32.負荷分散に向けた課題
ロートシュタイン領の屋台街に、ラルフの姿があった。目的は、噂に聞く「ポンコツラーメン」なる屋台を探すことだ。しかし、探せど探せど、その名前の屋台は見当たらない。
「いらっしゃーい! いらっしゃーい! 血のラーメンだよぉ! 真っ赤で美味しい、血のラーメンだよぉ!」
賑やかな呼び込みの声が聞こえてきた。呼び込みをしているのは、威勢の良い若い娘だ。なにやら物騒な名前のラーメンを連呼している。
ポンコツラーメンは見つからないが、その奇妙な名前に興味を引かれたラルフは、その屋台に引き寄せられた。
かなりの人気店のようで、少しだけ行列に並ぶことになった。
しかし、領主であるラルフが並んでいることに、他の客たちが気を使ってしまい、
「えっ! 領主さま?! ささっ、どうぞ先に!」
「いや。いいから、いいから。待つから」
行列に並ぶのも、美味いものを食べる一つの儀式めいたものだ。これは、ラルフの前世で培われた感覚だろう。
ようやく順番が来て、店を切り盛りしていたのは、ラルフも見覚えのある女冒険者三人娘だった。確か、たまに居酒屋領主館にも顔を出していたはずだ。
「ああ! 領主さま! マジィ、ジュリ! 領主様が来てくれたよぉ!」
リーダー格のパメラが、驚きと喜びの声を上げた。
「えええ?!」
マジィが目を丸くし、ジュリも「あ、ホントっす!」と、嬉しそうに飛び跳ねた。
「よ! お前ら。冒険者は引退か?」
ラルフが問いかけると、パメラが照れくさそうに答えた。
「いえ、まあ。メインはこちらというか。素材なんかは自分たちで採取してくるので、冒険者としての籍は残してありますが」
目の前に置かれた血のラーメンから、香ばしい匂いが立ち上る。ラルフは、その匂いを嗅ぐと、驚きに目を見開いた。
「なるほど、トマト麺か?! こちらの世界でこれにたどり着く奴があらわれるとは」
と、深く感動した。前世の知識では、ラーメンにトマトを取り入れるのは、かなり先進的な試みだったはずだ。それが、この異世界で、しかも彼女たちの手によって生み出されていることに、ラルフは興奮を覚えた。
そして、一口すする。
美味い!
これは凄い。豚骨でもない、鶏ガラでもない、複雑な旨味が舌の上で広がる。そして、甘すぎず、苦すぎず、この世界特有のトマトの品種に合わせた、的確な味付け。ラーメンの奥深さを再認識させられるような、新たな扉を開く味だ。
「そーいえば、ここらで、ポンコツラーメンとかいうのが流行ってるって聞いたんだけど、知らないか?」
ラルフが尋ねると、三人娘はキョトンとした顔をした。すると、周りでラーメンをすすっていた客たちが、クスクスと笑い出した。ラルフはわけがわからない。
「領主さま! それはこの屋台のことですよ」
ラーメンをすすっていた冒険者風の男が、そう言った。
「はっ? でも、看板には"鉄血の乙女特製血のラーメン"って書いてあるぞ?」
ラルフは、屋台の看板を指差した。
「俺たち冒険者は、このポンコツ三人娘の店ってことで、ポンコツラーメンって呼んでるんだよ!」
冒険者の男の言葉に、ジュリが顔を真っ赤にした。
「まことに遺憾っす!」
「もう看板もポンコツラーメンに変えちまえよ!」
別の客がからかうように言うと、ジュリは「うがー!」と唸り声を上げた。
ラルフは、ポンコツラーメンの正体を知り、思わず苦笑した。まさか、あの三人の屋台が、ここまでの人気店になるとは。
冒険者の男に、他にオススメのラーメン屋がないか尋ねると、やはり昨日グレン子爵も言っていた「セキレイの止まり木」のスパイスラーメンの名前が挙がった。しかし、もう一つ気になる情報を得た。
「俺の知り合いがな、オーク肉の串焼きの屋台をやっていて、そこでラーメンを出しているんだが。あんまし美味くねーんだよ」
美味くないと聞いても、なぜか気になる。ラルフは、その屋台の場所を教えてもらい、早速向かった。
屋台が立ち並ぶ一角に、その屋台はあった。たしかに、その屋台の看板には、小さく「ラーメンはじめました」と書かれた紙が貼ってある。
「すんませーん。ラーメン一つ」
ラルフが注文すると、屋台の店主は、驚いたように顔を上げた。
「はいよー。ん? え? あ? 領主さま?!」
その男も、居酒屋領主館で何度か見た顔だった。冒険者崩れの、どこか人の良い雰囲気の男だ。
出されたラーメンを一口食べてみる。
うむ。悪くはない。悪くはないが、まあ、確かにいまいち。スープは薄く、麺もコシがなく、具材もどこかちぐはぐな印象だ。
ラルフは、食い終わると、店主に提案した。
「もしよかったら、ラーメンの仕込みから味付けまで、僕が教えるので、時間がある時に領主館に来てくれ」
店主は、ラルフの言葉に目を輝かせた。
「え、本当ですか?! ありがとうございます! 喜んで伺わせていただきます!」
非常に喜んでいた。彼曰く、どうやら、このラーメンの作り方は、レシピ本を購入したわけではなく、購入した人間から又聞きしたレシピで作っていたらしい。
なるほど。やはり、グルメギルド出版のレシピ本は、庶民には手の届きにくい値段なのだろう。
つまり、ラーメン屋を増やすには、直接指導、つまり、"フランチャイズシステム"のような形を取る必要があるということか。
ラルフの頭の中で、新たなビジネスモデルが形になり始めた。




