18.海賊たちの未来
「君の首は、まだ必要ない」
ラルフの言葉に、メリッサ・ストーンは警戒を解かずに彼を見つめた。彼女の運命は、そして部下たちの命は、この若き領主の手に握られている。
「君たちには、領主直轄の通商海運社を立ち上げてもらいたい」
ラルフは、にこやかに、しかし有無を言わせぬ口調で提案した。
「東大陸との交易路を開拓し、そこで米や珍しい野菜、そして香辛料を買い付けてきてほしい」
海賊たちは、ラルフの言葉にざわめいた。海賊から商人へ? その発想は、彼らにとってはあまりにも突飛だった。
「なぜ、我々のような者に……?」
メリッサ・ストーンが、訝しげに尋ねた。
「君たちは、海のプロフェッショナルだ。航海の知識も経験も、この領地の商人たちよりもはるかに優れている。そして、何よりも、どんな嵐にも怯まず、困難を乗り越える度胸がある。それこそが、僕が求める人材だ」
ラルフの言葉は、彼らの誇りをくすぐった。海賊として生きるしかなかった彼らにとって、その経験と技を認められることは、何よりも嬉しいことだった。
「それに、アウトローな生活も不安が多いだろう? 捕まれば縛り首、いつ何時身体を壊すかわからない。だが、僕の下で働けば、安定した生活が保障される。部下たちの生活も守れる」
ラルフは、メリッサ・ストーンの部下たちをちらりと見た。彼女は、彼らの生活を案じていることを知っていた。
「そして、もちろん、それ相応の報酬も支払う。君たちの船は、全て僕が修理し、必要な物資も提供しよう」
ラルフの提案は、海賊たちにとって、まさに渡りに船だった。再び荒れた海で命を張るよりも、安定した生活を選べるのなら。
「ふぅ、どうせ、私たちに選択の余地はないのだろう?……良いだろう。その話、乗った!」
メリッサ・ストーンは、ラルフの提案を受け入れた。こうして、ラルフは、小さながらも東大陸との通商ルートを確立する第一歩を踏み出したのである。
数ヶ月後。
領地の港に、東大陸から帰還した彼らの船が到着するという連絡が入った。
ラルフは、馴染の商人たちを率いて、その到着を心待ちにしていた。彼の横には、アンナと、いつしか製麺工場の責任者として、ラルフの右腕となりつつあるトムが立っている。
水平線の向こうに、見慣れない船影が見えた。
近づいてくるにつれて、その船が、かつての海賊船とはまるで違うことに気づく。帆には、領主ドーソン家の紋章が誇らしげに描かれ、船体は真新しい塗料で彩られている。
そして、船が岸壁に近づくと、船員たちが次々と姿を現した。
彼らは、かつてのみすぼらしい格好ではなかった。
全員が全員、ラルフの趣味全開な、前世の海賊映画に着想を得た、いかにも海賊といった"豪華絢爛な「コスプレ」"とも言える格好をしていた。
フリルや飾り立てられたボタン、派手な帽子、そしてきらびやかな装飾品。もちろん、これらは全て、ラルフが自腹で買い与えたものだ。
「あれは……海賊か?」
「いや、ドーソン公爵様の船だぞ!」
港町の人々は、その奇妙な光景にざわめいた。
そして、船の舷側に、一際目を引く人物が姿を現した。
燃えるような赤髪が潮風になびく。メリッサ・ストーンだ。
彼女もまた、黒いロングコートに身を包み、鋭い眼光はそのままに、どこか誇らしげな、それでいて少し恥ずかしそうな表情を浮かべていた。
ラルフは、そんなメリッサ・ストーンに手を振った。
「やあ、メリッサ! 無事の帰還、ご苦労だったな!」
メリッサ・ストーンは、ラルフの声を聞くと、ピクリと反応した。
「ああ、公爵。無事に帰ってきた。約束の品も、しっかりと持ち帰ったぞ」
彼女は、毅然とした態度で答えたが、その頬はわずかに赤らんでいるように見えた。
ゆっくりと、しかし毅然とした足取りで、女船長は船を降りる。そして、部下たちに向かって、キリリと命令を下した。
「久々の陸だな。お前ら、あまりハメを外すなよ!」
その声が港に響き渡ると、港にいる男たちや女たちまでもから、黄色い声援が上がった。
「キャー! 船長ー!」
「かっこいいー!」
「あの女船長、痺れるぜ!」
ラルフは、その光景を満足げに眺めていた。実は、彼は彼らに演技指導までしていたのだ。海賊といえばこうだろう! という自身の妄想でもって、海賊商船と乗組員たちをアイドル化していたのである。
「どうだ、メリッサ。君の船は、もう領地の皆の人気者だぞ」
ラルフが、ニヤニヤしながらメリッサに話しかけた。メリッサは、その言葉に顔をしかめた。
「ふん。馬鹿げている。なぜ、私がこんな格好で、こんな真似をしなければならないんだ」
「何を言ってるんだい。君は、『燃える赤髪の女船長』として、もうこの領地の有名人だ。君の肖像画が飛ぶように売れているし、王都では君を主人公にした演劇まで流行しているそうじゃないか」
ラルフが、アンナから聞いた情報を得意げに話すと、メリッサ・ストーンの顔は、燃えるような赤髪以上に真っ赤になった。
「なっ……馬鹿な! そんなことが……」
彼女は、その場で悶絶するかのように、顔を覆った。誇り高き元共和国海軍隊長が、まさか自分がそのように扱われているとは、想像もしていなかっただろう。
その瞳には、輝くような未来と、同時にラルフが作り出した「アイドル」としての自分の姿に、複雑な感情が入り混じっているようだった。
「さあ、まずは積荷の確認だ。今日の居酒屋は、東大陸の珍しい食材で大いに賑わうぞ!」
ラルフは、満足げに微笑んだ。こうして、東大陸からの安定した食料供給も始まり、ラルフの領地経営はさらに盤石になっていく。
そして、メリッサ・ストーンと彼女の部下たちは、新たな「海賊公社」として、この領地の歴史にその名を刻んでいくことになるだろう。




