み出す喜びと、それを人々に提供できる高揚感が溢れている。
孤児たちは、聞いたことのない料理の名前に、目を輝かせた。
エリカだけは、いまだパン粉作りと格闘しているが、やがてその「ハンバーグ」なるものが、彼女を驚愕させることになるだろう。居酒屋領主館のメニューに、また一つ、革新的な料理が加わろうとしていた。




