300.史上最大の配送計画
居酒屋領主館で催されたクリスマス・パーティーは、熱狂の余韻を残しながら、静かに幕を閉じた。
子供たちの歓声は遠い記憶となり、場は静寂に包まれていた。
テーブルにはミニオムライス、タコさんウインナー、香ばしいローストチキン、なめらかなポテトサラダ、ジューシーなハンバーグにパリッと揚がったエビフライ……。そして、ヘンリエッタ・カフェ特製の豪華なクリスマスケーキ各種。
夢のような美食の饗宴は終わり、海賊公社の冒険譚や、ファウスティン公爵の退魔伝に目を輝かせた幼い心は、まどろみへと誘われていった。
名残惜しそうに帰途につく貴族の子たちは、今宵、ロートシュタイン領内の宿や、馴染みの貴族邸に一泊することになっていた。これから王都へ戻る者はいない。
そう――。それこそが、この計画の肝だった。
客の消えた大広間の中心に立つラルフは、楽しげに口角を吊り上げた。
「くーっくっくっくっく……。実は、これからが本番なのよねぇ」
カウンター席に座るファウスティン・ド・ノアレイン公爵は、深く、呆れ返った溜め息をついた。彼らの前世で存在した『クリスマス』という行事を、ここまで大掛かりに、しかも徹底して再現するとは、彼の想像を遥かに超えていた。
「また、途方もないことを企んだものだなぁ……」
「そうなんすけどねぇ。こんな機会でもなければ、手元に溜まり続ける金貨の使い道がないんすよ。なるべく、民に還元しなきゃなりませんから」
為政者としては聖人君子のような発言だが、裏を返せば、公爵業の他にも様々な事業を手広く展開するラルフの元へ、貨幣が雪崩のように集まり、どうにもならないという、贅沢すぎる悩みの吐露でもあった。
「では、ラルフ様。俺たちは、一足先に配送拠点のギルドへ向かっているぜ」
冒険者ギルドマスターのヒューズは、精鋭の冒険者たちを伴い、居酒屋から退出した。
そして、これから始まるのは、史上最大のサプライズ配送計画。
今、このロートシュタイン領に滞在する全ての子供たちへ、プレゼントを届けるのだ。
居酒屋領主館に集った常連客たちが、この前代未聞の計画における『サンタクロース』、すなわち、共犯者となる。
眠りについた子供たちの枕元に、秘密裏に贈り物を「置配」するという、ロマンに満ちた(そして、大いなる犯罪臭を放つ)任務である。
ちなみに、この計画を真っ先に聞かされた国王は、無表情のまま、一筋の冷や汗を頬に伝わせるのみだったという。
「それじゃあ、私達も行きますね! 皆に夢を届けましょう!」
「お姉ちゃん、地図持った!? 方向音痴なんだから、私が案内するわよ!」
聖女たちもまた、意気揚々と居酒屋を後にする。
「本当に、まあ、よくぞ、これほどまでに色々と思いつきますなぁ……」
客席にいたデューセンバーグ伯爵は、心底感服したように、しかし疲労を滲ませた溜息をついた。
「いやぁ、まあ、それほどでも」
ラルフは恐縮しつつも頬を緩める。前世のイベントの丸パクリだとは、決して言えない。
「で、儂らは、水上都市の担当だったか?」
伯爵は懐から配送ルートの地図を取り出し、険しい表情で眺めた。
「ええ、そうです! 王族離宮に宿泊しているお子様たちと、浜の宿に泊まっている貴族もいるみたいで」
ラルフは名簿を確認しながら告げた。
「浜の宿? 貴族が、あの庶民の宿に?」
伯爵は眉をひそめる。
「まあ……。庶民の宿ではありますが。魚料理が絶品なものですから……。最近は、それを気にしない貴族も増えてしまいまして」
ラルフはなんだか言いづらそうに視線を逸らした。彼が巻き起こした『美味しい革命』が、貴族たちの生活様式に対する価値観すら毒した、その結果だと自覚しているようだった。
「まあ……。気持ちはわからんでもないがな……。さて、儂らも行くか」
伯爵は立ち上がった。彼はラルフとツーマンセル、すなわちペアで配送業務にあたることになっている。
すると、ラルフが人差し指を、なぜか上へと向けた。
「あー……。先に、一人、プレゼントを置いておきたいお子さん、いるでしょ?」
「むっ? ……ああああっ! エリカにか!」
伯爵は合点がいった。この領主館の二階の客間で、今まさに眠りにつく、彼の愛娘エリカのことである。
そして、階段の下、二人は異様な装いをしていた。
「ラルフ殿、なんなのだ? この格好は?」
「しっ! エリカが起きるかもしれないんで、ここからは、お静かに!」
全身真っ黒。そして、頭部には両目と口の部分にだけ穴が開けられた、お揃いの目出し帽。
公爵と伯爵が揃ってこの姿――それは、サンタクロースというより、完全に強盗である。
得心がいかぬまま、デューセンバーグはラルフに従い、ソロリソロリと階段を上がっていく。その背中に、抱えた大きな包みが背負われた袋と合わせて、強盗の道具にしか見えない。
