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居酒屋領主館【書籍化&コミカライズ進行中!!】  作者: ヤマザキゴウ


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173/294

173.LOVE

「戻っていいぞぉ!」


 ラルフの伸びやかな声が響くと同時に、レッドフォードの足元に巨大な魔法陣が眩い光を放ちながら現れた。激しい戦いを終えたばかりのレッドフォードは、「くハァ!」と大きなあくびを一つ。その目は、とろんとしていて、ひどく眠そうだ。  

 ラルフは、自らの命を救ってくれた頼り甲斐のある巨大なペットを労わるように、心の中で語りかけた。《テイマーキャプセル》の中でゆっくり休むがいい、と。


 レッドフォードの巨体は、魔法陣の光の中に吸い込まれるように、見る見るうちに消えていった。まるで最初から何もなかったかのように。


 そして、その場に残されていた機械式三つ首竜の残骸もまた、ダンジョンの意思に溶け込むかのように、ゆっくりと地面に吸収され、跡形もなく消え失せる。

 後に残されたのは、見慣れた、しかしどこか神聖さを帯びた転移の陣だけだった。光り輝く複雑なルーンが、床に幾何学的な模様を描き出している。ラルフは、その古代文字を読み解くかのように視線を走らせ、小さく呟いた。


「これは、……ダンジョンの最深層への一方通行みたいだね……。つまり、最終ステージだ」


 その言葉は、まるで重力のように、そこにいる全員の心を縛り付けた。前人未踏。その栄誉は、燦然と輝く宝石のように目の前に存在している。だが、同時に、彼らの胸中には、どう表現してよいか分からない複雑な感情が渦巻いていた。

 あまりにも常識外れの、いや、桁外れの光景を、彼らはこのダンジョンで何度も目にしてきたのだ。

 この偉業が、もし大魔導士ラルフ・ドーソンがいなければ、決して成し得ないことであったと、誰もが理解していた。だからこそ、軽々しく喜びの声を上げるのは違うと、全員が共通の認識を持っていた。

 それでも。足手まといだと自覚していたとしても、この最後の一歩だけは、ここにいる全員で、共に踏み抜き、この旅を終わらせたい。それが、そこにいる仲間たちの総意だった。


「ほんじゃ! 行きますか!」


 ラルフは、まるで近所へ散歩に出かけるような、気負いのない気軽さで、先陣を切った。その背中には、彼特有の軽妙さが漂っている。皆、それに続く。そして、眩いばかりの光が彼ら全てを飲み込んだ。


 次に彼らが足を踏み入れたのは、またも薄暗い空間だった。

 しかし、見渡してみれば、そこは明らかに屋内だ。磨き抜かれた木の床は、何故か、所々に規則的とも不規則とも見える線が描かれている。頭上を見上げれば、高い天井付近には幾何学的に鉄材が組み上げられ、魔導灯らしきものがいくつもぶら下がり、無機質な光を放っていた。格子に覆われた窓の上には、何のためか、白と黒色に塗られた板が貼り付けられ、その下には、輪っかと網が打ち付けられている。


「なんなのでしょう? ここは……、神殿?」


 女騎士ミラ・カーライルが、困惑したように呟いた。その声には、違和感と戸惑いが入り混じっている。


「いや……」


 ラルフは短く、しかし明確な否定の言葉を発した。この場所が何なのか、彼だけが瞬時に理解していた。ラルフは、壁際に転がっていたバスケットボールを拾い上げると、ダンダンと、乾いたドリブルの音が薄暗い空間に響き渡る。その音は、彼だけが知る世界の記憶を呼び覚ますようだった。そして、ゴールに向けてスリーポイントシュートを放つ。ボールは美しい放物線を描き、吸い込まれるようにゴールリングを通過した。


 また床に落ちるボールの音。何度か弾んで、やがて静止した。


 そう。ここは、学校の体育館だ。ラルフにとって、それは懐かしさを感じなくもない場所だった。しかし、ここはダンジョンの深層部。ならば、ここで待ち構えている者は、一体何者なのか……。

 すると、唐突に「バンっ!」という乾いた音と共に、ステージ上にスポットライトが灯された。予想外の出来事に、ラルフ以外の全員が思わず武器を構える。警戒と緊張が、その場の空気を切り裂いた。

