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22.悪役令嬢は皿洗い係

 彼女の名前はエリカ・デューゼンバーグ。今は奴隷に身を落とし貴族籍も抜けたため、家名なしの、"ただのエリカ"だ。金髪ドリルツインテールが特徴の彼女は、居酒屋のホールの片隅で、不満げに腕を組み、不機嫌そうな顔をしていた。


 時間は居酒屋領主館の開店前。メイドたちや孤児たちが、いつものように忙しく準備に駆け回っている。テーブルを拭き、椅子を並べ、厨房からは食材を準備する音と、アンナの指示が飛ぶ声が聞こえてくる。


「なんでわたしが働かなきゃならないのよ?! こんな薄汚い場所で!」


 仔犬のようにキャンキャンと吠える金髪ドリルツインテール。エリカは、この状況が全く理解できないといった様子で、ラルフに詰め寄った。

 ラルフは、そんなエリカの様子を、冷めた目で見つめた。


「うちは働かざる者食うべからず。それにお前は俺の奴隷なの? わかる?」


 ラルフの言葉に、エリカは一瞬たじろいだ。


「ふんっ! 公爵で大魔道士って聞いてたから、多少は骨のある奴だと思って期待したのに。こんな薄汚れた貧民どもを使ってケチな商売してるようじゃ、反吐が出るわ!」


 エリカの言葉は、これまでの貴族としての生活と、培われた高慢なプライドに満ちていた。その瞬間、ラルフの顔から表情が消えた。


 パチン!


 乾いた音が響き渡り、エリカの頬に赤みが走った。ラルフは、前世ではコンプライアンス的にかなりまずい行為であると認識しつつも、最大限に手加減をした。

 しかし、その一撃は、貴族の娘として育てられたエリカにとって、初めての経験だっただろう。

 エリカは、ぐっと涙を堪えた。今にもブワッと泣き出しそうなのを、歯を食いしばり堪える。それは、貴族としての矜持か、悪役令嬢としてのプライドか、あるいは、ただの意地か。


「お、お、お母様にもぶたれたことないのに!」


 震える声でそう叫ぶエリカに、ラルフはため息をついた。


「はいはい。そういうのいいから。おい、アンナ! 連れてって着替えさせろ! 言う事聞かなかったら引っ叩いてやれ」


 ラルフの声に、アンナが淡々とエリカに近づいていく。エリカは、抵抗するようにアンナの手を振り払おうとする。


「ちょっ! 離しなさいよ! あんたなんか、わたしがこの王国を獲ったら、真っ先に断頭台送りよー!!」


 エリカの叫び声が、準備で賑わっていた広間に響き渡った。その様子を、孤児たちが不安そうに見つめている。特に、ハルは心配そうな顔でラルフを見上げていた。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


 ハルの小さな声に、ラルフは顔を向けた。


「ハル、すまないな。とりあえず、一緒に働く仲間が増えた。あんな感じだが、できる限りでいいので、仲良くしてやってくれ」


 すると、ハルはフルフルと首を振った。


「お兄ちゃん、エリカちゃんのこと叩いたの、つらそうだった」


 ハルの純粋な言葉に、ラルフはハッとした。確かに、慣れないことをしたかもしれない。誰かを叩くというのは、やはり気分がいいものではない。

 ラルフは、ハルの猫耳を両手でワシャっと撫でた。ハルはちょっと困ったような、くすぐったそうにしていた。その温かい感触に、ラルフの心も少し落ち着いた。



 そして、今晩も居酒屋領主館が開店する。


 ラルフは、厨房の洗い場に立つエリカを睨みつけた。彼女は、先ほどアンナに無理やり着せられた、質素なメイド服に身を包んでいる。髪のドリルツインテールはそのままだったが、その派手な髪型と、メイド服の地味さのギャップが、どこか滑稽に見えた。


「とりあえず! お前は皿洗いだ」


 ラルフの指示に、エリカは目を丸くした。


「お皿なんて洗ったことないわよ! わたしは貴族よ!」


「元貴族な! なに、簡単だ、この中に突っ込んで、こっちに置いておけばいい」


 ラルフが指差したのは、洗い桶の奥に設置された、見慣れない光景だった。エリカが顔を近づけて見上げると、そこには直径一メートルほどの透明な水球が、まるで生きているかのようにグルグルと回転して浮いている。その水球の中では、皿やジョッキが高速で洗浄されているのが見えた。


「これって……?」


 エリカが驚きに声を上げた。


「水魔法、ウォーターボールの応用だ。今、魔導食洗機も開発中なんだが、とりあえず今はこれでやっている」


 ラルフは、涼しい顔で答えた。エリカは、その高度な魔法が、こんな薄汚れた酒場の、たかが皿洗いのために使われていることに、心底呆れた。


「こんな高度な魔法を、皿洗いに……」


「うちは大魔道士さまが経営する酒場だぞ。使えるものはなんでも使う。水球は割と温度が高いので、油汚れもあっという間だ。威力が落ちてきたり、温度が下がってきたら言うように」


 ラルフは、淡々と指示を続けた。エリカは、まだ納得していないようだったが、その言葉に反論する術を持たなかった。大魔道士が経営する酒場。その言葉が、妙な説得力を持ってエリカの心に響いた。

 

 こうして、金髪ドリルツインテールの元悪役令嬢、エリカ・デューゼンバーグは、居酒屋領主館の皿洗い係として、新たな人生の第一歩を踏み出したのだった。


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