ヒロインたちの夜会。
「リョウカ・スズミヤ嬢、君との婚約を破棄する!」
ホールの中に高らかな声が響き渡った。
全員の視線が声の上がったほうへと向いていく。
視線の先には一組の男女。
薄氷色の髪に海のように青い瞳を持つ銀髪の騎士が一人の女性を背にかばうように立っている。
そんな彼の視線の先には、黒髪に黒目を持つ少女。
彼の色である薄氷色のドレスに、綺麗なサファイアのアクセサリーを身に着けている。その少女の表情が戸惑ったようなものへとなった。
「そんな、エヴラールさん……っ!」
「すまない、涼夏……僕は真実の愛を見つけてしまったんだ……っ! 僕はもう、首がある女性を愛せないっ!」
エヴラールと呼ばれた騎士のうしろに隠れていた少女が姿を現す。その首から上に本来ならあるべき頭はなく、頭の代わりにふわりふわりと煙が文字を綴った。
『まぁまぁまぁ! とってもロマンティックだわ! もしかしてあなたが私の未来の旦那様? ようやくお顔を見れて嬉しいわ!』
「いや待ってネリーさん!?」
金髪にファイアブルーの瞳を持つ騎士が踊りでた。
黒髪の少女の隣に並び、銀髪の騎士のうしろに立つ首のない少女を凝視する。
この場に招待されたお客様たちも困惑しているみたい。
出戻った子爵令嬢が嫁いだ公爵夫妻に、死にたがりの悪役だったご令嬢が嫁いだ侯爵夫妻。それから崖の上からフライング・ハイ! したご令嬢が再興させた伯爵夫妻がホールにいます。
そして本日のメイン。
首のない少女を娶った騎士と、首のない魔女を娶った騎士。
二人の嫁と旦那の立ち位置があべこべに!
何がどうしてこうなったか?
これはそう、年に一度の祭典ともいえるエイプリルフールの夜会に彼らが呼ばれたからです!
ちなみに主催は私、エイプリルフールのときにだけ現れる神的何かでございます。
ある時は水晶玉に宿る神。ある時は魔法少女たちを導くマスコット。そして本日はこの夜会を主催する王様的ポジションでお送りいたします!
「あなたは一体何者ですか! せっかく取り戻したネリーさんの首を、どうしてもいでしまったのですか!」
「また、あなたの仕業ですね、謎のマスコットさん……!」
あらやだそうでした。
過去のエイプリルフールで元首なし少女こと、涼宮涼夏ちゃんは召喚したことがあるんでした。
そう、あれは2022年4月1日のこと――
「今回はなにが目的ですか!」
あらやだお怒りです。
ごめんごめん、何が目的も何も、今日はエイプリルフールですので!
エイプリルフールでしかできないことをするのが目的ですとも!
ということで今年はじゃじゃじゃーん!
「っ!?」
「うわっ!」
「なんだ!」
「これはっ」
「……」
ご招待したヒーローの皆さまをザ・シャッフル〜!
まーぜまぜまぜ、頭をぽんっ!
『まぁまぁ! エルネストさんたらおそろいね!』
「エヴラールさん!」
「エドモン様!」
「エルバート様!?」
「シグルドー!」
五人のお姫様たちのパートナの首が私の周囲にふ〜よふよ。せっかくイケメンにセットされたヒーローたちの髪型は整髪料や髪紐がなくなったかのように、自然なものになる。
首が外された首なしヒーローたちはその場に膝をつきました。いや、立ってる人がいるよ。おかしいな。騎士組全滅で膝をついているのに、なんで騎士じゃない人だけ立ってるのかな?
まぁ、それは横において。
私は周囲に浮かべた首を一直線に並べた。
顔の向きは私のほうに向ける。
これで舞台は整った!
さぁ聞けヒロインたちよ!
今宵限りの首なしパーティーを始めようではありませんか!
