130.領主さまの楽しい食材調達方法、その②
ラルフは雲の中にいた。
それは、光が届かぬ闇夜のようだ。
しかし。彼の周辺には激しく明滅する光。
吹き付ける強風。雨霰のように迸る雷撃の柱。それを華麗にスラロームして回避し進む、ワイバーンのレッドフォード。
その背に乗るのは、ラルフ・ドーソンだ。
「レッドフォード! あの尻尾に気をつけろ! 絶対になんかあるぞ!」
「ギャーーーーー!」とレッドフォードが雄叫びで返事をした。
彼らが今追っている、巨大な影。
紛れもない。本物の竜族。
個体名"ドレッドノート"。
ラルフが目を凝らすと、ドレッドノートの長い尾の先が、青白く光る。ラルフの前世の記憶で似た光を観たことがある。あの、怪獣映画の……、チェレンコフ光と呼ばれる光。
「避けろ! レッドフォード!」
即座に翼を畳み、左にロールしながら落下。その直後、矢のような光線が通り過ぎた。間一髪回避。
ラルフとレッドフォードは、テイムの魔法により魂の部分で魔導リンクが繋がっている。さらに"思考力加速によるバフ効果で、まさに人竜一体となっていた。
翼を開き、再び追いかけっこがはじまる。
ドレッドノートは、チラリと背後を見た。
ドレッドノートは、蒼角牙竜と呼ばれる種族で、ラルフがかの固有名称認定個体に狙いを定めたのには訳がある。
かつてこの地上に存在していた、魔導国家の最後の軍事技術者たちが、この竜族を狩っていたという文献を目にしたことがあったからだ。そこにはこう記されていた。
――ソノ身ハ、高級ナ鶏肉二似テ、極メテ美味。
と、
なら高級な鶏肉を食えよ?! とも思うが、何せこのサイズだ。一体、何人、いや何百人の腹を満たすことができるか。
ドレッドノートは急旋回し、その巨大な口をラルフとレッドフォードに向けた。急激な魔力収束を口腔内に起こし、まるで太陽のような眩い光になる。つまり、それは、竜族特有の攻撃魔法――ブレス。
「やっぱりそう来なすったか! レッドフォード見せてやれ! お前の実力を!」
ラルフは、レッドフォードの背中に魔法を叩き込んだ。
「《魔力超魔歪爆》」
ラルフのバフ効果魔法による援護で、レッドフォードは通常の五百倍の威力のブレスを放つ。
ドレッドノートの青い熱線と、レッドフォードの真っ赤な熱線が正面からぶつかり合う。
刹那、音速を超えた爆風が吹き荒れた。
黒い雲を吹き飛ばし、両者は晴れ渡る青空へと放り出された。
ドレッドノートはすぐに体勢を立て直し、大空に羽ばたく、青く輝く巨体を晒す。
ラルフは爆風に晒されながら錐揉み降下するレッドフォードにしがみつきながらも、それを見上げた。
カッコいいなぁ。と思わず思った。
青く輝く本物の竜族。すると、レッドフォードが、ぐるる?! と唸った。
「おっと! レッドフォード、嫉妬は無しだぜ。お前の方がカッコいいぜ! 俺は赤が好きなんだよ」
その言葉に、レッドフォードはふん! と息を吐き、再び自慢の翼を開き舞い上がる。
再びの追いかけっこの再開だ。
実は、この奇妙な追いかけっこを、ドレッドノート自身も楽しんでいた。
(最初は無謀なだけの小さき者だと思っていたが、久しぶりだな。このヒリつく感覚は。おおよそ、二千年ぶりくらいか?)
と嬉しくなっていた。
十万年以上生き、圧倒的な大空の強者となり、彼は退屈していた。
この終わることのない茫漠とした命を、再び、本気で獲りに来た者たちがいる。
楽しい! 楽しい! 楽しい! 楽しい!
殺したい。殺されたい!
この命と命の奪い合いこそ、この虚しい存在に唯一にして無二の存在証明をくれる!
さあ、もっと殺し合おうぞ! 小さき者よ!!!
