表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/75

11.物流にも革命を

  ある穏やかな日中、領主館の広大な前庭に、いつもとは異なる緊張感が漂っていた。


 領主ラルフ・ドーソンが、何かとんでもないものを披露すると聞きつけ、多くの関係者が集まっていたのだ。

 商業ギルドのバルドルを筆頭に、市場の商人たち、木工工房の腕利きの職人たち、そして好奇心に駆られた数名の貴族たち。

 彼らの視線の先には、これまでに見たことのない、奇妙な物体が鎮座していた。


 それは、まさしく「馬のない馬車」だった。車輪はついているものの、馬を繋ぐ手綱も、馬具もない。代わりに、車体の中央には複雑な魔法陣が刻まれた魔石が埋め込まれ、所々に金属の筒のようなものが突き出ている。


「皆様! 本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます!」


 ラルフが、高らかに声を張り上げた。彼の隣には、いつものようにアンナが控えている。


「さて、本日皆様にお披露目するのは、私が長年開発に心血を注いできた、未来を拓く新たな移動手段! その名も、魔導車であります!」


 ラルフの言葉に、集まった面々はざわめいた。馬のない馬車? そんなものが本当に動くのか? 誰もが半信半疑の表情を浮かべている。


「これより、試作一号機! いっきまーす!」


 ラルフはそう叫ぶと、颯爽と魔導車の運転席に乗り込んだ。まるで、前世の自動車を運転するかのように、彼は慣れた手つきで、見たこともないレバーやボタンを操作していく。

  

 キュルルル……ブォン!


 魔導車の魔石が鈍い光を放ち、やがて金属の筒から、見たこともない煙が排出される。そして、ゆっくりと、しかし確実に、魔導車は動き出した。


「な、なんだと!?」

「本当に動いたぞ!」

「馬もいないのに……!」


 驚愕の声が、あちこちから上がる。バルドルは、目を見開き、口をあんぐりと開けている。貴族たちは、顔色を変え、その光景に信じられないといった表情を浮かべていた。

 ラルフは、ハンドルを握り、滑らかに前庭を一周する。まるで、彼自身がこの乗り物の体の一部であるかのように、自在に操っている。


 実は、ラルフは居酒屋の経営を通じて、この領地の物流に大きな問題を感じていた。大量の食材の仕入れ、完成した料理の運搬、そしてエール樽の輸送。どれもこれも、馬車での運搬は非効率的で、時間もコストもかかる。この魔導車こそが、その問題を解決する切り札となるはずだった。


 魔導車がラルフの手によって停止すると、集まった者たちは一斉に彼に詰め寄った。


「公爵様! これは一体、どういう仕組みで動いているのですか!?」

「これがあれば、荷物の運搬が格段に早くなるではないですか!」

「これは、世の中を変えるに値する発明だ!」


 商人たちは、早くもその莫大な商機に気づき、目を輝かせていた。木工工房の職人たちも、その構造や素材に興味津々で、熱心に魔導車を観察している。


 しかし、一部の貴族たちは、その光景に危機感を感じていた。馬車による輸送業は、一部の貴族や商人が大きな利益を得ていた分野だからだ。この魔導車が普及すれば、彼らの既得権益が脅かされることになる。


「ラルフ様、これはあまりにも、あまりにも危険な発明ではありませんか?」


 ある貴族が、震える声でラルフに詰め寄った。


 ラルフは、そんな彼らの反応を面白そうに眺めていた。彼は、この魔導車がもたらすであろう変化を、誰よりも理解している。


「さて、皆様。本日はこれにてお開きとさせていただきます!」


 ラルフは、唐突にそう告げた。集まった者たちは、不満そうな顔をする。もっと詳しく説明を聞きたい、その仕組みを知りたい、と口々に言い出した。しかし、ラルフは彼らの言葉に耳を貸さず、広場に集まっていた孤児たちに目を向けた。


「よし! 明日は休みだ! ガキどもー! これに乗って、海いくぞー!」


 ラルフの言葉に、孤児たちの顔に一斉に笑顔が花開いた。


「いぇー!」

「海ー!」「やったー!」

子供たちの歓声が、領主館の庭に響き渡る。彼らは、まだ一度も海を見たことがないのだ。


 光景を見て、集まった大人たちは呆然とした。革命的な発明の直後に、子供たちを乗せて遊びに行くというのか。ラルフの行動は、彼らの常識をはるかに超えていた。


 アンナは、そんなラルフの隣に立ち、深いため息をついた。


「旦那様は、本当に。しかし、これもまた、旦那様らしいといえば、旦那様らしいのですが……」


 ラルフは、子供たちの笑顔に満足げに頷き、そして、もう一度魔導車に乗り込んだ。その瞳には、新たな冒険への期待と、この領地を、そしてこの世界を、より豊かに変えていこうとする、確固たる決意が宿っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