あの世
キ! キキキィィィーー!
俺は峠道を可也のスピードで走っていた。
否、逃げている。
俺たち俺と恋人の香苗、幼馴染の裕也とその恋人の珠江の4人は大学の夏休みに、心霊スポットと言われる見晴らしの良い山の上の元老人ホームだった建物の見物に来た。
心霊スポットっていうからには何かしら怖い物でもあるのか? と期待しながら建物の中を物色したけど何も無い、見晴らしも夜だから遠くに街の明かりがチラホラ見えるだけ。
老人ホームだった建物の駐車場から出て暫く走った帰り道の途中、後部座席の香苗が「帰る時、車の窓ガラスに手形でも付いてたら面白かったのにね」と言う。
「ホントだぜ」
助手席の裕也がそれに返事を返す。
祐也が返事を返したとき突然助手席の窓が、バン! と叩かれた。
叩かれた窓に皆が目をやると、叩かれた窓に手形がついてるだけじゃ無く、手形をつけたと思われる白裝束の老婆が車と並んで走っているのが見える。
峠道を下っているとはいえ、結構スピードか出ているのにだぜ。
香苗の隣に座っている珠江が悲鳴混じりの声を上げた。
「ヒィー! 反対側にも後ろにもいるー」
助手席側だけで無く運転席側や後ろにも多数の白装束の爺や婆がいて、助手席側の婆のように車のスピードと同じ早さで走っている。
俺は爺婆共を引き離すためアクセルを力一杯踏み込んだ。
婆が助手席側の窓に手形をつけてから約2時間、未だ俺は爺婆共を引き離せず峠道を下り続けている。
県道から峠道に曲がったところから山の上の老人ホームまで30分程しか掛からなかった筈なのに。
「なぁ、俺たち……」
「言うなー!」
裕也が何か言いかけるのを止める。
俺も祐也が言いたい事は理解しているんだ。
でもそれを言葉にしてしまったら、それを受け入れなくてはならなくなるから。
俺たちはとっくの昔に峠道で事故っていて、死んだ事に気がつかないままあの世の峠道で爺婆共に追われ、逃げ回っているだけなのかも知れないって事を。