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◇
「なあ、アッシュ。幸せってなんだろう?」
主人が不在な執務室で片腕を枕に机に伏せる。
「い、いきなりなんですか? リッドウェル伯爵令嬢。っていうか、そこ副団長の椅子……」
「長いからセリーナでいいぞ」
「あ、はい」
「それでさ? 私は人を守って、仕事終えたら親友と安酒飲んで、ぐっすり寝れたらそれで幸せなんだ。でも、リンドルムはどうかわからないだろ?」
「えーと、どうなんですかね? 僕は副団長が笑ってるところ見た事ないので……あの、ところでそこ副団長の椅子なので……」
「……そうか。アッシュも見たことがないのか」
長いため息をついて机に額を擦り付ける。
「……アッシュは何してる時が幸せなんだ?」
「ぼ、僕ですか? 僕は本があれば幸せですね。どんな理不尽な命令をされても、誰も話を聞いてくれなくても、最終的に本さえあればいいんです!」
「お前頭良さそうだもんな。でもまあリンドルムは違うよなー」
うんうん唸りながら頭を上げると、腕を組んで背もたれに寄りかかる。
「なんかいい案ないか?」
「よく当たって砕けろって言いますし、セリーナ様の幸せなことを一緒にしてみたらどうですか? なーんて、副団長がしてくれるわけないですけど」
「ナイスアイデアだ! さすがだな、アッシュ! 早速今からやってみよう!」
ぱちんっと指を鳴らしてアッシュを褒めると、早速脳内でプランを組み立てていく。
「え、今から?」
「おう! とりあえず今日1日リンドルムからアッシュを守ってやる。で、あいつには私を守ってもらおう。適当に転けてみるか。それでなんか適当に書類仕事手伝って、夜は一緒に酒を飲む。どうだ!? 完璧だろ?」
「え、えーと。適当が2つもありますけど、はい、完璧だと思います……」
どこか歯切れ悪いがアッシュのお墨付きももらったことだし、全力で取り組もう!
◇
「アッシュ。なぜ俺の椅子にレディが?」
「いえ、もちろん僕も何度か言ったんですよ?」
戻ってきたらリンドルムに睨みつけられて困ったように眉尻を下げるアッシュに、ここが出番か!と気合を入れて立ち上がる。
「そうだぞ! 悪いのは私だ! アッシュを責めるな!」
「そうだな。レディが悪い。人の椅子に勝手に座るな」
よし、第一段階突破だな。で、次がーー
「お詫びに仕事を手伝ってやる。なんか寄越してくれ」
「君に任せられる仕事はない」
「そんなこと言わずに! な?」
リンドルムがどうにかしろ、という目をアッシュに向けているが、どちらの味方をするべきなのか悩んでいるようなそぶりで考え込んだ末に口を開いた。
「えーと、では副団長を応援する仕事はどうですか?」
「は?」
「応援か! いいな。私そういうのは得意だぞ」
「……邪魔をするなら帰ってくれ」
「駄目だ! 今日は夜一緒に飲みに行くんだ!」
私の腕を軽く引いて立ち上がらせると、眉根を寄せて椅子に腰掛ける。
「いつ決まった? 俺は了承した覚えはない」
「決定事項だ。諦めてくれ。とにかくお茶汲みでも何でもしてやる! 早く仕事を終えて飲みに行こう!」
心底うんざりした様子で眉間の皺が更に深く刻まれる。
「……わかった。静かにしてくれるのが一番の応援だ。レディは黙っててくれ」
「任せろ、リンドルム!」
「言ったそばから……」
◇
「終わったか? 終わったな! じゃあ行くぞ!」
終業時間になり、見た感じ粗方仕事も終えたのを確認するとすぐに声をかける。
「あー、だがレディはそんなに酒にも慣れていないだろうに男と飲むのはどうなんだ?」
何を気にしているのか分からず頭を傾げる。
「リンドルムと飲むならいいだろ?」
「…………わかった。度数の低い酒を用意する。レディと外で飲むと面倒ごとに巻き込まれそうだからうちで飲もう」
「おう、全部任せる」
リンドルムの家か。久々だな。
まだ、当時の知り合いは勤めているだろうか。
ワクワクする気持ちを隠せず顔をにやつかせてしまう。
「え、副団長まさかの連れ込みですか?」
「明日、仕事倍にしてやろうか?」
「す、すみません!」
「まあいい。アッシュ、お前も来い」
「今日は新刊が出るのでお断りします。お二人でどうぞ。僕はこれで失礼しますね」
一息に言ってリンドルムの返事も待たずに部屋を出ていく。
「アッシュ行っちゃったなー」
「薄情なやつだ。レディは一杯だけ飲んだらすぐ帰れ」
「少しくらい話をしないか?」
「しない」
言い切られてしまったが、まあ話しかけたら答えてくれるしどうにかなるか。
公爵家の馬車に二人で乗り込み、リンドルムの家へと向かった。