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「友人なら休みの日に遊ばないとな。ってことで起こしに来たわけだ」


「帰れ」


 寝室の扉を勢いよく開けた私に、寝起きのリンドルムはベッドの上から不機嫌な様子で端的に告げた。


 結局、昨日酒に酔って眠りこけた私を客室に泊めてくれたのだとジェイムズに聞いた。

 リンドルムは普段昼前に起きてくると言われて起こしに来たのだ。


「お前最近容赦ないな。私は令嬢だぞ?」


 そう言って私がベッドに腰掛けるのを何か言いたげな目を向けて諦めたようにすぐ逸らした。


「レディは令嬢とは見做さないことにした。普通の令嬢ならこんな気軽に公爵家に上がり込んだりしない。ましてや寝室になど入らない」


「まあ、リンドルムの友人だからな。言っとくけど無理矢理寝室に入り込んだんじゃないぞ? ジェイムズさんがいいよって言ってくれたんだ」


「アッシュだけでなくジェイムズまで取り込んだのか……」


 愕然とした様子で呟くリンドルムの髪を慰めるように撫でてやる。


「なんかリンドルムぼっちゃまをお願いします、とか涙ぐんでたけど何かあったのか? お前まーた無茶なこと頼んでるのか? ジェイムズさんも歳なんだからさ、あんま困らせてやるなよ。な?」


「何の話だっ」


 私の手を払いのけて睨みつける。


「まあいいや。それでさ、今日出掛けよう!」


「1人で行け」


「1人で行ってもつまんないだろ。見せたいものがあるんだ! いいから行くぞ。

ジェイムズさーん、こいつ着替えさせてくれ!」


「はい、かしこまりました」


「ジェイムズ!? なぜレディの言う事に従うんだ!」


 ドアの向こうにいたジェイムズに声をかけるとすぐ返事が来た。

 まあ、未婚の令嬢と2人きりにはできないからな。


 騒ぐリンドルムをジェイムズさんに任せて部屋を出ると、着替えが終わるのを応接室で待たせてもらう。

 令嬢一人に出す量ではない山盛りにされたフィナンシェに手が止まらず黙々と食べていると程なくして扉がノックされた。


「お待たせいたしました。セリーナ様。リンドルムぼっちゃまのご支度が整いました」


「ありがとう! じゃあ、行ってくるよ!」


 ジェイムズにぶんぶんと大きく手を振ると、昔と変わらぬ優しい笑みで一礼してくれた。


 抵抗は諦めてぐいぐい腕を引く私に引きずられるリンドルムを馬車に詰め込み、目的地を目指す。





「さあ、着いたぞー!」


 だらけた姿勢で馬車から降りる気のなさそうなリンドルムを引っ張り出す。


 目の前に広がるのは一面の青い空と芝生だけだ。


 ここはカーディルの秘密の場所だった。

 リンドルムを連れてきたこともない。

 一人きりで何かを堪える時、どうしようもない感情を吐き出したい時、自分の弱さを曝け出せる唯一の場所だった。


「ほらっ、見てみろ!」


 手を大きく広げて見せるが面倒そうに顔を顰めたまま顔を上げもしない。

 リンドルムの頬を両手で挟み、私としっかり目が合ったことを確認するとふわりと微笑む。


「上を見てみろ、リンドルム」


 そのまま、ふいと横に逸らす。

 そんなに私の言う通りにしたくないのかと苦笑が漏れる。


「全く。手がかかる友人だなぁ。よっ、と!」


「は……? う、わ……っ!?」

 