 すると、そこに立っていたのは、黒服の、切り揃えられた黒髪の少女だった。その姿は、この異世界において、あまりにも異質だ。


「あ、あの子は……、いったい……」


 ヒューズが、困惑を隠せないまま呟く。


「あ、あれは、喪服?」


 メリッサ・ストーンが、その服装に疑問を呈した。その解釈は、この世界では自然なものだろう。


 いや。ラルフにだけは、彼女の服装が何を意味するのか、すぐにわかった。あれは、黒色のセーラー服だ。やはり、彼女は……。


「ラルフ・ドーソン、あれは、何者なのだ?」


 マティヤス・カーライル騎士爵が、小声で尋ねる。彼の声には、警戒と同時に、目の前の存在に対する得体の知れない感情が混じっていた。


「ダンジョンの最奥にいる者、つまり、ダンジョン・マスターだな。……そうだろ? そこの君!」


 ラルフは、驚愕の事実を告げると同時に、その少女に真っ直ぐに呼びかけた。彼の声には、確信が宿っていた。


「ダンジョン・マスター?! 嘘だろ?! まさか、そんな……」


 ヒューズの顔から、一瞬にして血の気が引く。驚愕に冷や汗が噴き出した。ダンジョン・マスターとの邂逅など、それはお伽噺か英雄譚の中にしか存在しない、伝説上の出来事のはずだった。

 すると、ステージ上の少女がゆっくりと口を開いた。


「お前達、生きては帰さない……」


 凛とした冷たい声は、まるで美しい鈴の音のようでありながら、その言葉には確かな殺意と、有無を言わせぬ絶望が込められていた。一見すると、ただの人間の少女。だが、その背後に隠された得体の知れなさに、誰もが油断を解こうとはしない。

 しかし、ラルフだけは違った。彼は一歩、少女に向かって踏み出す。


「ちょっと、話し合おう!」


 唐突な提案に、皆が息を呑んだ。だが、少女は表情一つ変えない。


「問答無用……」


 その言葉を合図に、彼女の背後から、数々の飛翔体が現れた。それは、ラルフ達の周囲を、音もなく高速で飛び回り始める。金属が空気を切り裂く微かな音が、緊張を煽る。


「な、なんだ?!」

「うわっ、うわぁぁ!」


 あまりにも多い数。ラルフは、それを目で追った。白い、機械……。ドローン? ……いや。それは、"ビット兵器"だ。その数は、恐ろしいほどの速さで増殖していく。

 そして、それはステージの上にいる少女へと集結し、その背後で合体を繰り返していく。やがて、それは巨大で純白の翼のような形を造り上げた。あたりに強烈な風が吹き荒れる。少女の頭上には、金色に輝く円環の機械が、まるで後光のように浮かび上がっていた。


 そして、少女――ダンジョン・マスターの身体は、静かに地面から浮き上がっていく。その姿を見たフィセは、息を呑んだ。


「て、……天使だ……」


 目を見開き、震える声で呟く。しかし、それを聞いたヒューズは、顔を歪めて吐き捨てた。


「お前にはそう見えるのか? 俺には、地獄から来た、死神にしか見えねぇぜ……」


 その言葉には、極限まで高まった緊張と、目の前の異常な光景に対する恐怖が凝縮されていた。


「お前らは、神聖な私の住処に土足で踏み入り、私の最高傑作を壊しやがった! このクソ冒険者が?! なんで放っておいてくれないんだ?! 私は、スローライフを望んでるだけなのに……。なのに?! ……くそっ! 死ね! 死んで詫びろ!」


 初めて、ダンジョン・マスターの少女は感情を露わにした。黒髪のショートボブを振り乱し、色白な顔を憎悪に歪ませて、調査隊の面々を激しく罵る。その激情は、彼女がただのプログラムではないことを示唆していた。

 いよいよ……。これで終わりなのか……。調査隊全員の目に、ある種の覚悟の色が浮かんだ。しかし、その時、唐突にラルフは……。


「それは……、ファンネルか? それともドラグーンか?」


 と、誰にも伝わらない質問を、その少女に投げかけた。


「はっ?」


 ヒューズの困惑が、虚しく響いた。

 場違いなその問いかけは、あまりにも唐突で、誰もが理解できなかった。しかし、ダンジョン・マスターの少女だけは、なぜかポカーンとした表情を浮かべ、動きを止めている。彼女の瞳には、疑問の色が浮かんでいた。


「えっ……、えっ?! えっ、……まさか、あなた……えっ? もしかして」


 やはりな……。ラルフは確信した。このダンジョンに出現する、不可解なSFっぽい機械式ゴーレムたち。そして、雨の階層で、魔導回線に侵入した際に聞いた、あの少女の声。間違いなく、彼女の声だった。だから、ラルフは、もう一つ質問をする。