「首なしパーティー……?」
涼夏ちゃんが怪訝そうに聞いてきます。
えぇ、そうですとも。
立ち尽くしているヒロインたちへと告げる。
ゲームは簡単、ヒロインはヒーローの正しい首と身体の組み合わせを指名して、その首をつけてダンスを踊るだけ。
「それなら簡単だわ! 自分の旦那様の首なんて見間違えようもないもよね!」
ちっちっちっー!
残念ながらそう簡単なものではないのですよ、崖の上からフラハイした悪役令嬢アニエスちゃん!
「どういうことですか」
真面目なお顔も怖いですね、出戻り子爵令嬢のアリエルちゃん!
このゲームは二つだけルールを課します。
一つ目は自分のパートナーの組み合わせは言えないってこと!
二つ目は正解パートナーのヒントは一つだけしか言えないこと!
つまり、たった一つのヒントで他人のパートナーの組み合わせを言い当てないといけないということです!
「ひどいゲームね……悪夢もいいところだわ」
死にたがりの悪役令嬢スーエレンちゃん、エイプリルフールですからね! これくらいしないと楽しくないでしょう?
「楽しくないです」
涼夏ちゃん、手厳しい!
『あらあら。でもね一つずつ解決していけば簡単よ!』
おっ、首なし魔女ネリーちゃんはやる気のようですよ! 本人も首がないので首なしカップル! 私の一押しカップルさんだよ!
『ではまず私から! 私のエルネストさんはね、金髪なのよ!』
くるりくるりと楽しそうにネリーの頭から煙の文字が舞い上がる。
一斉に四人の視線が私の前に並ぶ五人のヒーローのうち、ただ一つだけ金髪の頭に突き刺さる。
「それがあの方のパートナーのものですね」
アリエルちゃんが金髪の頭を見て言いました。
はい、ではお首をご進呈〜!
金髪の頭はネリーの手元に届く。
ネリーはその首を隣のパートナーへ装着しようとしたところで。
「待ってください! それはエヴラールさんの身体です! あなたのパートナーはこっち!」
涼夏ちゃんが慌てて自分の隣りにいたヒーローの身体を押した。なんとかセーフ! ネリーが持っていたエルネストの金色の頭は無事本人の頭にくっついた!
「……ネリーさん」
『あらあらまぁまぁ!』
エルネストの目が半眼になってる。これはたぶんきっとお仕置きコースかな〜。なんだかそれも楽しそうだけどね!
「では次に私が。私の旦那様であるエドモン様は、銀の御髪を短くされております」
残った頭は四つ。
全部銀色というか灰色というか。
似たりよったりの色の中、出戻り子爵令嬢アリエルが髪型でヒントを出してきた!
「それなら、そちらがあなたのパートナーね!」
崖の上からフラハイした悪役令嬢アニエスがアリエルのパートナーを指名! そうだね、アリエルに恋した騎士団長はこの中でも一番男らしい身体つきで、髪型も男らしいヘアスタイルだもんね!
アリエルの元にエドモンの首を返す。
膝をついているエドモンにアリエルは首をそっと帰すと、彼は大きな身体でアリエルを抱きしめた。
「よくやった」
「当然です」
二組目クリア〜。
ちょっと簡単すぎたかな?
でもゲームの難易度はここからが高いからさ!
並べられた三つの頭は、どれも銀髪系でストレートの長い髪。後頭部だけなら女性の頭と見間違えそう。
そんななかで、崖の上からフラハイした悪役令嬢アニエスがびしっと指を指した。
「私のパートナーはね、女装が似合うのよ!」
フロアが静まりかえる。
いや、まぁ、そうだけど。
作中で女装したのは貴女のパートナーだけだけど、もうちょっとましなヒントをあげられないかな!?
かわいそうにと、ヒロインたちを見ていると、元祖首なし少女涼夏ちゃんと死にたがりの侯爵令嬢スーエレンが相談しはじめる。
「ねぇ貴女。ゲームを知ってる?」
「ゲームですか?」
「『騎士とドレスと花束と。』っていうタイトルなのだけれど」
「あ、知ってます。インターネット広告でよく名前を見ました」
「その登場人物が私のパートナーなの」
「それなら……分かりました」
話し合いは終わったのかな?