 全力で抱きつき、爪先に力を込めてそのまま押し倒す。


 芝生の上に倒れ込むと、リンドルムの硬い筋肉質な胸に勢い良く頬が潰された。


「っつぅ……」


「ど、退いてくれないか!?」


 焦った声に顔を上げると顔を赤くして私の肩に手を置いて引き離そうとする。

 まあ、腰に腕を回しているからそう簡単には離れないが。


「なんだお前。こんなことで赤くなるとは。すぐハニートラップに引っかかりそうだな。大丈夫か? 私で練習しとくか?」


 わざと体を擦り寄せてみるとビクッと肩を震わせた。


「よ、余計なお世話だ!」


「心配してるのに」


「いいから、退かないかっ」


「人に言うことを聞かせたいなら、まずはこっちの言うこと聞いてくれよ。ほらほら、そのまま真っ直ぐ前を向け。見えるだろ?」


 今度は渋々ながらも素直に従ってくれる。

 しかし、訝しげにすぐ首を捻った。


「いや、何も……」


「は? お前の目は節穴か? え、何。本当に見えないのか?」


「何を見ればいいんだ?」


 素で戸惑う顔にこちらも戸惑った。


「ほら、綺麗な青空だ! お前の色だ。何も遮るものがない」


「だから?」


「察しが悪いな!」


 のそのそと体の上を這い上がり顔を正面まで持っていく。

 耳まで赤くしたリンドルムが私を自分の上から下ろそうと頑張るが全力でしがみついて離さない。


「や、やめるんだ……」


「いいか。よく聞け。お前は存在自体が太陽みたいにキラキラしてるんだ。なのにそんな淀んだ目をしていてどうする! この空を見ろ! 吸い込まれそうになる程青い透き通った空だ。本来のお前の瞳はこんな色だった」


 真正面から鼻先がくっつきそうなほど顔を近づける。

 少しでも動けば、唇が触れてしまうような距離だ。


「目を逸らすな。幸せになっていいんだ。お前は、何も悪くない。何も悪くないんだ。もう自分を責めるな」


 どうかこれ以上カーディルの最期に囚われないで欲しい。

 あの頃のように笑い合えたらと願うけど、それよりも何よりもリンドルムに幸せになって欲しい。

 私はただそれだけを願っていた。


 リンドルムは瞳を大きく揺らして激情を抑えるために唇を強く噛み締めた。


「お前に、何がわかる……」


 吐き捨てた呟きは震えていた。

 リンドルムは顔を見られぬように、私の顔を肩に押し付けた。

 ーーまるで抱きしめるように。


「俺があの時もっと真剣に引き留めていれば。でもそうすれば誓いを守れない。あいつの力になると。手助けをすると約束したのに。なのにあの瞬間、俺はあの親子よりも何よりもあいつに死んでほしくなかった。こんな事になるなら助けようとしなければ良かった。どうせ助からなかったんだ。見捨てれば良かったって…………そう思った時愕然とした。助ける命に優劣を付けたんだ。誓ったのに! そんな自分に吐き気がした……っ」


 カーディルの記憶が無ければセリーナには支離滅裂な話だった。

 でも、だからこそこの言葉だけでリンドルムが自責の念に潰されそうなままこの16年を生きてきたのだと思い知る。


「こんな俺を知ったらもう親友とも呼ばれないだろう。カーディルに……合わせる顔もない……っ」


 涙で滲んだ声に胸が締め付けられた。

 シャツを掴む手に力が篭る。


「そんなわけがないっ……そんな事、思うわけないだろう……っ!」


 リンドルムの胸を叩く。

 ただ悔しくて。カーディルに腹が立った。

 なんで彼を一人残したのかと。


「……ごめん。ごめんな。リンドルム」


 ぽろぽろと流れ落ちる涙が彼のシャツを濡らす。

 そのまま顔を伏せて嗚咽を喉の奥で堪える。


 私のーーカーディルの存在がなによりもリンドルムを苦しめている。


 こんなにも彼の力になりたいのに。

 こんなにも彼の幸せを願っているのに。

 私自身がそれを阻んでいる。

 それが何よりも私を惨めにした。


「なぜ君が謝る。俺が謝って欲しいのは君じゃない。俺が許して欲しいのも……君じゃない」


 静かな声だった。

 誰にも何も求めていない。

 ただそこには悲しい響きだけがあった。

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