28.女騎士、登場!
ミラ・カーライルは、騎士爵家の生まれだった。古くから王国に仕える家系に生まれた彼女は、幼い頃から剣の才能に恵まれていた。しかし、父親からは「女は家を継げない」と厳しく言い渡された。それでも、彼女は剣を捨てなかった。天賦の才が、彼女をそうさせた。
王国騎士団に入隊してからも、その才能は抜きんでていた。訓練では誰よりも早く、剣の腕前では並ぶ者がない。瞬く間に頭角を現し、若くして部隊長にまで上り詰めた。
しかし、共和国との戦争が、彼女の運命を大きく変えた。激化する最前線での、上官からの無謀な突撃命令。彼女は命令に従い、部隊を率いて突撃したが、その結果、伯爵家の次男である部下を戦死させてしまった。
戦争が終わって三年。ミラは、ロートシュタイン領への派遣を命じられた。それは、責任を取っての島流しに等しかった。この領は、三つのダンジョンを有しており、冒険者が対応できないような大規模な魔物の氾濫に備えて、騎士団が駐屯している。実質的な左遷であり、閑職だ。
自分の身を憐れむようなことはしない。それが彼女の騎士としての矜持だった。しかし、それでも、誇り高き騎士として生きてきた自分と、今の身の上の乖離があるのも事実だ。王国騎士団の部隊長という重責から解放されたとはいえ、彼女の心は常に重かった。
その日も、騎士団の駐屯地での厳しい訓練を終え、日が傾き始めた街道を歩いて帰る途中だった。ふと、思い出す。今日は使用人の料理番が暇を取っている日だった。つまり、夕食の準備はされていない。
どうするか?
適当な飯屋に入ろうにも、ミラにはそのような経験がほとんどない。幼い頃から剣の道一筋で、世俗の経験が乏しいのだ。どこの店で、どのような料理が提供されるのか。店に入って、どのように注文すればいいのか。そんな些細なことすら、彼女には分からなかった。いっそ、一食くらい抜いてもいい。そう思っていた。
騎士団の駐屯地へと続く道を歩いていると、不意に、賑やかな声が耳に飛び込んできた。ふと、足を止める。
視線の先には、大きな看板で、「居酒屋領主館」とある。そして、その店からは、なんともざっくばらんで、楽しそうな人々の声が溢れ出してくる。活気に満ちた、温かい賑わいだ。
騎士としての厳格な日常とはかけ離れた、その楽しそうな声に、ミラは吸い寄せられるように、店の入り口へと足を踏み入れた。