「東京駅から、海浜幕張駅に向かうには何線?!!」


 その瞬間、全員が、あまりにも理解不能過ぎて、無表情になってしまった。その場にいる全員の思考が停止したかのようだ。

 しかし、ダンジョンマスターの少女は、顔を紅潮させ、わなわなと震えだした。そして、絞り出すような声で答えた。


「けっ、……京葉線……」


「夏コミは何日目派だ?!!」


 ラルフは、なぜか目を血走らせ、唾を飛ばしながら、激情ともいえる迫力で質問を畳み掛ける。その形相は、まるで鬼気迫るものだった。


「……二日目……」


 少女は、目を閉じ、涙を流しながら、歯を食いしばって俯いた。その小さな肩は、微かに震えている。


「わかってる……。わかったよ。そうだと思ったんだ⋯⋯。僕には、わかるんだよ」


 と、一転して、ラルフは優しく語りかけた。その声には、深い理解と共感が込められている。少女は、その言葉に肩の力を抜いた。そして、


「で、でも、でも……、わ、私、私……、み、みっ、みっ、三日目も……」


「それ以上言うなぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」


 なぜか、懺悔のように何かを告白しようとして言い淀む少女に、ラルフはその何かを悟ったかのように、激しい口調でその告白を途切れさせた。その声には、悲痛な叫びにも似た響きがあった。


 もう、二人以外、誰もついていけない謎のドラマを見せられている他のメンバーは、貧乏揺すりをしたり、耳を掻いたりして、なんだか、イライラしている。彼らの表情には、呆れと困惑が入り混じっていた。

 わけがわからない、その一言に尽きる。


「あなたも、……そうなのね? そうなのね?! これは、もう、ワクテカ、ワロスワロス……」


 その言葉に、ラルフは、心の中で、

(なんか、古いなぁ……)と思った。

 だが、口には出さない。そして、さらに追い打ちをかける。


「その後、お台場に移動しちゃうよな……」


「ぐっうぅぅう……。そう、もう手持ちの荷物が多すぎて、限定プラモが買えないの……」


「宅配便で送ればいいじゃないか?」


「……一度、試した……。でも、コンビニのレジで、店員さんが迷惑そうにメジャーでサイズ測って、伝票処理して……。さらには、背後からは長蛇の列を成す客からの、あの殺気だった視線……。あああぁ! 思い出しただけで……、あの、黒歴史がぁぁぁぁ!! 私みたいな人間は! なるべく人様に迷惑をかけないように生きたいと思ってるの! 思ってるのに?! 努力はしてるつもりなのにっ!! なのにぃぃぃぃぃ! うがぁぁぁぁぁぁ!」


 少女は、身悶えるようにその記憶を吐き出した。その言葉には、深い心の傷が刻まれているかのようだ。


「大丈夫!! 大丈夫だ!! 皆、そうやって、学んでいったんだ……。生きづらかったなぁ、辛かったなぁ。わかるよ……。僕にはわかる……。多分、同じ世界で生きてきたよな……。ネット上でさ、せっかく、やっと共通の話ができる仲間を得たと思ったら……、いざオフ会で、……いったいどこで放映されているのかさっぱりわからないアニメの話とかされると……。"ああ、ここにも、自分の居場所はないのか……"って、ハブられ感が、凄いよなぁ……」


 ラルフは、まるで魂の奥底から絞り出すように、謎のカタルシスを語った。その言葉は、痛みを共有する者だけが理解できる、深い共感に満ちていた。

 そして、少女は、その言葉に感銘を受けたかのように、身を乗り出す。


「私は、新しいのとか、よくわかんないのに ……アイツらなんなんだよ?!!

 "えー、ロボット好きなら、この作品絶対観た方が良いっすよぉ"とかオススメされてもさぁ! なかなか観る気起きないじゃん!! 別に古くてもさぁ、好きなモノを好きでい続けてもいいじゃん?!! 何がダメなんだよ?!」


「ダメなんてことはない!! 少なくとも、僕にはわかる!!! このダンジョンには、"愛"があったよ……。もし、それを否定する奴がいたとしたら、この僕……、この世界の、大魔導士ラルフ・ドーソンの名において決して許さない……!!!!!」


 ラルフの言葉は、まるで世界の理を説くかのように響いた。その声には、揺るぎない信念と、ほとばしる情熱が込められていた。


「……ラルフ・ドーソン……。それが、あなたの名前なのね? ……この世界で……、あなた、チートキャラなのね……」


 少女は、ついに跪き、感涙に咽ぶだけだ。その姿は、まるで長年の孤独から解放されたかのような、純粋な喜びと安堵に満ちていた。

 謎のカウンセリングは、まだ続いていた。


 しかし、取り残されている調査隊のメンバーは、その光景をただ見つめていた。


 (これ、いつまで続くんだ?)


 彼らの心には、もう呆れを通り越して、ただただ無の境地が広がっていた。


 わけがわからなすぎる……。


 その一言に尽きる。

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― 新着の感想 ―
 夏コミの会場周辺は修羅場と化すからなぁ。
手持ちが重くなったのなら会場の黒猫さんにちゃんと頼むんだよぉ!
ちょうど今、コミケ帰りの電車で読んでいます
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