103.お菓子はどこへ消えたか?③
ヘンリエッタは、深く思考を巡らせた。
王妃の記憶の曖昧さ、関係者の不自然な態度、そして皿の消失の矛盾。これら全てが、彼女の脳内で複雑なパズルを形成していた。
そして、一つの可能性にたどり着いたかのように、ラルフに問いかけた。
「ラルフさま! もし、ラルフさまなら、クレアさまの目の前にある菓子をどうやって盗みます?」
「ヘンリエッタ?! お前まで僕を?!」
ラルフは、思わぬ方向からの追及に、大げさに驚いてみせた。
「いえ。もしも、です。大魔道士であるラルフさまなら、どうやってこの犯行を成し遂げます?」
ヘンリエッタは、真剣な眼差しでラルフを見つめた。彼女はラルフの思考パターンを理解しようとしているのだ。
「ふむっ」
ラルフは腕を組み、考え込むポーズをとった。
「僕なら、盗んだ後にこの場にいる全員の記憶を消す。……でも、難しいなぁ。この王城に入るためには、門をくぐらなきゃだし、衛兵にも騎士団にも記憶消去をかけなきゃいけない。……不審者が侵入したという事実はないのですよね?」
ラルフの言葉に、騎士の一人が慌てて答えた。
「は、はい」
「そして。犯人の動機がわかりません。王城の中、このような危険をおかして、クレアさまのお菓子を盗む。それもすぐ目の前で……」
ヘンリエッタは、独り言のように呟いた。動機が見えないのは、この事件の最大の謎だった。
「それは、……本当に美味しそうだったから、どうしても食べてみたくなっちゃったんじゃないかしら!」
その時、クレア王妃が、明るく無邪気な声で言った。
その言葉に、その場にいた全員が呆れたような表情を浮かべた。もし、これが暗殺者の類だったらどうなっていたか。クレア王妃の命は最悪危険に晒されていたかもしれない。そして、この場にいる全員さえ、そして、警護を怠ったとみなされた騎士団や衛兵たちでさえ、ただでは済まなかっただろう。王妃のあまりに呑気な発言に、誰もが言葉を失った。
(いや。わかったかもしれない)
ヘンリエッタは、はっと顔を上げた。そして、ラルフを見た。すると、ラルフもヘンリエッタを見ていた。ラルフの目の奥には、「どうするかは、お前に任せる」という、無言のメッセージが込められているように感じた。彼もまた、同じ可能性に気づいているのだ。
そして、ヘンリエッタは意を決したように、ラルフに問いかけた。
「ラルフさま! お菓子が目の前から消える。それは、本当にヒトの仕業でしょうか?! 何か、たとえば、超自然的な現象とか、何かあるんじゃないですか?!」
ヘンリエッタの言葉に、ラルフは、少し呆れたような、そして諦めたような表情を見せた。まるで、「やっと気づいたか」と言いたげな顔だ。そして、めんどくさそーな顔をして、目をつぶり天を仰いだ。
「な、る、ほ、ど、ね!」
ラルフは、目を見開いた。そして、その瞳の奥には、確信の色が宿っていた。彼は、深く息を吸い込むと、静かに呪文を紡ぎ始めた。
「"我が命に従い、その姿を顕在せよ!"」
その呪文も、彼が結ぶ印も、宮廷魔術師たちには全く理解できないものだった。彼らは、ただ呆然とラルフを見つめるしかなかった。
すると、クレア王妃の足元に、信じられない光景が広がった。空間が歪み、まるで水面に波紋が広がるように、小さな光が集まり始める。その光が収束すると、そこには、可愛い小人が、まるで絵本から飛び出してきたかのように現れたのだ。
その小人は、よろよろと立ち上がると、トテトテトテっと、王妃の目の前を走り抜け、皆の視線が集まる中で、盛大にすっ転んだ。そのあまりに滑稽な姿に、場を覆っていた緊張感が一瞬にして霧散した。だが、その小さな存在こそが、この奇妙な事件の真相を握っているに違いない。