表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/159

2.市場へGo!

「さーて、市場調査といきますか!」


 ラルフは、どこか楽しげな声を上げ、領主館の門をくぐった。彼の隣には、いつものようにメイド頭のアンナが控えている。護衛の騎士は数名連れているものの、彼らにとっては、気まぐれな若き領主の散歩といった感覚だろう。

 しかしラルフの頭の中は、これから誕生する「居酒屋領主館」のメニューでいっぱいだった。


 この異世界の食材で、どこまで前世の味を再現できるか。それが最大の関心事だった。


 賑わう市場の通りは、活気に満ちていた。様々な露店が軒を連ね、商人たちの威勢のいい声が飛び交う。見たことのない色や形の野菜、香辛料、そして珍しい肉や魚介類が所狭しと並べられている。

 ラルフは目を輝かせながら、それら一つ一つを品定めしていく。


 「おや?」


 ふと、細い路地の奥に、人影が複数いるのが見えた。普段なら気にも留めないだろうが、今日は気分が高揚している。何気なくそちらへ足を踏み入れた瞬間、背後から無骨な腕が伸びてきて、ラルフの体を路地へと引きずり込んだ。


「おいおい、いいカモが来たぜ」


「貴族様か? こりゃ大儲けだ」


 薄汚れた男たちが、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら、ラルフを取り囲む。

 典型的なゴロツキだ。アンナや護衛の騎士たちは、少し離れた場所を歩いていたため、この状況にすぐには気づかない。


「ちっ、面倒だな」


 ラルフは内心で舌打ちをした。せっかくの市場調査だというのに、いきなりの不愉快なイベントだ。男たちが懐を探ろうと手を伸ばしたその時、ラルフは無言で右手を男たちに向けた。


「──《火炎球ファイアーボール》」


 詠唱もなく放たれた炎の塊は、しかし、男たちを完全に焼き尽くすことはなかった。黒焦げになったのは、彼らが身につけていたボロ服の一部と、彼らが立てていた土埃だけだ。男たちは熱さに飛び上がり、情けない悲鳴を上げる。


「ひぃっ、化け物!」

「ま、ま、魔道士かよ!」


 ラルフは、焦げた臭いが立ち込める中で、冷静に懐から金色の紋章入りの短剣を取り出し、男たちの鼻先に突きつけた。


「よく聞け、クズども。俺はドーソン公爵家の跡継ぎ、ラルフ・ドーソンだ。以後お見知り置きを」


 炎の威力と、公爵家の名前に、男たちの顔から血の気が引く。震え上がる男たちを、ラルフは蔑んだ眼差しで見下ろした。


「いいか、お前らは今日、運がいい。俺は今、ご機嫌なんだ。だから、特別に命だけは助けてやる。その代わりだ……近いうちに、俺の領主館で新しい店をオープンする。その店がオープンしたら、全員で飲みに来い!」


 ラルフはそう言い放ち、男たちの凍りついた顔に笑みを浮かべた。飲みに来い、と脅されたゴロツキたちは、恐怖で顔を青ざめさせながら、ただ頷くことしかできなかった。


「あっ、もう終わってましたか」


 少し遅れて駆けつけたアンナが、黒焦げになった路地と、震え上がっているゴロツキたち、そして平然と立つラルフを見て、呆れ顔で呟いた。


「どちらが悪者なのか、わかりませんわ……」


 ラルフは「気のせい気のせい」とばかりに手をひらひらさせ、何事もなかったかのように市場の散策を再開した。アンナは深いため息をつきながら、その後を追う。


 様々な食材が目に飛び込んでくる。地球にはないが、似たような性質を持つ香草や野菜。形は違えど、馴染みのある調理法で美味しく食べられそうな肉や魚。


「おお、これは!」


 ラルフの目に留まったのは、魚をぶつ切りにしたものと、大根のような根菜、そして卵を煮込んだようなものだった。この世界ではスープとして売られているようだが、見れば見るほど、日本のおでんに似ている。出汁を工夫すれば、あの味が再現できるかもしれない。


