299.ジングル・オール・ザ・ウェイ
年の瀬の冷たい風が、王都の石畳を滑っていく、ある冬の日。
静謐なる王都に住まう名だたる貴族たちの許へ、一通の招待状が届いた。
差出人は、辺境ロートシュタインの若き統治者、ラルフ・ドーソン公爵。
その手紙は、彼の領地が巻き起こした「グルメ革命」の爆心地、通称「居酒屋領主館」での、異例の催しを告げるものだった。
ロートシュタイン領主 ラルフ・ドーソン
拝啓
王都の皆様におかれましては、時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
さて、慌ただしくも華やかな年の瀬を迎えるこの季節、私どもロートシュタインの喧騒極まる「居酒屋領主館」にて、いささか趣向を凝らした催しを計画いたしました。
それは、心温まる"クリスマス・パーティー"でございます。
この度、皆様に是非ともお願いしたいのは、大切なお子様方をお連れいただきたいということでございます。この夜の主役は、大人ではなく、未来を担う彼ら、彼女らなのです。
いつもの酒場の賑わいとは異なる、子供達の無邪気な笑顔と朗らかな声が響き渡る、特別なひとときを共有できれば、これに勝る喜びはございません。私自身、子供達が喜ぶ姿を想像するだけで、今から胸が高鳴る思いです。
ご多忙の折とは存じますが、王都の皆様との親交を深め、共に祝福の時を過ごしたく、ご参加を心よりお待ち申し上げております。
敬具
開催日: 王歴末月〇〇日
場所: 居酒屋領主館
追伸:
もちろん、大人の皆様方の為にも、館の評判を支える上質な美酒と料理を、いつにも増して豊富にご用意しております。
また、このような祝祭の機会に、日頃の感謝や愛情を伝えたい大切な方への贈り物をご持参いただくのはいかがでしょうか。ささやかであっても、皆様の温かい想いが込められた贈り物は、この宴をより一層、忘れがたいものにするでしょう。
是非、ふるってご参加ください。
この一風変わった、そして期待を煽る招待状は、たちまち王都貴族たちの間で熱狂的な噂となった。若き天才公爵ラルフ・ドーソンが、またしても何か「面白そうなこと」を企てたのだという熱量が、破竹の勢いで王都を駆け巡る。
"クリスマス"とは、何のことかさっぱりわからないが……。
とある晩餐会でのこと。
「グレン子爵。例の、ロートシュタインのクリスマス・パーティーとやらの、件なのですが……」
「お前も、もちろん行くだろう?」
グレン子爵は、グラスを傾けながら、獰猛な笑みを浮かべた。
「え、ええ……、もちろん。しかし、本当に、子供達を連れて行って良いものですかねぇ?」
「もちろんだとも。招待状に、主役は子供だと明記されておるではないか」
「むぅ……となると、娘の新しい祝祭用のドレスを新調せねばならんなぁ」
そう思い悩む、居酒屋領主館の流儀を知らぬ木っ端貴族に、グレン子爵は、その古参の常連客としての「作法」を諭す。
「かまわん! かまわんとも! 本当に普段着でいいぞ。"あそこ"は、そういう場所なのだ……」
ロートシュタインの領主館は、貴族と、冒険者、そして亜人までもが、身分や種族の垣根を越え、肩を組み、酒を酌み交わす坩堝。その爆心地たる「居酒屋領主館」の噂は、王都貴族の間にも届いていた。
王族や、共和国、帝国、果ては聖教国の重鎮までもが、普通の客として酒を飲んでいるという事実に、多くの者が畏れを抱き、まだ足を踏み入れたことのない者も多かった。
しかし、これは絶好の機会だ。
子供を連れての参加は、王城での堅苦しいデビュタントよりも、遥かに効果的かつ効率的に、未来の縁談を呼び込む可能性がある。そのような打算と、天才公爵の催しへの純粋な好奇心という、二つの熱が交錯し、王都のすべての貴族は、まるで雪崩のようにロートシュタインを目指した。
街道をゆく貴族馬車の列は、ロートシュタインに到着すると、たちまち街の喧騒へと吸い込まれていった。人々は、自然と街の中心地へ向かう。
目抜き通りに差し掛かると、そこは既に祭りの熱気に包まれていた。
「メリークリスマス! 綿飴どうすかぁ?! お子様はタダだよ!」
「メリークリスマス! リンゴ飴どうぞー! お子様はタダですよ!」
ズラリと並ぶ屋台から響く、威勢の良い、そして心温まる売り文句。
見たことのない菓子に、貴族の子供たちは目を輝かせ、無邪気に首を回しっぱなしだ。
そして、「居酒屋領主館」の庭は、もはや熱狂の渦だった。
魔導ランプがいくつもフワフワと浮かび、淡い光で満たされた空間は、人の熱気で溢れかえっている。その庭にまで屋台が立ち並ぶ中、簡易ステージの上には、弦楽器を抱えたラルフ・ドーソンと、吟遊詩人のソニアの姿があった。
「サーイレンナーイ♪ ホーリーナイっ♪ オーリーズカールム♪ オーリーズブラーイ♪」
陽気さの中に清純さを秘めた、聴き慣れない歌の弾き語りが響く。
しかし、観衆、特に子供たちは、その静謐な光景に、どこかポカンとして、見入っているだけだった。
