33.領主によるオーナーのスカウト方法その①
ロートシュタイン領で金貸しを営む、割と反社会的な商会、マクダナウェル商会。その商会長であるロビー・マクダナウェルは、商会の応接室で葉巻を咥えながら、目元をひくつかせていた。
目の前には、ロートシュタイン領の領主、ラルフ・ドーソン公爵が座っている。
「ほうほう。なかなかいいのが揃ってるねぇ?」
ラルフは、手元の書類を見ながら、にこやかに微笑んだ。その書類は、マクダナウェル商会の多重債務者リストだ。
「りょ、領主殿? いったい、多重債務者なんて、どうするおつもりで?」
ロビーは冷や汗を流した。相手は貴族。それも、大魔道士ときた。彼の配下のチンピラたちに、下手に多重債務者へ手を出さないように言い含めるのに苦労したばかりだ。
下手に手を出せば、この商会を社会的な意味でも、物理的な意味でも、跡形もなく消し去る力がある。バケモノだ。
「んー? いや。私が買わせて頂こうとね」
ラルフの言葉に、ロビーは「へ?」と間抜けな声を上げた。
「よし。決めた! この二人、こいつらの債務を私に買わせて欲しい!」
そう言って、ラルフはテーブルの上に金貨十枚を転がした。チャリンチャリン、と乾いた音が室内に響く。ロビーは、この申し出を、まあ悪い取引ではないと判断した。不良債権が、現金に変わるのだ。しかも、相手はあのラルフ公爵。逆らえるはずもない。
場所は変わり、街の片隅にある安酒場。元冒険者のベンは、昼間からクダを巻いていた。
「おい! 酒持ってこい!」
「はぁ、いいかげんにしろ。ベン。ツケがどれくらい溜まってると思ってるんだ?」
酒場の店主が、呆れたようにため息をついた。ベンは、過去に冒険者として名を馳せた男だったが、とある護衛依頼で野盗に遭遇し、片目を怪我した。そして、落ちた視力では魔獣と戦うことができず、冒険者を続けることができなくなったのだ。
「はぁ? そんなもん、俺がダンジョンに潜れば一発で稼いでやるぜ!」
ベンは、虚勢を張って怒鳴り返した。
「はぁ。その目でどうやって魔獣と戦うってんだ?!」
店主の言葉は、ベンにとっての核心を突くものだった。
「なんだとクソ!」
ベンが激昂したその時、背後から明るい声が聞こえてきた。
「どうもー。そのツケ、僕が払ってやるよ」
ベンは振り返り、声をかけてきた人物を見た。若い、見慣れない男だ。その顔を見た酒場の店主は、たじろいでいる。
「はじめまして。元冒険者のベンさん。貴方の債務、僕が買いました。僕は取り立てこそしません。しかし、しっかり働いて返して貰いますよ!」
ラルフは、にこやかに、しかし有無を言わせぬ口調で言った。ベンの顔から、血の気が引いていく。
「では、領兵のみなさーん。彼を連行して下さーい!」
ラルフが手を叩くと、酒場の入り口に控えていた領兵たちが、ベンに近づいてきた。
「はっ? なんだお前ら! 放せよ!」
ベンは暴れようとするが、領兵たちは手慣れた様子で彼を取り押さえた。
「貴方のご両親、小さな飯屋をやってるそうですね? あなたはその店を継いで、そこで"セキレイのスパイスラーメン"のフランチャイズオーナーになってもらいまーす! おめでとう! 再就職決まったと同時に、いきなりオーナーって。こんな美味い話ないよぉ? では、一名様ご招待ぃー!」
ラルフは、捕らえられたベンに、満面の笑みで告げた。ベンの顔は、驚きと混乱で完全にフリーズしていた。
そして、ラルフは安酒場の店主に、ベンのツケを払う金貨を渡した。店主は、ポカーンとしたまま、その金貨を見つめていた。彼の頭の中は、今起こった出来事を理解しようと必死に回転していた。




