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 既に裏口から回っていた私の護衛とアッシュが令嬢達を避難させていく。

 先ほどのコツコツと叩く音は伯爵家に伝わる合図だ。音の緩急で味方にのみ作戦を伝えることができる。

 さっきの場合は敵の気を騎士団に向けてほしいと私に伝えていた。


「くっそ!」


 男の1人が捕縛を振り切って近くにいた騎士に体当たりをする。

 そして保護されようとしていた10歳に満たなさそうな小柄な少女を盾にした。


「この娘に傷をつけられたくないだろ? なら、俺たちを解放しろ」


「ひっ……! た、たすけ……っ」


 ナイフでひたひたと頬を叩き少女の恐怖心を煽る。


 なんと陳腐な。これで逃げ切れたやつを見た試しがない。


 しかし騎士たちの手が緩まることはない。ここで逃せばさらに多くの被害が出る。

 だが、この少女を見捨てることもできない。そんな彼らの迷いが透けて見えた。


 リンドルムもあの少女に傷を付けずに敵を確保する方法を模索して唇を噛み締めている。

 逃したところで人質に味を占めた犯人が少女を解放するとは思えないからだ。


「た、たすけて……!」


 怯えた少女を前に強く指を握り込む。


 何かあいつの気を逸らせれば……あ、そうだ。


「なあ。お前さっきさ、味見したいのなんのって言ってたろ? 少しショーでも見ないか?」


「はあ?」


 何を言ってるんだと怪訝そうに私に視線を向ける男に見せつけるようにドレスの裾をゆっくりと捲り上げる。


「お、おおっ」


 男が私の足に釘付けになり注意が少女から逸れる。

 犯罪者共だけでなく騎士達からの視線も感じるが。

 うん、まあ許そう。


 そのままドレスを上に上にと上げていき、普段晒されることのない膝、太腿と露わになる。

 そしてーー右手が目当てのものに触れた。


 それを掴んだ瞬間、投げつける。


「ぐあぁあっ!」


 ナイフが貫通した手を押さえて蹲る男を騎士が取り押さえ、即座に少女を保護する。


「投擲は得意なんだ。いいショーだったろ?」


 クルクルとナイフを回してみせる。

 太もものベルトに仕込んだ複数の投擲用ナイフは記憶が戻る前からセリーナが愛用していたものだ。

 令嬢にしては中々の腕前だったりする。


 少女達を騎士に預けた護衛達が足音も大きく私に駆け寄る。


「セリーナお嬢様! なんって無茶をするんです!?」


「ごーめんってば。だって絶対捕まってる子がいると思ったんだよ」


「わざわざお嬢様が捕まらずとも……!」


「私が捕まらなければアジトを突き止めるのは遅れていた。今夜隣国に売るつもりだと言ってたんだぞ? 間に合ったかどうか微妙じゃないか」


「それはそうですが! この件は旦那様に報告させていただきますからね!」


「いやいや、そんな大袈裟な」


「大袈裟ではありません! どれだけ我々護衛の寿命を縮めれば気が済むのですか! ライラも泣いてましたよ!」


「あーうん。ごめん。助けに来てくれてありがとうな。でもお前達を信用してるからこそだ。あの子達の笑顔を見てみろ。助けてよかったろ?」


 泣きながらお互いの無事に安堵して抱き合う少女達に視線を向ける。


 この光景のためなら何度でも身を危険に晒せると思う私は転生したとて根っからの騎士気質なのだろう。


 コツリ、と背後で足音がして振り返る。


「リンドルム! 助けに来てくれてありが……」


「君は何をしているんだ!? カフェでお茶をするのではなかったのか!?」


 最後まで言わせてもらえず、すごい剣幕で怒鳴りつけられた。


「えーと、酒場に来たい気分だった……みたいな? あ、あはは」


「…………………………」


「ひ、火に油だぁぁ」


 黙り込むリンドルムと頭を抱えるアッシュ。護衛たちは気配を殺してそっと私から距離を取る。


「レディ」