歌い終えたラルフは、その光景が、何となく「ちょいと気に食わなかった」らしい。ふと、彼は愉しげな笑みを浮かべた。
「じゃあ、次は、こんな曲はどうだ?」
ラルフは背後に控える打楽器担当、エリカに目配せを送る。エリカは、真剣でいて不敵な笑みを浮かべると、樽を叩いていたスティックを静かに置き、右手にスレイベル、左手にパンデイロを持った。
「ワン! ツー! スリー! フォー!」
エリカのカウントと共に、底抜けに陽気な演奏が始まる。
そして、ラルフの口から、飄々としていながらも、しなやかな歌声が紡がれた。
「ダッシンスルーザスノゥ♪ インナワンホースオーペンスレイ♪」
その不思議な異国の歌詞に、人々は面を食らった。しかし、そのリズムは、まるで一頭の白馬が、雪原を力強く駆け、ソリを引くかのような躍動感を伴っていた。エリカが奏でる鈴の音は、馬の歩調に合わせて軽快に鳴り響き、それは、幼き頃にソリ遊びをした憧憬を、大人たちの胸に蘇らせるものだった。
愉快なリズムに、大人たちも、自然と身体が揺れ出す。
そして、サビ。
「ヘイッ! ジンゴーベール♪ ジンゴーベール♪ ジンゴーオーザウェイ♪」
前世でこの曲が、元々は感謝祭のために書かれた、ソリ遊びの楽しさを歌った歌であったなど、この異世界では関係ない。
楽しければ、人々が一体感を体感できれば、それでいいのだ。それが、ラルフの信じる音楽の偉大さだった。
リフレインが続くうちに、子供たちですら。
「ジンゴーベール♪ ジンゴーベール♪」
「ジンゴーオーザゥエィ!」
と、口ずさみ始め、楽しげに踊り始めた。
「はいっ! 皆さん! ご一緒に! せーのぅ!!」
「ジンゴーベール♪ ジンゴーベール♪ ジンゴーオーザゥエィ♪」
集まった観客から、盛大なコールアンドレスポンスを貰ったラルフは、もう何もかもがどうでもよくなるほど、その熱狂に酔いしれていた。
そして、拡声魔法で開発したマイク越しに、とんでもない宣言をしてしまう。
「よっしゃ! もう、今日は僕の奢りだぁ! 子供とか大人とか関係ない! 全員、タダで飲み食いしろー!!」
それを傍で聞いていたソニアとエリカは、目を見開いた。
いつものように、ラルフがとんでもないことを言い出すかもとは思っていたが、まさか、領主館の全財産を賭けるような、この規模になるとは……。因みに、メイドのアンナは、ステージの袖で、音もなく頭を抱えていた。
客たちのボルテージは、最高潮に達する。
「フォー!!!!」
「ローストチキン美味すぎだろっ?! これ、本当にタダでいいのか?!!」
と、パニックになる貴族もいれば。
「あれ? お父様、お母様。どこ?」
いつの間にか、両親とはぐれた貴族の男の子が、不安そうに辺りを見回していると。
「おい、そこのちっちゃい人間、ピザ、食うか?」
銀色の鱗を煌めかせる、筋骨隆々なリザードマンの戦士に囲まれてしまった。
彼は、恐る恐る、その「ピザ」とかいう未知の料理を口に入れると、
「んんん~!! んん~! んんん~!!!」
あまりの美味に、歓喜のパニックを起こしていた。そして、このような心細い場所で、手を差し伸べてくれた、大きな亜人の彼らを、心優しく、カッコいい存在として認識してしまった。
彼らは、
「タダってことは、金貨いらない?」
「いらない、いらない……」
「何食べても、飲んでも、金いらない……。さすが、ラルフさま」
と、銀鱗を煌めかせ、喧騒の中へ去っていった。
後に――、その少年は、竜族を模した鎧を身に纏い、貴族でありながらダンジョンに潜り獲物を狩る"ハンター"として名を馳せるが、それはまた、別のお話。
ステージを終え、声がガラガラになったラルフは、舞台袖へ。
「お疲れ様です。旦那様……」
いつものように、有能なメイド、アンナが立っていた。彼女の目元には、今日の出費に対する諦念と、雇い主への忠誠が複雑に交じり合っていた。
ラルフは、弦楽器を、そっと置くと。
「はい。アンナにも、プレゼント……。ああ、もし、金に困るようなことがあったら、それ、売っぱらっていいからね?」
まるで目を合わせず、アンナに雑に包を手渡す。その仕草には、感謝を伝えることへの照れと、貴族としての傲慢さ、そして幼さが混在していた。
アンナは、キョトンとしながらも、その包みを開いた。
そこにあったのは、小さな宝石のネックレス。
澄んだ青を湛える、おそらくラピスラズリだ。
メイドであるアンナには、このような装飾品を身につける機会はない。彼女がラルフの隣に立つ時、それは常に「メイド」としての立場なのだから。
これを、どう受け止め、どうすればいいのか、彼女にはわからなかった。しかし、その時、胸に浮かんだのは、愛しき雇い主への、他愛もない応えだった。
「はい……。もしも、旦那様に解雇されて、お金に困ったら、売りますね……」
冗談には、冗談で返すしかない。それが、長年築き上げてきた、二人の主従の距離感だった。
愛しき雇い主であるラルフは、その返事を聞くと、ほんの少し肩を揺らして笑い、そして、何事もなかったかのように、熱狂の喧騒の中へと紛れ込んでいった。




