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第4話

 寝室へ向かうオペラ様に就寝の挨拶をしたあと、わたしは馬小屋へと向かった。

 たぶんここにいるはずだ。


「フェンネル」


 そう呼びかけると、衣服についた干し草を払いながらフェンネルが現れた。

 やっぱり、馬小屋で寝るつもりだったようだ。


「どうした?」

「部屋に来て」


 理由は告げずに従者用の寝室へ。


「それで身体を拭いて。髪を洗うのは手伝ってあげる」


 大きな木桶にたっぷりと湯を用意してある。


「いや、オレはいい」


 盗賊の襲撃にも動じないフェンネルが、珍しくうろたえている。なんだかおもしろい。


「そんなに汚れていたらベッドは使わせられない」

「馬小屋で寝る」

「あんな遠くで? わたしたちに何かあったらどうするつもり?」

「わかった。自分でやるからひとりにしてくれ」


 フェンネルがしぶしぶマントを脱いだ。全身の汚れを落とし、髪を洗う。

 着替えは予備の下着を貸した。長身のフェンネルにはサイズがあわないけれど、どうせ寝るだけだ。

 この部屋は従者用の寝室なので、ベッドはたくさんある。わたしとフェンネルは隣り合ったベッドに入ると、明かりを消してしばらく話をした。


「ここについてから、どこに行ってたの?」

「捕虜の盗賊を預けてきた」


 フェンネルの話では、ナラ林の向こう側に数人の兵士を待機させていたらしい。わたしの想像していた通り、後ろから護衛がついてきていたのだ。フェンネルはバーガンディ家の馬を借りて、ひとり引き返してナラ林を抜け、捕虜を預けてまた帰ってきた。

 捕虜には盗賊を抜けさせ、王国軍に再就職するように説得している。そして盗賊団の内部情報を洗いざらい喋らせる。そんなに上手くいくものかと思ったが、いろいろとコツがあるらしい。

 盗賊の生活は苦しく、将来性もない。盗賊団に忠義を尽くす者は少ない。わりと簡単に「盗賊団を抜ける」と言うのだが、それは保身のための言葉で、実際には仲間を売らない。たとえば盗賊の中に恋人がいたりすると、その恋人だけは守ろうとする。恋人が捕まらないように嘘を混ぜたりするのだ。

 ようするに、大事なのは仲間であって盗賊団そのものではない。逆に仲間の存在がなければ簡単に裏切るということ。

 そこで今回の女盗賊には「お前は仲間に売られたのだ」と言ってやった。襲撃するのがバレていたのだから、この話には信憑性がある。すぐに寝返って、もう自白をはじめているようだ。

 女盗賊の話によると、わたしたちが待ち伏せされたのは、バーガンディ家に手紙を届けさせた早馬のせいだった。フロマージュ家の息子が貴人をつれてくるという噂が広がってしまったのだ。盗賊たちの目的は、貴人を誘拐して身代金を要求すること。

 あのとき襲撃者の役をしていた盗賊たちは、隠れ家の情報を聴き出して捕まえてしまった。これでもう、この辺りには盗賊団の仲間はいない。襲撃されるおそれは無いので、フェンネルは馬小屋で寝るつもりだったと話してくれた。


「他になにか気づいたことはない? このバーガンディ家のことで」

「そうだな、ブドウの収穫のために労働者が大勢集まっている。それくらいだな。トフィーは何をしていた?」


 今度はわたしが今日の出来事を話した。オペラ様の華麗なる変身。ディナーの席での会話。メルロー様が現れなかったこと。カベルネ様の素行の悪さ。

 それからバーガンディ様にだけ、オペラ様が正体を明かしたこと。わたしとファッジ様の結婚を、とても強く祝福してくれた。


「感動して涙が出るかと思ったんだけど……」


 オペラ様が事件の調査から降りてしまうなんて。あとを任されたのは嬉しいけれど責任重大だ。どうやって解決しよう……


「だけど? そのつづきは? トフィーの結婚に問題があるのか?」


 急に近くからフェンネルの声。

 いつの間にかベッドから起き上がって、わたしの顔を覗き込んでいる。真剣な表情だ。


「シラー様が亡くなってからバーガンディのワインは品質が落ちていて、以前のようなものを提供するのは無理かもしれないって」

「なんだ、そんなことか」


 フェンネルがベッドに戻った。

 話の続きを再開する。バーガンディ様にシラー様のことを質問して、オペラ様が調査から降りてしまった。そしてわたしが後を任されたことを話した。


「バーガンディ家にかけられた呪いはあなたが解きなさい」


 オペラ様からそう命じられた。

 わたしにできるのだろうか。


「トフィーならできるさ」


 フェンネルがそう言った。素っ気ない態度だったが、それが逆に自信をくれた。


「まずはメルロー様に会ってみようと思う。それから、フェンネルにも頼みたいことがあって。収穫の労働者に紛れ込んで、この館の使用人たちから話を聞きいてみてくれない?」