「な、なんだ?」


 先ほどと異なり静かな声だ。しかし怒りが凝縮されたようにその一言は重く、地を這うような声だった。


「君はなぜ自分の身を案じない? 多少剣やナイフが使えるからと言って令嬢がすることではないだろう」


「あの男に声をかけられた時、助けを求めている人間がいると判断した。必ず全員が助かるよう騎士団にも通報していたし、護衛もすぐ近くに待機させていた。危険はあろうとも後悔する選択だけはできない。助けられる可能性があるなら全力を尽くすべきだ」


「騎士ならそうするべきだろう。だが君は令嬢だ。それで命を落としたらどうする」


「その時はその時だ。私は自分の選択に後悔はしない」


 真っ直ぐにリンドルムの青い瞳を見据えて言い切ると、何かを思い出したようにどこか虚ろな顔で俯く。


「…………君の周囲はどうなる」


「え?」


「守り切れなかった護衛は? そばにいなかった侍女は、君の家族や友は、君を大切に思っていた者たちはどれだけの後悔に苛まれると思う? 君の奔放さを放置したことを恨むだろう」


 私ではない誰かを見ているようだった。

 何かを思い出しているその顔は悲痛に歪んでいた。


「心配してくれてるんだな。ありがとう」


「感謝の言葉を聞きたいのではない。今後このような事はしないでくれ。怪しい者を見つけたら騎士団に通報するだけでいい」


「約束はできないが善処する」


「はっ、そう言って何度も危険な事に首を突っ込んだ男を知っている」


 浮かんだ嘲笑はカーディルに対してか己に対してか、複雑な表情でリンドルムが吐き捨てた。


「うーん、じゃあさ。何かあったらリンドルムに相談するよ。必ず。今から危険な目に遭うからって伝言届けるから」


「だから危険な目に遭わないようにしてくれと言ってるんだがな……そうだった。レディとは会話が噛み合わないんだったな。あぁ、俺が愚かだったか」


 諦めたのか呆れられたのか怒りの気配は霧散した。


「でも、助けてくれるだろ? お前はそういう男だ。信じてる」


「俺は忙しい。君にばかり構っていられない」


「そういっていつも構ってくれてるけどなー」


 真上から睨み下されるが、両手でリンドルムの手を掴むと満面の笑みで見上げる。

 少し怯んだ様子のリンドルムにずいっと一歩さらに近づく。


「私はな、お前と友達になりたいんだ!」


「は?」


 理解が追いつかないようで目を丸くしている。


「友達。マイベストフレンド。わかる?」


「いや、娘でもおかしくないような年齢のレディと友人になどなれない」


「なれるなれる! まずなってみてから考えよう!」


「……君はよく話が通じないと言われないか?」


「え? なんで?」


「今、まさに通じていないからだ!」

 

「そうか? でもリンドルムならなってくれるって分かってるからなぁ」


「君の俺へのその信頼はなんなのだ!?」


「え。だってリンドルムだから」


「頭が痛い。通訳が欲しい」


 長身の背を折り曲げ顔を片手で覆って俯くリンドルムの肩にぽんっと手が置かれる。


「よかったですね! 副団長! こんな可愛らしいご友人様ができて安心しました!」


「…………アッシュ。事後処理はお前に任せてやろう」


「え"」


「リンドルム、虐めてやるなよー」


「誰のせいで……」


 低く唸るような声を出したその背中をバンバン叩く。


「大丈夫だ。全部上手くいく! 安心しろ。な?」


「君の存在自体が不安要素なんだがな……」


 疲れ切ったその一言と共に肩を落とし、騎士達に指示を出しに戻る。


 私は他の騎士に連れられ事情聴取のため騎士団に連れて行かれた。

 そこでライラと合流できたが、泣きながら私に縋り付く姿に、先ほどのリンドルムの言葉が蘇って少し胸が痛んだ。

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