竜族は、そもそも生来にして凶暴で好戦的な魔導生物だ。
その本能は、破壊と虐殺を何者かによってプログラムされた、哀れな存在だ。
しかし、ドレッドノートは永きに亘り生きすぎた。その知性は、人間族の賢者など及ばないほどの死生観と哲学を有している。
一方、ラルフの飼いワイバーンのレッドフォードは、ただただ高揚していた。つまり、ハイテンションというやつだ。
魔導生物として圧倒的な格上な相手を追い詰めている。こんなに楽しいことがあるものか。それは、背中に乗せている最高のご主人様がいるからこそ成せる。
ダンジョンの大いなる意志によって生み出され、殺戮と食欲しか与えられなかった。些末な存在。しかし、
ラルフ様は、私に名を与えて下さった!
そばにいていいと言って下さった!
獲物を捕まえてくれば褒めてくれる。
ただ、そこにいるだけで撫でてくれる。名前を呼んでくれる。
頭の上を、ブラシで擦ってくれる。
そして、友達を増やしてくれた。
ミンネ、ハル、アンナ、エリカ、ヴィヴィアン、シャギー、ミラ、ヴラドさん、クレアさま、ミュリエル、セス……、もっとだ。もっともっとあの場所に集う。私をレッドフォードと呼んでくれる人達がいる!
お前はなんだ?! ドレッドノート?!
退屈でつまらない、ただの強者ではないか?!
ただ、それだけだ!
確かにお前は強い、魔導生物としての格が違う。
ただ、お前は孤独過ぎた……。
孤独な老いぼれなんだよ!
私は、"思い"なら負けない!
みんながいる。その場所に私も一緒にいたい! これからも、ずっと、ずっと……。
だから、みんなの為に、テメェを墜とす!
そして、安らかに美味しいお肉になりやがれ!
我々は最強! いや、我がご主人様ラルフ・ドーソンさまこそ最強!
そして、その相棒は、この私だ!
この私、レッドフォードという名の、意地にかけて!!!
レッドフォードの身体が真っ赤に光る。
「えっ。は? 何?」
突然のペットの変貌に驚いて、呆けた声を上げてしまったラルフ。
すると、
シュッ! と、レッドフォードの口から放たれた超音速熱波が、ドレッドノートの右手の翼を貫いた。
「なんだか知らんが! よくやった! レッドフォード!」
そんな声が聞こえた。そして、
(ああ、ワシは、……負けるのか……やっと、やっと……)
ドレッドノートが落下をはじめる。
あの小さき同胞に乗った小さき者が、肩に何かを担ぎ、追いかけてくる。
陽光を背にしたその姿に、ドレッドノートは懐かしさを覚えた。
あれは……、臆病な娘だった。
森に棲まうワシに、王城での理不尽な出来事や、今日はどんなオヤツを食べたかを報告しにくるだけの、極めて小さき者だった……。
しかし、すぐに騎竜に跨り、巨大なランスを肩に担ぎ、ドレッドノートに挑んできた、あの姫騎士の姿。
生まれては、すぐに死んでいってしまう小さき者たち。その、竜族にとっては刹那とも言える時間を必死に生き、美しく足掻く。だからこそ、ドレッドノートは、
人間が好きだった。
膨大な時間を生きてきた彼には、この世の理すら理解する知性があった。自らの身体が滅びても、その後があるということは理解している。それならば、
次に、輪廻転生する時は、人間に生まれてみたいなぁ、と。
だからこそ、目の前に迫る、自分を殺す者に対して縁を結んだ。おそらく、この小さき者は気づかないだろうが……。
そして、ラルフはマジックバッグから取り出した、超音衝撃銛砲:クラーケン・バスターを巨竜に向けた。
ウル・ヨルン号に搭載予定の、試作品だ。
それを肩に担ぎ、その強大な敵に、敬意を示すように片手で敬礼した。
「お前は強敵だったよ。青眼の白龍」
とラルフは呟き。ドレッドノートは眩い光を見た。
その今際の際に、ドレッドノートが思ったことは。
(えー? ワシ、そんな名前じゃないけどー?!)
だった。