伯爵は、極めて小声で、気になっていたことを尋ねた。
「ラルフ殿は、エリカへのプレゼントは何にしたのだ?」
「これです。圧力鍋ですよ」
伯爵は妙に納得してしまった。年頃の娘への贈り物としてはどうかと思うが、エリカはカレーのスペシャリストとして名を馳せている。彼女の趣味とビジネス、双方の充実を図る一品と言えよう。
「デューセンバーグ伯爵は、何にしたんですか?」
「儂は、首飾りだな」
「……うん。普通なんですけど。なんか、エリカだと違和感しかないっすねぇ」
「失礼すぎないか? 仮にも、儂の娘だぞ?」
黒尽くめの二人は口論を続けつつ、階段を上りきり、廊下の角から、エリカのいる客間を覗き込んだ。
その刹那、彼らの心臓は跳ね上がった。
ギィー、と、その扉が開いたのだ。
「な、なんで起きてるんだ?! アイツ!」
ラルフは小声でパニックに陥る。
「疲れて寝てるんじゃなかったのか?!」
デューセンバーグも冷や汗をかく。
「あっ! ヤバっ! こっちに来る!!」
角の向こうに、微かな気配を感じたエリカが叫ぶ。
「誰?! 誰かいるの?」
タッタッタッ、と小走りに、階段へと続くはずの角を曲がる。すると、そこには――
誰もいなかった。
エリカは(気のせいかしら……)と、キョロキョロと首を巡らせる。
しかし、その頭上、真上の死角には、天井の梁に張り付くようにして、両手足をピーンと伸ばし、懸命に息を殺す、ラルフとデューセンバーグがいた。その姿は、まるでヤモリか、もしくは巨大な害虫である。
ふと、ラルフは、血管が浮き出るほどに顔を真っ赤にしたデューセンバーグの顔を見た。
その目出し帽の穴から見える瞼を、一滴の汗が伝い、重力に従いエリカのいる下方に落ちそうになっている。
ラルフは、片手を離し、雫が瞼から離れた瞬間に右手でそれを受け止めた。まさに、間一髪。
やがて、エリカは「ふんっ!」と鼻を鳴らし、一階に下りていった。
その足音が遠ざかるのを待って、二人はそっと床に着地する。
「プアハァ! ゼェゼェ、なんでだよ?! なんで、アイツ、今日に限って夜更かししてんだよ!」
息を殺していたラルフは、真っ青な顔で、この状況のまずさに混乱していた。
「どうするのだっ! エリカが階下に行ったら、客席に誰もいないことを怪しまれるぞ!」
デューセンバーグは、更に逼迫した状況を説く。このプレゼント配送計画が露呈すれば、子供たちの夢も、ロマンもヘッタクレもないのだ。
二人は、まるで黒い害虫のように、カサカサと凄まじい速度で階段を這い降りる。そして、まさに危惧していた光景を目にする。
居酒屋領主館の客席。賑わうはずのそこには、誰もいない。それを、訝しげに見渡すエリカ。そして、
「誰っ?!! やっぱり、そこに誰かいるわね?!」
エリカは、凄まじい勢いで、二人の方を振り返った。
咄嗟に、ラルフは、とんでもないものを絞り出す。
「にゃ……、ニャーオっ!」
すると、エリカは、
「なんだ、猫か……。じゃないわよ! さては、泥棒ね!!!」
そう叫んで、両手に構えた小型魔導衝撃銛を、即座にぶっ放した。
バゴンっ!!!
階段の手摺りの一部が破壊され、ラルフの目の前に、銛がぶっ刺さる。
「フギャぁ!!」
思わず、変な声を上げるラルフ。
「逃げるぞ!」
デューセンバーグはラルフの首根っこを掴まえ、階段を駆け上がる。
「なんで泥棒に立ち向かうんだよアイツ!! 危ないだろ!! 逃げるか、領兵を呼べよ!!!」
ラルフは理解に苦しむ。
「なんで我が娘はあれほどまでに獰猛になってしまったのだ?! それもこれも、ラルフ殿のせいだからなっ!」
「はぁっ?!!! 元はと言えば、貴方が育てた娘でしょ?!」
泥棒二人、もとい、黒尽くめのサンタクロース二人は、全力疾走しながら口喧嘩をはじめる始末。
「待てぇ! 待ちなさいっ!」
エリカは尚も追ってくる。
「ラルフ殿っ!」
「仕方ねー。破っちゃえ!」
二人は、突き当たりの大窓に体当たりし、ガシャーン! と盛大な音を立てて、ガラス片と共に、地上に落下した。
何故か、二人は着地の瞬間、パルクールの要領で、落下の衝撃を前転に転嫁するという、華麗な技を披露し、藪の中へと逃げ込んだ。
「ふんっ!!」
エリカは、何故か使命に燃えた表情で、暗い窓の外を見下ろしていた。
しかし、こんなことで諦める、黒尽くめのサンタクロース二人ではない。
「どうするのだっ?! このまま、エリカが領兵か騎士団に駆け込んでみろ! また面倒なことになるぞ!」
暗がりに息を潜めたデューセンバーグがラルフに食ってかかる。
「よし。こうなったら、僕の魔法で、エリカの記憶を消す!」
領主館の窓を睨むラルフ。彼の脳裏には、この謎の状況に対する、諦念とヤケクソが混在していた。
これでは、まるで前世にあった、あの間抜けな泥棒二人組を、たった一人で退治する少年が主人公の……"あの映画"ではないか?!
