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居酒屋領主館【書籍化&コミカライズ進行中!!】  作者: ヤマザキゴウ


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158/295

158.隠された未知

 四人はしばらく岩島を散策してみたものの、特に見るべきものは多くなかった。眼前に広がるのは、ひたすらに岩と、どこまでも続く青い海、そして気ままに飛び交う海鳥の群れだけだ。

 しかし、その広大さだけは嫌というほど理解できた。常に強い海風に吹きさらされるこの場所を再開発し、人が住めるようにするなど、途方もない労力が必要であり、不可能に近いだろうということが、否応なく彼らの胸に落ちてくる。


 だが、大魔道士ラルフ・ドーソンだけは、この場所に漂うかすかな違和感を拭い去れずにいた。それは、肌に吸い付くような湿った海風の中に、あるいは岩肌に打ち寄せる波の音の間に、異質な何かを感じさせる、微細な歪みのようなものだった。


「なあ、ヴィヴィアン。なんか、おかしいというか、……変な感じ、しないか?」


 ラルフが問いかけると、隣を歩いていたヴィヴィアンが、わずかに眉を寄せた。彼女の無表情な顔にも、僅かながら戸惑いの色が浮かぶ。


「む? 怖い話か?」


 ティボーが、まるで子供のように目を輝かせて尋ねてくる。彼の口調は軽やかだが、その目はすでに好奇心で満ちていた。


「いや、魔力が吹き溜まっているというか、空気中の魔素の対流が、不自然な気がする」


 ラルフの言葉は、まるで精密な天秤の針が示す、微細な狂いを指摘するかのようだった。魔導士としての天賦の才が、この地の「異常」を告げていた。


「それは、なんなのです?」


「どうしたというのだ?」


 国王とティボーも、興味を隠せないといった様子で、ラルフの言葉に食いついてきた。彼らは、目の前のただの岩島に、何か隠された秘密があるのではないかと、胸を躍らせているようだった。


「いや、……わからない。まあ、たまにそういう場所が、あるにはあるんだけど……」


 ラルフは言葉を濁した。彼の知識と経験をもってしても、この違和感の正体を特定することはできなかった。それが、かえって不気味さを増す。いや、とある可能性がないでわけではない。しかし、それは……、


「この岩島に、何かあるということか? 魔力溜まり……。ドレッドノートに匹敵する、神話級の魔獣が封印されているとか?」


 ヴィヴィアンが、その突拍子もない、壮大な妄想を披露した。その言葉は、普段の彼女からは想像もつかないほど荒唐無稽で、ラルフは思わず苦笑する。


「ラルフ、昔行った測量の記録には、何か書かれていなかったのか?」


 国王が、真剣な面持ちで尋ねてきた。その瞳には、一国の王としての責任感と、未知への探究心が同時に宿っていた。


「いやー。あくまでも数値だけの記録でしたしねぇ。それに、その測量に訪れた人たちの中に、魔導士がいたとは思えないし……」


 ラルフは首を横に振った。彼の父の時代に行われた測量では、この岩島に特別な記載はなかったはずだ。この不穏な感覚を拭えないまま、漠然とした議論を続けても不毛なだけだろう。そう判断したラルフは、ひとまずその場を離れ、一行は磯で釣りをしてみることにした。気分転換が必要だった。


 すると、一投目。国王の竿が、すぐに大きくしなった。


「うぉぉぉぉぉ!」


 かなりの大物が掛かったらしく、国王の体が海に引きずり込まれそうなほどだ。その力強さに、誰もが目を見張る。


「えっ、は? ヴラドさん?!」


「いや、大物なんて生易しいものではなさそうだ」


 と、ラルフは直感した。それは、もはや「大物」という範疇を超えた、巨大な何かの予感だった。その場にいる全員で国王の身体を支え、あるいは一緒に竿を握った。渾身の力を込めて竿を引き上げると、海面が大きく波打ち、水しぶきが舞い上がる。


 どうにかこうにか、激戦とも言える格闘の果てに釣り上げられた魚体。それは、全長二メートル近くにも及ぶ、ロウニンアジに似た巨大な魚だった。銀色の鱗が太陽の光を反射し、力強い尾びれが空気を叩く。