 その隣では、鶏肉を揚げたようなものが売られていた。香ばしい匂いが食欲をそそる。形は少し違うが、これはまさにフライドチキンではないか。骨付き肉を使い、香辛料をブレンドして揚げれば、誰もが病みつきになる逸品ができるだろう。


 さらに奥へと進むと、米と肉を混ぜて焼いたようなものを見つけた。これは、前世で餃子と呼んでいたものに近い。中身の具材を工夫し、皮を薄く伸ばせば、あのジューシーな味わいが再現できるはずだ。


 そして、茹でた芋を潰し、野菜と混ぜたものも。これは、ポテトサラダだ。この世界にはマヨネーズが存在しないが、思えば原材料はシンプルに卵、酢、植物油だ。もし作れたら完璧な一品になるだろう。


 ラルフの頭の中では、次々とメニューが構築されていく。この世界の住人にも違和感なく受け入れられ、かつ彼らが体験したことのない「味の驚き」を与えられるような、そんな料理の数々が。


 ふと、市場の片隅に、他とは少し違う光景が目に飛び込んできた。薄汚れた粗末な敷物を広げ、その上に何かを置いて売っている二人の少女がいた。年端もいかない、十歳ほどの子供たちだ。彼女たちの前には、籠いっぱいの青豆が置かれている。


 ラルフの脳裏に、前世の記憶が鮮やかに蘇った。


 塩茹でにした熱々の枝豆を一つまみ、そしてキンキンに冷えたエールをグビッと飲み干す。その至福の瞬間を想像しただけで、ごくりと喉が鳴った。


「あれは、孤児院の子たちですね」


 アンナが、ラルフの視線を追って呟いた。

 少女たちは、見るからにやせ細っていた。一人は雑に切られたブラウンのショートヘアで、もう一人は、一見すると姉妹かと思ったが、よく見るとその子の頭には、ピンと立った可愛らしい猫耳が覗いていた。どうやら、人間と獣人の二人組らしい。


 ラルフは、まるで獲物を見つけたかのように、少女たちに向かってまっすぐ歩み寄った。


「ねぇ! 君たち、それ、大量に買い付けたいんだけど! どのくらい用意できる?」


 突如として現れた見慣れない貴族の男に、少女たちは驚いて固まった。特に猫耳の少女は、恐怖からか、猫耳をぴくりと震わせている。


「え、えっと、あの、孤児院の畑、そんなに大きくなくて……」


 ブラウンヘアの少女が、おどおどと答える。どうやら、自分たちで育てたものらしい。


「あー、そうなんだ。そっかそっか」


 ラルフは納得したように頷いた。


「あ! うちの領の直轄の孤児院だよね? あー。じゃあ、予算付けとくからさ、あと敷地も広くしようか? アンナ、余剰予算まだあるよね?」


 突然のラルフの言葉に、アンナが「はぁ……?」と呆れたような声を漏らす。予算の話も、敷地の話も、まるで寝耳に水だ。


「あ、なんなら、孤児院移転してもいいか? 野菜が育ちやすい土とか、色々考えなきゃだもんね。じゃあ、とりあえず。今あるそれ、全部買うからさ! 孤児院連れてってよ!」


 ラルフは、まるで新しい玩具を見つけた子供のように目を輝かせながら、矢継ぎ早に言葉を続けた。少女たちは、目の前の貴族が何を言っているのか理解できず、ただ茫然と立ち尽くすばかりだった。そして、アンナは、頭を抱えるしかないのであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
「よく聞け、クズども。俺はドーソン公爵家の跡継ぎ、ラルフ・ドーソンだ。以後お見知り置きを」 ってさ、クズどもって言ってる割りには最後丁寧すぎない? 「見知り置け」とか「(領主の顔を)覚えとけ」くらい…
コイツ等に取っちゃ貴族なんて男爵だろうが雲の上の存在だろうに、貴族は襲うのに相手が公爵なら改めてビビるの? 魔法にビビるのは分かるけどさ。
✕公爵家の後継ぎ 当代公爵←まだ、代替わりを納得できてないらしいww
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