34.領主によるオーナーのスカウト方法その②
「陽だまりの木陰亭」。その名の通り、陽光が差し込む穏やかな宿屋は、二人の姉妹、ペニーとニニィが営んでいた。
二年前に母親が他界し、二人は母が遺したこの宿を受け継ぐ決心をした。
しかし、世間は厳しく、上手くはいかなかった。後に知ったのだが、母は生前、マクダナウェル商会という、あまり真っ当とは言えない商会から借金を抱えていたのだ。
最初こそ母を恨みもしたが、後になって気づく。女手一つで娘二人を養うには、それしかなかったのだろうと。
その日も、宿の経営は芳しくなく、二人は不安を抱えていた。
「お姉ちゃん! 誰か来た!」
妹のニニィが、玄関の方を指差して叫んだ。
「ニニィ、あなたは隠れていなさい」
姉のペニーは、咄嗟にそう指示した。こんな時間に宿泊客が来るはずがない。きっとまた、マクダナウェルの借金取りだろう。そう思い、彼女は固く扉を閉めた。
そして、ドアから入ってきたのは、
「たのもー! 我こそは、ラルフ・ドーソン公爵であーる! 君たちは完全に包囲されている。無駄な抵抗はせず。おとなしく私に買い取られなさーい!」
大仰な声と共に現れたのは、見慣れない青年だ。しかし、その身につけた服や纏う雰囲気から、ただ者ではないことが見て取れる。ペニーとニニィは、突然の言葉に呆然とした。
「えー!!!」
二人の悲鳴にも似た声が響く。
「はははっ、ごめん、ごめん! 冗談。でもないかも? 事実、マクダナウェル商会から君たちの債務は私が買い取りました。はい。これ正式書類ね」
ラルフは、そう言って一枚の書類を差し出した。そこに記された文字は、確かに自分たちの宿の借金が、マクダナウェル商会からラルフ・ドーソン公爵へと移っていることを示していた。
「えっ、あの、では。私たちは? この宿はどうなるんですか?」
ペニーが、震える声で尋ねた。借金は公爵の手に渡った。次に何が起こるのか、全く予想できない。
「さぁ、どうなると思う? ケーッケッケッケッケッケ!」
ラルフは、悪役のような笑い声を上げた。その顔は、楽しげだが、ペニーとニニィには、その意図を測りかねた。姉妹二人は、震えて青ざめた。
場所を移して、領主館の執務室。ラルフは、腕を組みながら、満足げな表情を浮かべている。
「旦那様、借金取りか奴隷商に転職なさっては?」
アンナが、呆れたように、しかしどこか真剣な口調で言った。最近のラルフの行動は、貴族のそれとはかけ離れたものばかりだ。
「何を言うか。気ままな飲食店オーナーほど良い仕事はないぞぉ?」
ラルフは、飄々とした態度で答えた。
「あの、いえ。旦那様は、貴族で領主が本職ですからね?」
アンナが、改めてラルフの立場を諭す。
「おっと、そうだった!」
ラルフは、まるで忘れていたかのように、ポンと手を叩いた。
「で。あの姉妹の宿は、血のラーメンと、ウチのフランチャイズになるんですか?」
アンナが、本題に戻るように尋ねた。
「まあ、そういうこと。宿よりはラーメン屋の方が営業時間が短いだろうし。今よりは楽になるはずだ」
ラルフは、そう言って、今後の展望を語った。多重債務者を救済し、同時に自身のフランチャイズ網を広げるという、一石二鳥の戦略だ。
「スパイスラーメンの方は、グレン子爵が債務を買わせてくれ。との打診が来てますよ?」
アンナが、新たな報告をした。
「なるほど。さすがグレン子爵。株式システムと同じように、債務も金になる可能性があることに気付いたか? まあいい。譲って差し上げよう。ウチが全部抱え込む必要なんてないしな」
ラルフは、快く承諾した。グレン子爵の嗅覚は鋭い。彼もまた、ラルフのビジネスセンスに刺激され、新たな儲け口を見つけたのだろう。
「わかりました。手配します」
アンナは、淡々と業務をこなしていく。ラルフの突拍子もないアイデアを形にするのは、いつものことだ。
ラルフは、執務室の窓から、ロートシュタインの街並みを見下ろした。彼の頭の中では、すでに新たな計画が動き始めていた。
「さあ! 来い! ラーメンブーム!」
ラルフの言葉が、静かな執務室に響き渡った。彼の手によって、ロートシュタイン領は、着実に、そして劇的に変化していく。それは、ただの領地改革ではない。この世界の食文化、ひいては人々の生活そのものを変える、壮大な企みだった。




