17.海賊退治
居酒屋領主館、そしてギルド食堂の成功により、領地には活気が満ち溢れていた。しかし、ラルフの頭には、新たな課題が浮かんでいた。
それは、食料の安定供給だ。
いくら美味い料理を提供しても、材料がなければ意味がない。
特に、米や一部の香辛料は、今のところ流通が不安定だった。
そんなある日のこと。領主館に、一人の商人が陳情に訪れた。
彼は、いくつかの商船を所有しており、領地内の港を拠点に交易を行っている者だった。
「ドーソン公爵様! 実は、困ったことになりまして……近くの海域に、どうやら海賊が住み着いたようでございます!」
商人の言葉に、ラルフは眉をひそめた。海賊。領地の治安を乱す存在だ。通常であれば、領兵を派遣して排除する。しかし、ラルフはまたもや、あるアイデアを閃いた。
「よし、承知した。すぐに対処しよう」
ラルフはそう答えると、商人を帰らせ、アンナに指示を出した。
そして、その夜。ラルフは単身、海賊の隠れ家があるという入り江へと向かった。月明かりの下、数隻の海賊船が停泊しているのが見える。
ラルフは、静かに魔法の詠唱を始める。
「──《火炎嵐》!」
夜空に轟音と共に炎の嵐が巻き起こり、海賊船を丸焦げにした。
しかし、船そのものを完全に破壊するのではなく、航行不能にする程度に留めた。そして、燃え盛る船から逃げ惑う海賊たちを、ラルフは悠然と見下ろした。海賊たちは、彼の姿を見るなり、恐怖で顔を歪ませた。
「軍の襲撃だ!」
「いや! 今のは魔法だ!」
「まさか、殲滅の魔道士……嘘だ、終わりだ……」
「"プロドスの丘の悲劇"……まさか、王国の英雄が、こんな場所に……」
海賊たちの間から、震える声が漏れる。
彼らは、ラルフが三年前に王国と共和国の戦争で、失われた古代の極大魔法を使い、地獄絵図を作り出したとされる伝説の魔道士であると知っていたのだ。
ラルフは、彼らの怯えを冷めた目で見つめた。
「よーし! お前ら、無駄な足掻きはよせよ。私は忙しいんだ。スマートにいこうぜ。まずは、ここのボスと話がしたい。どいつだ?」
ラルフの声に、海賊たちの間に動揺が走る。やがて、その中から一人の女性が進み出た。燃えるような赤髪を長く伸ばし、長身で引き締まった体躯。その顔には、無数の戦いを物語るかのような鋭い傷が刻まれている。彼女こそが、この海賊たちの長だった。
「私だ。メリッサ・ストーン。元共和国海軍第二方面隊隊長だ」
彼女の言葉に、ラルフはわずかに目を見張った。元共和国軍の将校が、海賊に身をやつしていたとは。
「ほう? 誇り高き、軍人さんが、海賊に身を落としたか」
ラルフの言葉には、嘲りとも、憐憫とも取れる響きがあった。メリッサ・ストーンは、顔色一つ変えずに答えた。
「何も言い返す言葉がない。我々は、捨てられたのだ。死地に部下を連れて行くことができなかった。ただの臆病者だ」
その言葉は、自嘲と、深い絶望を含んでいた。しかし、それを聞いた彼女の部下たちが、一斉に声を上げた。
「た、隊長を悪く言うな!」
「そーだ! 俺たちを守ってくれたのは隊長なんだ!」
「国にも帰れない、どこにも行けない俺らをどんだけ守ってくれたか!」
部下たちの熱い言葉に、メリッサ・ストーンはわずかに顔を伏せた。
「慕われてるんだな?」
ラルフが、その光景を眺めながら言った。
「ありがたいことにな。だからどうだろう? ここは、私の首ひとつで、部下たちの命は、どうか」
メリッサ・ストーンは、顔を上げ、覚悟の表情でラルフを見据えた。彼女の瞳には、一切の迷いが見られない。部下たちを守るためならば、自らの命を差し出すことも厭わない、強い意志が宿っていた。
「隊長!」
海賊たちの間で、悲痛な声が上がった。彼らは、自らの命と引き換えに身を差し出そうとする女船長の姿に、絶望と忠誠を滲ませていた。
ラルフは、そのメリッサ・ストーンという女船長の言葉と態度に、ふっと笑みを浮かべた。彼の頭の中には、新たなアイデアが閃いていた。この海のプロたちを、有効活用する方法が。
「面白い! 実に面白い! 君の首は、まだ必要ない」
ラルフの言葉に、メリッサ・ストーンはわずかに目を細めた。彼女の運命は、そして海賊たちの運命は、今、この若き領主の手に握られている。




