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居酒屋領主館【書籍化&コミカライズ進行中!!】  作者: ヤマザキゴウ


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30.血のラーメン、爆誕す!

 ロートシュタイン領のはずれにあるダンジョンの入り口から、三人の女冒険者がトボトボと現れた。泥と埃にまみれた軽装の鎧は傷だらけで、その顔には疲労と絶望が色濃く浮かんでいる。


「くっそー! ゴブリンならなんとかなるけど、3階層からいきなりオークって、聞いてねぇよ!」


 リーダー格のパメラが、苛立たしげに悪態をついた。褐色の肌に、男勝りな眼光が特徴の彼女は、常にパーティーの先頭に立ってきた。


「あたいらだけじゃ明らかに火力不足だ」


 冷静沈着なマジィが、冷静に分析した。長い黒髪を一つに束ねた彼女は、三人の中で最も落ち着いた性格だ。


「どーすんですー? もうお金ないですよー?!」


 ジュリが、泣きそうな声で訴えた。小柄で可愛らしい外見とは裏腹に、パーティーのムードメーカーを務める。


 パメラ、マジィ、ジュリは、ロートシュタイン領の外れの農村出身の幼馴染だった。いずれも三女や四女で、幼い頃から漠然と将来は村を出て冒険者になろうと考えていた。そして、15歳で村を出てから、今年で三年目。冒険者としての日々は、想像以上に厳しかった。

 冒険者たちの間では、彼女たちは「ポンコツ三人娘」とか「腹ペコ三人娘」という非常に不名誉な二つ名で呼ばれていた。


 そして、今回のオーク討伐クエストも、案の定、失敗に終わったらしい。手元に残ったのは、わずかな金貨と、疲れ果てた体だけだ。


「お腹すいたなぁ」


 パメラが、空腹を訴えるように腹を摩った。


「あー、居酒屋領主館いきたい。ミソラーメン食べたい……」


 マジィが、恍惚とした表情で呟いた。領主館の料理は、彼女たちの貧しい生活の中で、唯一の贅沢であり、心の支えだった。


「やめてーっす! 今あの味を思い出させないでー!」


 ジュリが、悲鳴を上げた。極限の空腹状態では、あの美味を思い出すのは拷問に等しい。

 トボトボと街に帰る三人。宿への道は、いつもより長く感じられた。


 宿に帰り着くと、疲労困憊のまま、それぞれの荷物から食料を漁り出し合う。


「麺、トマト、葡萄酒、タマネギ、干し肉、各種調味料、そしてホーンラビットの骨?」


 パメラが、ジュリが持ってきた食材の山を見て、眉をひそめた。


「ホーンラビットの肉で干し肉作ったんす。その余りっす」


 ジュリが、得意げに胸を張った。


「なんで麺なんてあるの?」


 マジィが、不思議そうに尋ねた。


「トム君の製麺工場で貰ったんだよ。なんでも、新作の"乾麺"っていう、保存が利く麺だから、試してみて欲しいって」


 パメラは、その乾麺を手に取り、ふと、あることを閃いた。これは、イケるのでは?


 パメラは、実家に代々伝わる、「血のスープ」と呼ばれる真っ赤なスープを思い出していた。そのスープは、特別な日にだけ作られる、村の秘伝の料理だった。


 宿の炊事場を借りて、三人はすぐに調理に取り掛かった。

 トマトを潰し、水と葡萄酒で煮詰める。ジュージューと音を立てて炒めたタマネギを加え、そこに干し肉を加える。各種調味料で味を調え、さらにホーンラビットの骨を煮出したスープを加えて、丁寧に煮詰めていく。


「香辛料なんてよく持ってたっすねぇ」


 ジュリが、炒める手も止めずに言った。


「領主さまに、ちょっと分けて貰えないか? って聞いたら、こっそり渡してくれたんだよ。領主さまは、本当に太っ腹だよな」


 パメラが、得意げに答えた。あのラルフ公爵は、気前の良いことで有名だった。


「ははぁー、領主さまさまです」


 ジュリは、感嘆したように言った。

 煮詰めるにつれて、真っ赤なスープからは、食欲をそそる芳醇な香りが立ち昇ってきた。

 麺を茹で、木の深皿に盛り付け、真っ赤なスープをたっぷりとよそう。干し肉とトマトの赤が、食欲をさらに掻き立てる。


 そして、パメラが宣言した。


「できた! 鉄血の乙女、"血のラーメン"!」


 鉄血の乙女とは、彼女たちのパーティー名だが、他の冒険者たちはすっかりそれを忘れていた。今や彼女たちのことを「ポンコツ三人娘」と呼ぶ者ばかりだ。


「うわー! 案外よくない?」


 マジィが、その見た目に驚きと期待の声を上げた。


「早く食べよう!」


 ジュリが、待ちきれない様子でフォークを手に取った。


 ズズズーっと、三人は一斉にラーメンをすする。


「えっ! うまっ!」


 パメラが、驚きに目を見開いた。


「美味! なにこれ? うまっ!」


 マジィが、信じられないといった表情で呟いた。


「ちょっとこれ、革命なんじゃない?!」


 ジュリの叫びに、パメラとマジィも激しく頷いた。その後は、三人とも言葉を失い、ひたすら無言でラーメンをすすり続けた。ホーンラビットの骨からとれた野性味あふれる出汁と、トマトと葡萄酒の酸味、そして干し肉の旨味が絶妙に絡み合い、さらに領主からもらった香辛料が、その全てを一つにまとめ上げていた。


 食器に残ったスープの一滴まで平らげた後、パメラが顔を上げた。その目には、疲労の色は消え、新たな光が宿っていた。


「ねえ、これ売れば、稼げるんじゃあ?」


 その言葉に、マジィとジュリの目も輝いた。ポンコツ三人娘の、新たな冒険が、今、始まろうとしていた。

 それは、ダンジョンの中ではなく、この街の片隅で、

 彼女たち自身の手によって生み出された、

 "血のラーメン"という名の希望だった。


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