21.オークションとチンチクリン
「まさか、覚えてないのですか? 昨晩、グレン子爵と話してましたよね。ある奴隷の少女を競り落として欲しいと」
アンナの言葉に、ラルフは二日酔いの重い頭を抱え、呆然と魔導車の助手席に座っていた。
運転席で魔導車を軽快に操るアンナは、呆れつつもどこか楽しげな表情を浮かべている。
「えっ? あー、なんか。そんな話、したっけ?」
ラルフは、曖昧な返事をしながら、アンナの説明に耳を傾けた。
アンナによると、競り落とす予定の奴隷の少女は、なんとグレン子爵の遠縁にあたる娘だという。
そして、驚くべきことに、彼女は先日、王子に婚約破棄された上に、奴隷に身を落としたとのことだ。
「なんだその"ありがち"な展開は?」
ラルフは心の中で呟いたが、口には出さなかった。王城で開かれた晩餐会の夜に、今まで彼女が行ってきた悪事の数々が暴露されたのだという。
自分は知らぬうちに、流行りの「悪役令嬢もの」か「乙女ゲーム」の世界に転生してしまったのではなかろうか?
そんな疑問が頭をよぎったが、あまりそちらの系統の作品に聡くないラルフには、確信が持てなかった。
「まっ、とにかく。その悪役令嬢を競り落とせばいいと?」
ラルフは、魔導車を運転するアンナに訊ねた。
「あくやく? 旦那様、なんですかそれは?」
アンナが、不思議そうな顔で問い返した。
「あー、いや。なんでもない」
ラルフは曖昧に答える。前世の知識をこの世界で安易に口にするのは、やはり危険だと再認識した。
「けど、お高いんでしょう? 」
ラルフの言葉に、アンナは少し考え込む素振りを見せた。
「そうですね。元貴族の娘という血筋に加え、容姿も優れていると聞きます。奴隷といえども、引く手数多でしょうねぇ」
「しかしまあ、そんな世間知らずな貴族娘をウチで引き取って、果たして真っ当な労働力になるか……」
ラルフは、居酒屋での働き手をイメージして、思わず不安を口にした。
「旦那様がご心配なさる必要はありません。鉱山奴隷として買われたり、変態貴族の慰み者になるよりはよっぽど良い暮らしだとは思いますよ」
アンナの言葉に、ラルフはゾッとした。この世界の奴隷の現実は、彼が思っている以上に過酷なのだろう。
「まあ、そりゃあ、グレン子爵が不憫に思う気持ちはわからんでもないがね。でも本当に悪い子だったらどうすんの?」
ラルフは、ふと疑問に思った。本当に「悪役令嬢」だった場合、居酒屋領主館でトラブルを起こしたりしないだろうか。
「旦那様が教育なさればよろし。旦那様は、子供の扱いには長けているようですし」
アンナは、孤児院の子供たちを例に出し、ラルフに有無を言わせぬように言った。
「ま! こういうのって、実は冤罪で、実は健気な良い子だった! ってのがお約束なのさ」
ラルフは、得意げにそう言って、自分自身を納得させようとした。
「どこのお約束ですか」
アンナの冷たい突っ込みが、ラルフの言葉を完全に打ち砕いた。そうして、二人の間に、気まずい沈黙が流れた。
奴隷商のオークション会場は、薄暗く、独特の空気が漂っていた。鉄格子の向こうには、怯えた表情の奴隷たちが並べられている。ラルフは、その中に、目的の少女を見つけた。金色の髪をドリルツインテールにまとめ、見るからに高慢そうな雰囲気を纏っている。
競売が始まり、いくつかの奴隷が売買されていく。
そして、いよいよその少女の番が来た。オークショニアの声が響き渡り、会場のあちこちから声が上がる。しかし、ラルフが予想していたほど、競り上がらない。
そして、割とあっさりと競り落とせた。その額、金貨千枚。
「うっわ、金貨千枚もしたか……」
ラルフは、財布の軽さにため息をついた。だが、アンナが耳打ちをしてきた。
「本来はもっと競り上がるはずでした。おそらく、グレン子爵がなんらかの根回しをしていたようですね」
ラルフは、グレン子爵の裏工作に感心しつつも、自分の記憶の曖昧さに苦笑した。
そして、現在。ラルフの目の前には、競り落としたばかりの「悪役令嬢」がいる。
彼女は、ラルフの顔をじっと見つめ、高慢な笑みを浮かべた。
「あんた、公爵なんですってね? どうかしら、あたしと組んで謀反を起こさない?」
少女の言葉に、ラルフは思わずあんぐりと口を開けた。彼の予想は、大きく裏切られた。冤罪で健気な良い子、などというお約束は、どこにもなかった。
「大魔道士さまなんでしょう? 二人でこの国を乗っ取ってやりましょう」
その、悪役令嬢然とした提案に、ラルフの感想は一つだった。
「なんだこのチンチクリンは?」
12歳だと聞いていたが、それにしてはかなり幼く見える。そして、金髪のドリルツインテール。
いや、なんというか、その風貌といい、言動といい、まさに「悪役令嬢」の定番だなぁ、とラルフは思った。
しかし、同時に、彼は新たな「面倒事」の予感がした。この少女は、居酒屋領主館の、そしてこの領地の、新たな騒動の種となるのかもしれない。