(いやいやいやいや……。ここ、僕ん家なんだけどなっ!)
自らの思考に、盛大にツッコミをいれてしまう。
隣の伯爵は、それどころではない。
「だから、どうやって?」
「見てください。エリカは、自室に立て籠もる気だ……」
「ふむっ、そのようだな……」
エリカの客間の窓には、ツインテールの影が映っている。
「奴は、窓の外しか警戒していない。二階の、僕の執務室の窓から侵入して、背後を襲う」
なんだか、とんでもなく物騒な殺人計画のような作戦を立て始めるラルフ。
早速、行動に移す。
物置小屋から梯子を持ち出し、ラルフの執務室の窓を割って侵入する。そして、足音を殺しながら、二人はエリカのいる客間へとたどり着いた。
何故か、扉は開け広げられ、灯りが漏れている。
ラルフは(油断が過ぎる)と内心でほくそ笑んだ。背後から近づき、《記憶消去》の魔法をかければ、この茶番は終わる。
二人はハンドサインを交わし、標的がいるであろう客間の前にたどり着く。
念には念を入れ、ラルフは、そっと壁際から室内を窺う。
その時、ラルフは信じられない景色を見た。
「動かないで……」
壁際に潜んでいた、標的。
目出し帽を被った、ラルフの眉間に、物騒な武器を突き付けるエリカの姿だ。
「うっ……」
ラルフは、思わず、喉を鳴らした。
しかし、背後にいるデューセンバーグには、その状況が見えない。
「ど、どうした? 何があった?!」
ラルフは、簡潔に状況を説明する。
「エ……。いや、あの、お嬢さんが、僕の頭に、魔導武器を突きつけています……」
デューセンバーグ伯爵は、盛大にたじろいだ。
すると、エリカが、静かに言い放った。
「アンタ達、仕事は選んだ方が良いわよ」
ラルフは、部屋の奥を見た。
窓辺に立てられた、トレントの丸太と、その上に無造作に掛けられた、観葉植物の葉っぱ。それが、エリカのツインテールと酷似したシルエットを、窓に映していたのだ。
つまり、完全に、――誘引された。
謎に戦略的に秀でた、エリカのポテンシャルに、ラルフは奥歯がなるほどに震えだす。
しかし、その時、エリカの背後に、突然にして現れた影。
エリカの首に、鋭い手刀を見舞う。
「うっ……」
エリカは意識を刈り取られ、その小さな身体が前傾に倒れそうなのを、咄嗟にラルフは抱きとめた。そして、
「ふぅ……。助かったぜ……。アンナ……」
有能なメイドに、感謝を告げた。
すると、いつものように、その無表情なメイドは、とんでもなく、まっとうで正論で真理をついた意見を述べた。
「あのぅ……。旦那様に、デューセンバーグ伯爵も。その変な被り物を取って、素顔を晒した上で、エリカ様を呼び寄せ、不意をついて記憶を消せば、よかったのでは?」
この異様な事態に、聡明なラルフですら、少々、テンションが上がりすぎていたらしい……。
そんなことも、思いつかなかった。
とても恥ずかしそうに、ラルフとデューセンバーグ伯爵は、目出し帽を脱ぎ去った。
しかし、
「って、……ちょっと待って! デューセンバーグ伯爵! 夜明けまで、あと二時間しかないよ!!」
ラルフは、ヤバい事実に気がつく。
「はあっ?! 水上都市との往復で……、いやいやいやいや……。もう無理だろっ!」
配送計画が破綻することを認識した二人。
「レッドフォードを起こそう! 空路でやってやる!!」
ラルフは、ペットのワイバーンを叩き起こす事を決めた。
真っ赤なお鼻のトナカイさんではなく、真っ赤な鱗の巨躯のワイバーンの背に乗って、二人の爆速配送が、今、幕を開けた。




