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101.お菓子はどこへ消えたか?①

 その日、ロートシュタイン領の静かな空気を切り裂くように、一通の緊急便が届けられた。

 内容は簡潔だったが、その重みにラルフは眉をひそめた。王城からの呼び出し。しかも、ちょうどロートシュタインに帰ってきていたヘンリエッタも、共に、とのことだった。


 ラルフは、隣にヘンリエッタを押し込んだ愛車、魔導車:ロードスターのアクセルを容赦なく踏み込んだ。街道脇に広がる田園風景を背に、目指すは遥か王都。風を切る音が、二人の胸に去来する一抹の不安を掻き消そうとしていた。


 王城の中庭に通された二人を迎えたのは、優雅な微笑みを浮かべたクレア王妃だった。


「お久しぶりね。ドーソン公爵」


「どもー。で、いったいどうされたんですか?」


 ラルフが単刀直入に尋ねると、王妃は困ったような表情で語り始めた。それは、なんとも不思議な話だった。


 クレア王妃が王城の中庭で催したお茶会。そこに集まったのは、王都のきらびやかな貴族のご婦人たち。その華やかな席で、王都の老舗、フランジュラーベ菓子店から献上されたばかりの新作の菓子が、なんとクレア王妃の目の前で、忽然と姿を消してしまったというのだ。まるで、最初からそこに存在しなかったかのように。


「なるほど。そこで、大魔道士である僕を? いや、でも宮廷魔術師たちは何してたんだ?」


 ラルフは、王妃の背後にずらりと並んだ、いかにもエリート然とした宮廷魔術師たちを、意地の悪いニヤリとした笑みを浮かべて見やった。彼らのプライドをちょっぴり刺激してやろうという魂胆が見え見えだ。


「黙れ若造が! 魔力反応があれば儂らが気づいておる!」


 予想通り、白髪髭を蓄えた老齢の魔導士が、顔を赤らめて反論した。彼の言葉には、長年の経験に裏打ちされた自信と、若造への苛立ちが滲み出ている。


「じゃあ、魔法じゃないと? 目の前の物が忽然と消える。そのような現象、魔法以外でどう説明できると?」


 ラルフは、さらに畳み掛ける。魔法使いである彼にとって、魔法以外の手段で物が消えるなど、常識では考えられない。


「ぐぬぬっ!」


 老魔導士は、ラルフの挑発的な言葉に言葉を詰まらせた。他の魔導師たちも、同様に悔しそうな表情を浮かべている。彼らにとっても、今回の現象は全くの想定外なのだろう。


「というか。僕が呼ばれた理由はわかりました。何故、ヘンリエッタも?」


 ラルフは、改めて隣に立つヘンリエッタに目を向けた。彼女もまた、この奇妙な事件に首を傾げている。


「お菓子と言えば、ヘンリエッタちゃんじゃない!」


 クレア王妃は、当然とも言える表情で答えた。その言葉に、ラルフはハッとした。確かに、ヘンリエッタの菓子に対する知識と情熱は、並大抵のものではない。


「それは、どんなお菓子だったんですか?」


 ヘンリエッタは、王妃に身を乗り出して尋ねた。その瞳は、すでに探求心に燃えている。


「んー。丸くて、……いえ、四角だったかしら。白くて、フワフワしてて」


 王妃は、記憶を手繰り寄せるように目を閉じたが、なかなかはっきりとしたイメージが掴めないようだ。


「焼き菓子ですか? ケーキですか? それともムース状のものですか? 果物は使われていましたか? もしくは木の実? カップに入っていましたか? それともお皿に置かれていましたか?」


 ヘンリエッタは、矢継ぎ早に質問を繰り出した。その語気は熱を帯び、まるで刑事の取り調べのようだ。


「お、おい……」


 その迫力に、普段は冷静なラルフでさえ、思わずたじろいでしまった。ヘンリエッタの菓子に対する執念深さを、改めて思い知らされた瞬間だった。


「んー、……それが、何故かはっきり思い出せないのよぉ」


 王妃は、頭を抱えて言った。どうやら、肝心な部分の記憶が曖昧になっているらしい。


「誰か、その菓子を見た奴はいないのかぁ?」


 ラルフは、周囲の侍従や貴族たちに声をかけた。しかし、誰もが何故か気まずそうに目を背けた。まるで、見て見ぬふりをしているかのようだ。


「んー?」


 ラルフは訝しんだ。この場の空気には、明らかに何か不自然なものが漂っている。ただのお菓子の消失事件にしては、関係者たちの態度があまりにも奇妙だ。


「あの、フランジュラーベ菓子店の人ですよね? 株式会社グルメギルド出版のヘンリエッタです。お世話になっております」


 その異様な空気の中、ヘンリエッタは、そこに集まっていた関係者の中から、一人の若い菓子店の従業員を見つけ出していた。彼女の鋭い観察眼は、こういう時にこそ真価を発揮する。


「あ、ああ。どうも……」


 従業員は、ヘンリエッタに気づくと、明らかに狼狽した様子で挨拶を返した。その声は小さく、なぜか歯切れが悪い。目は泳ぎ、落ち着かない様子だ。


「その新作のお菓子の詳細を教えて欲しいのですが?」


 ヘンリエッタは、従業員に近づき、低い声で尋ねた。その表情は真剣そのものだ。


「あの、その……、私どもの店の、オリジナルの新作なので。あのぉ、企業秘密といいますか。その辺は、ご容赦頂けると……」


 従業員は、しどろもどろになりながら、言葉を濁した。新作菓子は、店にとって重要な機密情報である、とでも言いたいのだろうか。しかし、王妃に献上されたものが企業秘密とは、いささか腑に落ちない。


「ってかさぁ。どんな菓子だったか? って、そんなに重要か?」


 ラルフは、この状況に痺れを切らし、率直に疑問を投げかけた。お菓子の種類が特定できたところで、それが消失の原因に繋がるのだろうか?


「そうですね……。すみませんでした」


 ヘンリエッタは、ラルフの言葉にハッとしたように、従業員に頭を下げた。確かに、企業秘密という立場も理解できる。


 しかし、ラルフの胸には、拭いきれない違和感が残った。王妃の目の前で消えた菓子。曖昧な記憶。目を逸らす関係者たち。そして、歯切れの悪い菓子店の従業員。「企業秘密」という不自然な言い訳。


(こりゃ。おかしな事件だ!)


 ラルフは、心の中で確信した。これは、ただのお菓子の消失事件ではない。背後には、何か隠された謎が渦巻いているに違いない。大魔道士の勘が、そう告げていた。

 不穏な空気が、王城の中庭に立ち込めていた。

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