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刹那は貴方から始まる①

私が彼を知ったのは元老院に名を連ねる父が持ってきた縁談での事でした。



「第三皇子殿下の乳兄弟の育ちでな。皇子の書記官としても有能だと聞くし、非常に将来有望な若者だ」


「アル・ヴァーニ様…」


「あぁ。我が愛娘を嫁がせるのに不足はない。おまえも嬉しいだろう?」


「はい。私はお父様が選んで下さった方なら喜んで」



父の嬉しそうな顔を見ればアル・ヴァーニ様と言う方が如何に素晴らしい肩書きをお持ちかが分かります。


(どんな方がお相手だろうと私には選ぶ事も断る事も出来ないのですから、気付いたら『第三皇子殿下の書記官の奥方』になっているのでしょう)


政略結婚や一方的に望まれての婚姻が当たり前の常識で、せめて良い条件で家の役に立つ。それがこの家の娘が不自由なく育ってきた最もたる理由なのだから。


(アル・ヴァーニ様も好きになれたら良い、なんて過分な事は願いません。ただ嫌いにならないお人柄だったら………それで良い)






───そして無事に訪れたお見合いと言う名の顔合わせの日。私はまるで姫君の様に着飾らせられて人形の様に大人しく座っていました。


この場に同席するのは両親とアル・ヴァーニ様とそのご家族。そして元老院議長。その顔触れを見れば、これがどの様な形で成り立つ話なのかが分かってしまいます。


婚姻を結ぶ当人同士の私とアル・ヴァーニ様を置いて周りが着々と話を進める最中に彼が口を開きました。


「宜しければ少し…二人でお話しませんか」


真っ直ぐに私を見ていた瞳や仕草は感情を浮かべてはおらず、それを読み取る事は出来ませんでした。だけれど何故かその瞳を逸らす事はもっと出来なくて………頷いた私は差し伸べられた手を取っておりました。



───そうして二人で中庭に出ると外の空気が吸いたかったと気付きました。


(無意識でも息が詰まっていたのですね)


そんな中で連れ出してくれた彼に感謝を込めて微笑みました。そしてアル・ヴァーニ様は淡々と、まるで彼こそが人形の様に話し出したのです。


「貴女や関わった方々には申し訳ないがわたしは婚姻を結ぶつもりはありません」


その言葉にドキリ、と心臓が動きましましたが何故なのかは分からないけれど、不思議と悲しさや悔しさは湧かずに彼の抑揚のない声が耳に心地良くてただぼぅとしておりました。


「理由を申し上げるとわたしは我が主である殿下より先に妻を迎える事はしない、と決めている。この度の事は本意ではなく、避けられずに至った事なのだ」


「………仰りたい事は理解出来ました。ですが私には今回のお話の父への、元老院まで絡んでいる縁談への関与は出来ませんよ?」


(自分の声などより彼の…彼の声が聞きたい)


意識はひどく冷静なのに心はそんな場違いな事を求めてくるのです。


「えぇ、婚姻の話はわたしの方で終らせておきます。貴女にもご理解頂けるならば問題は無いでしょう」



『終わり──』その言葉が胸を刺しました。


「それは………そんな事になられましたらアル・ヴァーニ様に不利益になるのでは。元老院への印象も悪くなるでしょう?」


「多少の事は致し方ない。今回の件を未然に防げなかったわたしの落ち度です」


痛む胸を押さえながら必死で言葉を探します。


(───必死?どうして……………)




「何故…私に……その様なお話を、して下さったのですか。そのお積りなら何事もなく婚姻を破棄する事も出来た筈。それは………それは私への誠意と優しさですよね」


自然に口を突いて出るその言葉は『聞き分けの良い私』ではない様でした。



「…………構いません。アル・ヴァーニ様」


「……何を言っているのです」


「構いません。貴方が殿下のご結婚を待つのでしたら………私も貴方様をお待ちします」


「何を……!?」


(目を見開いたアル・ヴァーニ様を真っ直ぐに見つめて続けます。こんなに自分の意思を、勇気を………出したのは初めてなのではないでしょうか)


「この様な形で出会った私にも誠実さを見せて下さった貴方の事が知りたい。そんな貴方の不利益になる事をして欲しくないのです。だから、だから私とご婚約して下さい」


(女性からそんな事を言うなんて………そんな恥知らずな事をまさか私がする日がやって来るなんて思わなかったわ)


初めて会ったお方に何故こんなにも執着を見せたのか───それはこの時の私には分からなかったのです。



(24/02/17)

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