12.領主、海へ
魔導車は、舗装されていない道を物ともせず、驚くべき速度で海へと向かった。子供たちの歓声が車内に響き渡り、ラルフの顔も自然と綻ぶ。わずか半日足らずで、一行は領地の最果てに広がる、青い海にたどり着いた。
「うわー!」「海だー!」
初めて見る雄大な海に、孤児たちは目を輝かせ、一目散に波打ち際へと駆け出していく。
ラルフもまた、彼らの無邪気な姿を見て、心から楽しそうに笑った。
まずは海水浴だ。ラルフと子供たちは、太陽の下で思う存分泳ぎ回り、波と戯れた。
その後は釣りだ。ラルフが用意した簡易的な釣り竿と餌で、子供たちは次々と魚を釣り上げた。大物がかかるたびに歓声が上がり、彼らの笑顔はまさに太陽のように輝いていた。
その日の午後、孤児院の子供たちは、浜辺で遊んでいた漁村の子供たちと出会った。漁村の子供たちは、慣れた手つきで浅瀬の磯を探索し、小さな魚を突いたり、貝を採ったりしていた。
「ねえ、それ、獲れるの?」
「うん! これ、晩御飯になるんだ!」
互いの世界に興味津々の子供たちは、すぐに打ち解け、一緒に磯遊びを始めた。
その様子を眺めていたラルフは、あるアイデアを閃いた。
「おーい! 君たち!」
ラルフが声をかけると、子供たちは一斉に彼の方を向いた。
「君たちが獲った魚や貝、全部買い取るぞ!」
ラルフの言葉に、子供たちは目を丸くした。普段は売り物にならないような小さな獲物でも、ラルフが買い取ってくれるというのだ。
「マジか!」「やったー!」
子供たちは大興奮で、再び磯へと飛び込んでいった。その光景を見ていた漁村の大人たちも、最初は戸惑っていたが、ラルフが本当に金を払うのを見ると、興味深そうに近づいてきた。
その場で、ラルフはマジックバッグから七輪や網、炭を取り出し、あっという間に簡易的な焼き場を設営した。さらに、キンキンに冷えた白ワインまで取り出す。
「おーい! つまみどんどん獲ってきてくれー! 買い取るぞー!」
ラルフの呼びかけに、子供たちは次々に磯から海に飛び込んでいく。彼らが採ってきた小さな魚や貝は、次々と七輪の上で焼かれ、香ばしい匂いをあたりに撒き散らした。
騒ぎを聞きつけた漁村の大人たちも、面白そうに酒盛りに参加し始めた。
ラルフが用意した白ワインと、子供たちが獲ってきたばかりの新鮮な魚介類。そこへ、たまたま行商に来ていた商人も加わり、いつしか浜辺は、まるでお祭り騒ぎのような賑わいを見せていた。
海の幸を堪能する中で、ラルフはふと、売り物にならないような小魚の山に目をつけた。
これらは、鮮度が落ちやすい上に小さすぎて、通常の流通には乗らない。だが、もったいない。
「おじさんたち、これ、どうしてるの?」
ラルフが尋ねると、漁師たちは「どうにもならねぇから、肥やしにするか、捨てるかだなぁ」と答えた。
「じゃあ、この魚で、ちょっと面白いものを作ってみないか?」
ラルフは、漁村の子供たちと大人たちを集め、カマボコの作り方を教え始めた。魚の身をすり潰し、塩を加えて練り、形を整えて蒸す。シンプルな工程だが、この世界では見たこともない加工品だ。
子供たちは、興味津々でラルフの手元を見つめていた。大人の漁師たちも、最初は半信半疑だったが、ラルフの指導のもと、カマボコ作りに挑戦した。
湯気が立ち上る蒸し器から取り出された、白い板状の塊。
それを切り分けて口にすると、独特の弾力と、凝縮された魚の旨味が口いっぱいに広がる。
「なんだこれ!」「美味い!」「魚の味がするのに、骨がねぇ!」
漁師たちは、その味と食感に驚き、感嘆の声を上げた。そして、その様子を見ていた行商人の目が、ギラリと光った。
「公爵様! これは素晴らしい! 日持ちもしますし、この味なら、きっと売れます! 是非、この村でこれを作ってくれたら、是非俺に卸して欲しい!」
商人は、新たな商機を確信し、前のめりになってラルフに懇願した。
「ああ、いいぞ。なんなら、君が行商に出るついでに、俺の居酒屋領主館にも納品に来てくれ。このカマボコは、酒のつまみにも最高だからな」
ラルフは、にやりと笑って応じた。こうして、この漁村に、新たな特産品が誕生する道筋ができたのである。
漁村の活性化、そして居酒屋領主館への新たな食材の供給。全てがラルフの計画通りに進んでいく。
その時、一人の漁村の子供が、得意げな顔でラルフの元へと駆け寄ってきた。その手には、黒くぬめぬめとした、奇妙な生き物が握られている。
「お兄ちゃん! これ、獲れたよ!」
それは、タコだった。
皆が気味悪がって後ずさりする中、ラルフの顔には、とびきりの笑顔が浮かんだ。
「おお! タコか! よし! これを使って、とっておきのものを作ってやる!」
ラルフは、その場でマジックバッグから様々な調理器具を取り出し始めた。小麦粉、卵、出汁、そして油。漁村の子供たちが獲ってきたタコを、手際よく下処理し、一口大に切り分ける。
「なんだ?」「あんな気味悪いもん、食えるのか?」
訝しげな視線が集中する中、ラルフは熱した鉄板に生地を流し込み、小さな丸い穴にタコと具材を入れていく。そして、慣れた手つきでそれをクルクルと返していくと、みるみるうちに黄金色の小さな球体が出来上がっていく。
「さあ、できたぞ! これが、たこ焼きだ!」
香ばしい匂いが立ち込め、皆の好奇心を刺激する。恐る恐る一口食べてみた子供たちが、その場で目を輝かせた。
「あふっ! あふっ! あっ! おいしい!」「フワフワだ!」「タコ、全然気味悪くない!」
子供たちの素直な反応に、大人たちも次々とたこ焼きを口に運ぶ。その顔には、驚きと感動の色が広がった。
海辺の宴は、夜遅くまで続いた。そして、その夜、漁村の人々は、ラルフという若き領主が、彼らの生活に、そして食卓に、新たな光をもたらしてくれることを確信したのである。