「獲ったどぉぉぉぉぉ!」


 国王が、西の空に向かって両手を高く上げ、まるで戦勝を告げるかのような勝鬨の咆哮を上げた。その声は、岩島にこだまし、海鳥たちを驚かせた。今夜のヴラドおじさんは、うるさそうだなぁ、とラルフは覚悟を決めた。居酒屋領主館に集まる常連たちに、この釣果と自慢の釣り腕を語り尽くす国王の姿が、容易に想像できた。


「というか、こんなに釣り人にとっての秘境みたいな場所だったら、釣り目的の客を乗せる渡し船を運航させて、フィッシング・スポットとして売り出すのはアリかもしれませんぜ! ヴラドおじ!」


 ラルフは閃いた。彼の頭の中では、すでに新たなビジネスモデルが構築され始めていた。


「それだ! やはりお前は天才だ!」


 興奮冷めやらぬ国王は、まるで知能指数が下がったかのような発言で、ラルフの提案を称賛する。その無邪気な様子に、ラルフは再び苦笑した。

 海面を見ながら、ラルフは試しに魔法で水中を探査してみることにした。彼の右手が水面に翳されると、静かに魔力が放たれる。


「《反響探査術エコー・サーヴェイ》」


 魔力が水中に広がり、音波となって戻ってくる。彼の意識の中には、海中に漂う無数の巨大な魚影が浮かび上がった。その数と大きさに、ラルフは目を見張る。


「どうだ?!」


 国王の食いつきが凄まじい。その目は、獲物を見つけた猛禽のように鋭くなっていた。


「うわぁ、こりゃあスゲェ。本当に凄い魚影……、こりゃあ、釣り人の聖地だわ……。うん? ……ううん??」


 ラルフは、水中探査の結果に驚愕しつつも、視界の片隅に、先ほど感じた違和感の正体と繋がる、奇妙な影を見つけた。その瞬間、ラルフの脳内では、一つの仮説と推理が瞬時に構築された。もしそれが正しければ、かなり面倒なことになるだろう。しかし、どうにも気になってしまう。彼の探究心が、ざわめき始めていた。


「ヴィヴィアン。魔力溜まりの謎、わかったかも……」


 そう言って、ラルフは歩き出した。彼の足取りは、先ほどまでの気だるげなそれとは打って変わり、確信に満ちていた。岩島の中腹まで取って返し、そこからなだらかな盆地へと降りて行く。海鳥たちが気ままに羽を休める、一見すると何の変哲もないその場所に、ラルフは立ち止まった。


「どうしたのだ? 何か分かったのか?」


 国王は、まるで子供のようにワクワクした表情で問いかける。彼の好奇心は、もはや抑えきれないほどに膨れ上がっていた。


「まさか、封印された巨大魔獣を解き放つのか?」


 ティボーが、ヴィヴィアンの突拍子もない仮説を信じたわけではないだろうが、どうにも彼は子供っぽいというか、いい歳をして無邪気な性格をしている。彼の言葉には、どこか期待の色が滲んでいた。


「ヴィヴィアン、学園の頃の、空間魔法の授業って覚えてるか?」


 ラルフの問いに、ヴィヴィアンはわずかに顔をしかめた。


「うっ……、空間魔法は、ちょっと……苦手というか」


 彼女は言い淀む。まあ、彼女はテイマーなので、仕方のないことかもしれない。空間魔法は、魔力の精密な制御と高度な理論を要する、魔導士の中でも特に難易度の高い分野だ。

 そして、何もないその岩場に、ラルフは右手を翳し、静かに魔法を唱え始めた。彼の指先から、眩いばかりの魔力の光が放たれる。


「《知覚強制解除パーセプション・ディスラプト》」


 魔法の光が眩く輝き、目の前の景色がまるで掻き回された水面のように歪む。その光景に、三人は目を見開いた。驚きと、信じられないという感情が、彼らの顔に刻まれる。

 目の前の景色が、一変した。

 

 ラルフの足元には、膝丈ほどの大きさの、禍々しく鈍い光を放つ魔石が姿を現した。それは、まるで愚か者を嘲笑うかのような、憎らしいデフォルメされた顔が彫刻されている。その不気味な存在感は、見る者の心をざわつかせる。