それじゃあ、答えをどうぞ!
「その左端が女装が似合うという方の頭です」
「で、真ん中がこの子のパートナー」
「最後に残ったのが、乙女ゲー厶『騎士とドレスと花束と。』の攻略対象者エルバートです」
三人分の頭が一斉に各ヒロインたちの元へと飛んでいく。
「お嬢様、誰が女装が似合いますって? 言っておきますが女装させたの貴女ですからね。必要に応じてですからね。間違っても趣味ではありませんからね」
「無事で良かったわね、シグルド!」
崖の上からフラハイした悪役令嬢のもとには従者シグルドの頭が。
「エヴラールさん、正気に戻ってください!」
「っ、涼夏……?」
元祖首なし少女のもとには氷の騎士エヴラールの頭が。
「エルバート様」
「あぁ、エレ! 良かった。このまま君にキスができなくなってしまうところだったよ」
死にたがりの悪役令嬢のもたには攻略対象者エルバートの頭が。ちょっとそこの既婚者いちゃつかないでください。あんまりちゅっちゅっしてるとR18指定入れますよ。
さてさて、全員ぴったりと本人の頭にきちんと正解の頭がくっつきました。よかったよかった、ハッピーエンド。残りのお時間はみんなで楽しくダンスパーティを……。
『そ、の、ま、え、に』
ぽっぽっぽっと煙の文字が横切っていく。
あら? あらあら? これはネリーの煙文字ではありませんか?
『私の頭も、返して頂戴ね』
あ、やば。
冒頭展開のなんちゃって婚約破棄テンプレのために没収したネリーの頭。
あれ、どこやったっけな〜……?
ふと頭上に影が差す。
気がついたら戦闘職騎士ヒーローたちに囲まれていて。
え、へへ……?
「総員剣を抜け」
騎士団長エドモンの掛け声で私に突きつけられる剣が四つ。ひぃええええ!
「こういう人のことだからたぶん首は結構近くに……ほらありましたよ」
あー! あー! いけませんお客様! 従者シグルド様! 玉座の下に隠していたネリーの頭をお返し遊ばしてー!
「さぁ、ネリーさん。頭を」
エルネストさん! お願いですから! その首まだ返さないで、お願いまって! エイプリルフール終わっちゃうー!
「エイプリルフールってあんまり心臓に悪い嘘はご法度だって知っていたかい? エレがエイプリルフールをしたときは、沢山お仕置きをしてあげたものだよ」
そのお仕置きは全年齢ですか、エルバートさん? あっ、まってまって、剣先でちょんちょんしないで。
「たとえ嘘だとしても、僕が涼夏と婚約破棄だなんてありえない。よくも操ってあんなひどいことを言わせてくれたな」
あ、これ死んだ。
エヴラールの魔剣からにじみ出る極寒の冷気に身体の動きが鈍くなる。
来年のエイプリルフールに復活できるのかなぁと考えていたら、この場所唯一の魔法使い、ネリーがステップを踏みながら近づいてきた。
「さぁさぁ、夢の空間はお開きよ! みんな、みんな、目を覚まして。あなたはまたそのうちに、お会いしましょうね」
あああ! やっぱりネリーさんですかー! 私のエイプリルフール空間を上書きしたのはー!
まるで舞台のように、ダンスホールに赤い幕が垂れ下がっていく。
最初は出戻り子爵令嬢たちを。
次に死にたがりの悪役令嬢たちを
その次に崖の上からフラハイした悪役令嬢たちを隠していく。
最後に残ったのは首なしヒロインたち。
「首がなくなるのは、人生一回だけで十分です」
「ないとキスができないものね!」
恋愛大好きな私のお耳に痛い言葉ー!
元祖首なし少女と、首なし魔女たちにも赤い幕が下がる。
取り残されたのは赤い幕に隠された私だけ。
あーあ、エイプリルフールが終わってしまう。
本当はもうちょっと遊びたかったんだけど……残念です。
でもまぁ。
来年もエイプリルフールはあるから、楽しみですね!