表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
113/115

113.素晴らしい日々

「かんぱーい!」


 居酒屋領主館に、今日も豪快な乾杯の声が響き渡る。グラスとジョッキが打ち鳴らされ、酒の香りが店内に満ちる。


「ミンネちゃーん! ビールおかわり!」

「こっちはサメくれぇ! サメぇ!」


 レッドフォードが仕留めて、半分ほど生焼けにしてしまった巨大なサメ。彼はいつものように、その残骸をラルフに差し出してきた。「食えんのかい?」と半信半疑ながら、試しに捌いてみたら、なんだか美味しそうな白身だったので、居酒屋領主館に持ち帰ってみたのだ。

 フカヒレにも興味があったのだが、それはレッドフォードが真っ先にムシャムシャと食べてしまった。まさか、彼がそれが高級品だと認識しているわけではあるまいな?


 実は、ラルフは前世でサメを食べたことがある。あれは、大学の友人が青森県の出身で、卒業後にその友人に招かれ、八戸市を旅行した時のことだ。

 冷たい潮風が頬を撫でる、寒い時期だった気がする。えんぶり、という伝統芸能を見て、その友人が所属するえんぶり組の打ち上げの席で出されたのが、酢と味噌で和えたサメだった。

 独特な鳴り物に合わせ、扇子を広げ舞う友人の姿。その懐かしさが、喧騒の居酒屋の中で、ふとラルフの脳裏に浮かんだ。


 ラルフは、調理の最中、厨房でサメの切り身をヒョイとひとつまみした。つまみ食いは、厨房で働く者の特権だ。

 酢味噌の甘酸っぱさ、意外に淡白でクセがなく、しかし独特のコリッとした歯ごたえと、ジュワッと舌に広がる脂。意外に良い。


「メガロドンって、美味いんだなぁ」


 ラルフは、思わず漏らした。客席の漁師たちもその味に驚いている。


「美味っ! なにこれ美味っ!!」


「な、なぁ。これって、名物にできねぇか?」


 誰かがそう呟く。その期待に満ちた声は、新たな可能性を示唆していた。


 女騎士のミラは、丼飯にサメの切り身を載せ、ご満悦そうに頬張っていた。その姿は、まるで至福の時を味わうかのように、陶酔している。


(メガロ丼……か)


 そんな寒い言葉を、ラルフは静かに飲み込んだ。あの八戸の冬の空よりも寒い。


「こっちに冷酒くれぇ! ぜったいにこれは米酒が合う!」


 客席から、味にうるさい冒険者の声が飛ぶ。食べ合わせ、マリアージュ。つい何年か前までは、硬いパンとスープで腹を満たし、ダンジョンに潜れば水と干し肉。酒場では焼いて塩振った肉とエールで満足してた連中のくせに。ラルフは、苦笑しながらも、彼らの味覚が飛躍的に進化していることに、どこか誇らしい気持ちを抱いていた。


「はいよー」


 そう言って、ラルフは自ら捏ねて焼いた焼き物の徳利とぐい呑みを差し出してやった。彼の陶芸の腕前は、日を追うごとに上達している。

 その冒険者はそれをぐいっと煽り、感嘆の声を上げた。


「くはぁ! これよ、これ! サメのまったりとした脂の味を冷酒が洗い流し、まるで草原を駆け抜ける清かな春風のような清涼感! 鼻に抜ける芳醇な山茶花にも似た香り。そして、後に残るキリっと際立つ酒精の余韻。これぞ至福!」


 どこの親子対決グルメ漫画だ?! 

 もしくは、ミスターなんとかっ子か?!

 ラルフは、そのあまりにも詩的な表現に、心の中でツッコミを入れた。

 どうやら、居酒屋領主館が作り出すグルメ革命は、粗野な冒険者風情を一流のグルメ評論家にしてしまうほどの"グルメリテラシー"を広く普及することに成功したようだ。


「これを狩るには、ラルフ様くらいの魔導士がいなきゃ無理か?」


「わからん。が、血が出るなら殺せるハズだ! どデカい銛でズドンとできりゃ」


「だが、デカい船が必要だぞ?」


「海賊公社に頼むか?」


「なんなら、儂らがお前さん方の船に銛を発射する装置を取り付けてやろうか?」


「ホントか?! ドワーフさんよぉ!」


 なにやら、一部の冒険者と一部の漁師が手を組み、酒を酌み交わしながら、"シャーク・ハンターズ"なる冒険者クランを立ち上げるという、壮大な計画を話し合っている連中もいる。その瞳は、新たな獲物への欲望に燃え、まるで少年のようだ。


(そんなに美味いか?! 命かけてまで食いたいか?!)


 ラルフは思った。この世界の人々は死と隣り合わせで生きている。ならば、今を全力で楽しみ、生きる。そんな気質なのかもしれない。その切迫した日常が、彼らをより強く、より貪欲に、そしてより楽しもうとする者たちへと変えているのだろう。


 そんな彼らの計画を、ワクワクした顔で聞いているのは、株式会社グルメギルド出版のヨハンだ。彼は、新たな冒険譚の幕開けと、出版するネタを嗅ぎ取ったのだろう。その鋭い嗅覚は、商機を決して逃さない。


「領主さまぁ! 領主さまも俺らのクランに加わってくれませんかねぇ!」


 熱くなった冒険者の一人が、ラルフに無謀な誘いをかけた。


「公爵としての公務があって、居酒屋の経営もあるのに、遠洋漁業なんかに出られるわけねぇだろ!」


 ラルフは、怒鳴りつけた。しかし、その声には、どこか呆れと、そして親しみがこもっている。そして、皆、ラルフの言葉を聞いて、楽しげに笑った。


「ただ、まあ。フカヒレが手に入ったら持ってきてくれよ」


 ラルフの言葉に、再び歓声が上がる。まだ続く居酒屋の喧騒の中から、大海原へ挑む夢すら立ち上ってくる。

 相変わらず、やかましくて、めんどくさくて、それでいて素晴らしい日々だ。と、ラルフは深くため息をついた。

 彼の作る料理が、この世界の文化と人々の生活に、静かだが確かな変革をもたらしている。そして、彼自身もまた、この異世界で新たな生きがいを見出しているのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
昔、悪名を轟かせた宗教団体がやってた外食屋で、ハルマゲ丼というどんぶり飯を出してたという話を思い出した
自分を食材にしない様せっせとラルフに獲物貢いでんなあ(明後日の方を見ながら こんな世界やからなあ鮫殺し過ぎたらシャークネード発生せん? 飛んでさえいなければ獲物の群れにしか見えんと思うが(スットボケ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