「わかった」


 そして翌朝。食事を済ませてから行動を開始する。

 荷物の中から石鹸を取り出してフェンネルに持たせた。魔術師の仕事は聞き込みをすることが多いので、そのための小道具を持ち歩いている。この石鹸もそのひとつ。仲良くなるための贈り物というわけだ。

 高価過ぎる物はかえって疑われるので安価な物。この石鹸は王都では普通に買えるが地方では手に入らない。オリーブオイルで出来ていて、見た目も綺麗だし香りも良い。女性には絶対に喜ばれる。


「男はどうする?」

「妻か恋人にプレゼントしろって言えば良い」

「なるほど、賢いな」


 それから聞き込みのコツをいくつか伝授した。こちらが知りたいのはバーガンディ家のゴシップみたいな話だ。上手く聞きだすというより、喋りたがりを見つけるのが早い。ただし、大げさに誇張して話していないか注意すること。

 あとは、ボロを出して疑われないこと。


「女ひとりで王都から出稼ぎっていうのが少し不自然かもしれない。ごまかすために嘘を重ねると破綻しやすいから注意して」


 するとフェンネルは、ポケットをさぐって小さな黒い粒を取り出した。


「なら変身の丸薬をつかう。男の姿になれば疑われない」


 そういえばフェンネルは変身の丸薬を持っていた。オペラ様が作った魔法の薬で、飲むだけで姿を変えられる。女が飲めば男に、男が飲めば女の姿に変身できるように調合してあるのだ。


 フェンネルを見送ってから、わたしはメルロー様の所へ。使用人に居場所をたずねると、ワインの醸造をする倉だろうと教えられた。倉の近くに醸造家が寝起きするための小さな家があり、そこを自室のように使っているらしい。婚約者のブラン様もそこに泊まっているようだ。

 バーガンディでは醸造家を雇っていない。もとはシラー様がその役割で、今はメルロー様が引き継いでいる。

 醸造倉のどの辺りか、詳しい場所を確認していると。


「メルローのところに行くのか? 何しに?」


 いきなり会話に割り込まれた。

 眠そうな顔。髪はボサボサで衣服は乱れている。起きたばかりという感じ。カベルネ様だ。

 この人は苦手だが、無視するわけにもいかない。


「ブラン様と打ち合わせしたいことがありまして」


 とっさに嘘をついた。

 カルベネ様は大きなあくびをすると「ちょっと来い」と手招きして歩きだした。


「あの、急いでいるので」

「いいから来いよ」


 ついていくしかないか。

 階段で2階にあがり、廊下の突き当りまで行く。ポケットから鍵を取り出して扉を開けた。薄暗い小さな部屋で、荷物がたくさん置かれている。女モノの衣類や小物が多いような気がする。物置部屋のようだ。

 カベルネ様が物置部屋の中に入る。わたしは廊下で待つ事にした。しばらくすると部屋の中から「あったあった」と声がする。見ると箱を片手に手招きしている。


「好きなのを選んでいいよ」


 箱の中身は貴金属のアクセサリーだった。どれも少し古いデザインだが、一流の職人の手による物だとわかる。かなり高価な品だ。

 選べと言われても。わたしが困惑していると、カベルネ様はこう言った。


「キミにあげてもいいよ。ただし条件がある。メルローのことさ。スパイしてくれないか?」

「スパイですか?」

「そう。メルローのやつ絶対に怪しいんだよ」


 この人は何を考えているんだろう?

 まったく理解できない話だが、「ノー」と答えて機嫌をそこねると面倒な気がする。しかし「イエス」とも言いたくない。なるべく無難に切り抜けたい。


「はい。もしもメルロー様の言動に問題があるようでしたら、必ずカベルネ様にご報告します。ですが、このような高価な物は受け取れません」


 このくらいのさじ加減でどうだろう?

 カベルネ様の顔色をうかがう。


「うん。合格。いいね、キミ」


 ニタニタ笑っている。なにが合格なんだ?