 そして、その魔石の後ろ。巨大な穴。いや、穴というより、見て明らかに人工的な入り口。極めて直線的に長方形に空いたその穴には、地下へと続く石段が、暗闇の中へと伸びていた。


「おおおおっ! やはり面白いことがあったではないか?! なぁ? 儂の勘が当たったであろう? な?!」


 国王とティボーは、興奮のあまり互いにハイタッチを交わしている。だが、それはあまりにも呑気な事態だった。


「認識阻害の魔法か? しかし、一体誰が? お父上の代の時には見つかっていなかったのだろう? だとすると、何十年……、いや、何百年前……」


 ヴィヴィアンが、深い思慮に潜り込む。彼女の瞳には、魔導士としての探究心が揺らめいていた。この魔石が発する認識阻害の魔力は、並大抵の魔導士では打ち破れないほどのものだ。


 ああ、そうだ。その通りだ。と、ラルフは思う。これは、目の前にあるこの魔石は、まさにアーティファクト。ラルフほどの大魔道士でなければ、この認識阻害の魔力を打ち破ることはできなかっただろう。しかし……、なんて、なんて面倒なことをしてくれたんだ?! ラルフは下唇を噛んだ。彼の心の中には、新たな問題の予感と、それに対する絶望が渦巻いていた。


「で? ドーソン公爵よ! これはいったい、なんなのだ?」


 ティボーはまだ事態を完全に把握していないようで、瞳を輝かせながら問いかけてくる。


「魔力溜まり、不自然な魔素の流れ。なるほど……、この可能性は見落としていた」


 さすがに魔導士であるヴィヴィアンは、合点がいったといった様子で、静かに頷いた。彼女の表情には、理解したことへの満足感と、この新たな発見への興奮が入り混じっている。


「ラルフ! まさかっ、まさかだが、これは?!」


 国王様は大興奮で、ラルフに詰め寄る。その顔には、子供のような純粋な喜びが溢れていた。

 ラルフは、心の中で(こんな面倒くさいことはない! いっそ、この場で三人の記憶を魔法で消してやろうか?)とも考えた。いや、さすがにそれはやり過ぎだろう……。

 彼は肩を落とし、諦めの表情で、今、目の前にある揺るぎない真実を口にすることにした。

 そして、彼は重い口を開いた。


「ああ…………、これは、ダンジョンだ……、未発見の……」


 その言葉が、夏の海風に乗って岩島に響き渡る。


「うおぉぉぉぉぉ!」


「よっしゃぁぁぁぁぁ!」


「す、凄いことでは?! 新しいダンジョンが発見される場に、私は立ち会ってしまったのか?!」


 三人は、大興奮で飛び上がっている。彼らの喜びは、この世界に新たな未知がもたらされたことへの、純粋な歓喜だった。

 しかし、ラルフは三人に見られないように、そっと顔を伏せ、せめざめと涙を流している。


(絶対これメンドーなやつ! これ絶対メンドー事に巻き込まれるやつ!!)


 そりゃあそうだろう。でなければ、物語は進まないのだから(by作者)。


 ラルフは、涙を拭い、意を決して振り返る。そして、革新的でいて抜本的な、普遍的でいて最適な、象徴的にして根源的な、未来的でありながら懐古的な、そんな提案を言い放った。


「みんな! ……何も見なかったことに……しないか?」


 その言葉に、三人は恐ろしいほどの無表情になる。彼らの顔から、一切の感情が消え去った。

 風の音、海鳥の声、波の音。

 海には、ラルフの虚無的な感情が、波紋となって広がり、やがて虚空へと消えていった。

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(絶対これメンドーなやつ! これ絶対メンドー事に巻き込まれるやつ!!)  そりゃあそうだろう。でなければ、物語は進まないのだから(by作者)。 ここ数日で1番声上げて吹き出したwww
作者が一番鬼畜っていうのは、全ての物語あるあるですねw 後、なんでダンジョンをワザワザ隠していたのかは気にならないのかな?
隠蔽されてたんやから誰かが見つけて隠した訳やし・・・ 再発見とちゃう?この場合
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