 機嫌は良さそうだけれど、かえって気味が悪い。


「キミを試してたんだよ。無欲な人は信用できるって母上も言っていた。期待してるよ。キミが有能だったら、オレのそばにおいてあげてもいいよ」


 本当に何を言ってるのだろう? 会話が成立しない。

 返答に困っていると、廊下の方から「カベルネ!」「どこにいる?」と男の声が聞こえてきた。


「カード仲間だ。昨夜はボコボコにしてやったのに、まだやるつもりか? 懲りないやつらだ」


 そう言って笑う。

 物置部屋を出ると三人組の男たちがいた。筋肉質な体つき。着ている服は高価だが、だらしなく着崩している。どこか怪しい雰囲気の男たちだ。「軍人くずれ」という感じに見える。金のない貴族の次男や三男は軍に志願する者が多い。組織に上手く馴染めない者が軍をやめて、ギャンブルや儲け話にむらがるようになる。外見は貴族の若者だが、一皮むけば「ならず者」という人種だ。


「勝ち逃げはさせないからな」

「早くリベンジさせろ」


 そう言ってカベルネ様をひっぱっていく。階段の方に消えていった。

 カベルネ様と離れられてホッとしたけれど、なんだか不穏な雰囲気だ。今のところカベルネ様がギャンブルで勝っているというのが、大きく金を巻き上げるための仕込みに思えてならない。勝たせて調子にのらせる。いつでも勝てると思わせる。そして最後に大敗させるのだ。ならず者がバーガンディ家を食い物にしようとしている。そんなふうにしか見えない。

 早く追い出した方が良い。バーガンディ様はご存知なのだろうか。あとでオペラ様に相談してみよう。


 気を取り直して、メルロー様を訪ねる。

 メルロー様は小柄で、儚げな美人であった。母屋に飾られている肖像画の女性に似ている。あれはやはりシラー様なのだろう。

 ブラン様と食事をしていたようで、テーブルにはたくさんの料理が並んでいた。暗いうちから作業していたメルロー様にとっては夕食にあたる。ブラン様が王都から持ってきた食材を自ら調理したらしい。「よければ一緒に」とすすめられたが、食べたばかりなので辞退した。


「それよりブラン様、お手紙の件はどこまで話されましたか?」


 わたしがそう聞くとブラン様は苦笑いして「まだなにも」と答えた。


「わたしとオペラ様のことくらいは話していただけましたか?」


 ブラン様が首を横にふる。


「ずっと一緒にいて、本当になにも?」


 なにをしていたんだ?


「昨夜はその、メルローの不安そうな顔を見たらたまらなくなって、わたしが来たからには安心してくれ、絶対守ると、強く抱きしめて……」


 ブラン様の言葉を遮るように「オホン」とメルロー様が咳払いした。


「トフィーさん、最初からお話を聞かせてください」

 

 そうするしかなさそうだ。

 オペラ様と自分が魔術師だということから、昨夜の出来事まで、なにもかも、なるべく正確に説明した。

 わたしが話し終えると、メルロー様はしばらく考えてこう言った。


「そうでしたか。手紙を読まれたのですね。あのときは取り乱しましたが、今は落ちついています。もちろん母が蘇るわけがないと頭では理解しています。ですが同時に、得体の知れない恐ろしさもあります。できればもう関わりたくない、母の事を忘れてしまえたら、そんな気持ちもあるのです。そのような魔法をかけていただくことはできないでしょうか?」


 忘却の魔法は存在する。正確には記憶を消すわけではなく、特定のことがらを思い出せなくする魔法だ。精神をひどく病んでしまった人の治療に使うこともある。

 しかし、今回は事件を解決したい。


「オペラ様は呪いを解くように言いました。それがメルロー様のため、バーガンディ家のためなのだと思います。協力してくれませんか?」


 重苦しい沈黙。まるで地下の穴蔵のような空気だ。

 ブラン様がメルロー様の手を握った。


「どちらでも良いよ。わたしがオペラ様に相談したが、そのことで遠慮する必要もない。キミの決断を応援する」


 それでもメルロー様は悩んでいる。

 嫌がっているのを無理強いしたくはないけれど、返答に迷うのだから「解決したい」という気持ちはあるのだろう。

 なら、こんな提案はどうだろう?


「話だけ聞かせていただければ、あとはわたしが調査します。メルロー様はここでお仕事を続けてください」


 メルロー様がわたしの目を見た。

 ふたたび長い沈黙。しかしもう迷っていようには見えない。絞ったばかりのドロドロとした感情が、時を経て成熟するのを待っているような。一歩を踏み出すために必要な時間なのだろう。

 そのまましばらく待った。


「わかりました。わたしと母のことをお話しします。ずっとブランには話すべきだと思っていました。ですが、優しさに甘えてしまって、こんな機会でもないと先のばしになってしまいそうで。長くなりますが、聞いてください」


 そうして、長い昔話がはじまった。

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