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 いつもの時間に騎士団に向かうと数人引き連れたリンドルムと鉢合わせた。


「お。どこ行くんだ? 見回り?」


 私に見つかった瞬間、嫌そうに顔を顰める。


 なんて失礼なやつだ。


「そうだ。仕事だから今日は帰りなさい」


「冷たいこと言うなよ。一緒に行くって!」


「断る」


「おう! このまま行くぞ!」


 ドレスを翻して方向を変えるとリンドルムに並ぶ。

 リンドルムはこめかみを押さえて唸るように言葉を絞り出す。


「……アッシュ。俺は断ると言ったよな?」


「は、はいっ」


「そうか。だとするとレディの耳がおかしいのだな」


 悩ましげなため息をついて、どこか遠い目で私から視線を逸らしているリンドルムに小首を傾げる。


「ん? 行かないのか?」


「俺たちは行く。だがレディは着いてくるな。仕事の邪魔だ」


「副団長! そんな言い方されなくても……」


「いや、俺はもう悟った。このレディに婉曲な言い方をしても伝わらない。しかし、はっきり言っても伝わらないと」


 反論できないのかアッシュは僅かに視線を逸らした。

 そこはもう少し戦ってくれ!


「いいか、レディ。君は女性だ。わかるな? ……そこはさすがに理解してるな?」


 若干不安そうに問いかけてくる。


「おう」


 力強く頷くとリンドルムの眉間に皺が寄った。


「アッシュ、どう思う?」


「え、えっと」


 私の返事の何が納得いかないのかアッシュに意見を求める。

 アッシュはアッシュで何故口籠る?


「こんなに可憐な見た目をしているんだ。女以外の何に見える。きちんと理解してるさ。ほら見ろ。ドレスだって着てるんだぞ」


 藤色の髪に指を通して微笑みかける。見事なカーテシーを披露すると驚きに目を見開かれた。

 カーテシーもできない令嬢と思われていたのか。


「あー、まあ理解しているならいい。なら騎士でもない女性を引き連れて見回り出来ないのも当然だろう?」


「まあ、それはそうだ。言いたいことはわかった。じゃあ、私は街でお茶でもしとくか。もし見かけたら声かけてくれよ」


 そう言ってリンドルム達が拍子抜けするほどあっさりと踵を返した。




「お嬢さん。あっちに良いものがあるんだ。連れてってあげるから見に行こうよ」


 侍女のライラを連れてどの店に入ろうかと悩んでいると身なりのいい男から声をかけられた。


「良いもの? なんだ?」


「着いてきたら見せてあげる。お嬢さんかわいいから特別だよ。貴族でもなかなかお目にかかれない逸品なんだ。お友達に自慢できるよ」


 ねちっこい喋り方とはっきりしない言い回しに不快感と不信感が凄い勢いで膨れ上がる。


「えー? なんか怪しいな、お兄さん」


「あはは。大丈夫、怪しくないよ」


「怪しいやつが素直に認めるわけないだろ」

 

 不審な目を向けたまま呆れて肩をすくめる。


 だが、この手慣れた雰囲気から考えるとすでに捕まっている者がいるかもしれん。


 相手にバレないように、離れてついてきている護衛に目配せをする。

 必死の形相で首を横に振る護衛に笑顔で一つ頷き返すと絶望の表情を浮かべた。

 悩んでいるそぶりを見せて人差し指をトントンと顎に当てる。


「どうしようかなー」


「悩むくらいなら行こうよ。ね? 本当にこれ見ないと損するよ」


「でもまあ良いものって聞くと見ないわけにはいかないな。連れていってくれよ」


「勿論だよ」


 満面の笑みを浮かべた男は満足そうにしている。


「ライラはここで待機しててくれ。すぐ戻るよ」


「は、はい、お嬢様」


 心配しないように微笑みかけるとライラは不安げに瞳を揺らした。

 ああ、女の子って感じがする。私にはこれが足りないのか。


 少し歩くと路地に入り込んだ。

 逃げないようにか肩に手を回される。

 許可もなく体に触れる無礼な男を今すぐに叩き潰したい気持ちになったが必死で堪えた。


 いくつもの路地を曲がりたどり着いた先は、スラム街にあるボロボロの家だった。


 ドアを開けると男に強く背中を押されてたたら踏む。


「うわっとっと……あっぶねー」


 乱暴な男だ。転けずに済んだが、今ので部屋の中央付近まで進むことになった。


 中を見渡すと以前は酒場だったようだ。陽の光も入らない薄暗い室内は埃まみれで壊れたテーブルや椅子が乱雑に積まれている。

 木箱や酒樽なども散乱していて、その上にニタニタと嫌らしい笑みを浮かべた男達が腰掛けている。


 私の後ろの男を入れて、中にいる敵の数は8人か。


「いやぁ、こんなに簡単にうまく行くとは。お育ちのいい令嬢は警戒心がなくて助かるよ」


 ざっと辺りを見渡すと同じ年頃、もしくはそれより下の身なりのいい女性が5〜6人見えた。


 結構いるな。

 だが、身を寄せ合ってくれているおかげでいざという時は守りやすいので助かる。

 そこに怯えて見えるよう後ずさりながら向かう。


 それを見て気を良くしたのか私を連れてきた男が声をかけてくる。


「今夜にはお前ら全員隣国に売られるんだ。大人しくしてろよ」


「なあ、1人くらい味見してもいいんじゃねーか?」


「いや、売り物には手を出すな。初物だから高く売れるんだよ」


 何がおかしいのか下卑た笑い声を上げるのを聞き、令嬢達がガタガタと体を大きく震わせた。

 恐怖で歯の根が合わないのかガチガチと音を鳴らしている背を摩り「大丈夫だ」と繰り返し周囲に声をかける。


 護衛達は近くで待機しているはず。ライラと護衛の内の1人が警邏隊か騎士団に通報しているだろう。


「なあ、あのお嬢ちゃんだけ怖がってないぞ」


 おっとー。考え事してたらなんか目をつけられたか。

 まあ、他の令嬢がターゲットになるよりはマシか。


 私の顎を汚い手で掴み、至近距離から覗き込む。


「お綺麗な顔してやがるぜ」


「うっわ、息臭え」


「なんだと!?」


「あ、つい」


 いや、ほんとについ。挑発する気なんてこれっぽっちもなかったんだけど。


 私の顎を乱暴に放し、どんっと突き飛ばす。


「こいつだけ売らずに俺たちで可愛がるか」


「いや、国内にいたら足が付く。これは売り払う」


「この舐めた態度調教してやらねえと俺の気が済まねえよ!」


 ただ商品として高値で売りたい男と令嬢の味見をしたい男と私を痛めつけたい男、いくつかの意見に分かれる。

 騒がしく口論している男達を横目に背後でした物音に意識を向ける。


 新手か?


 そう思い身を強張らせるが、コツコツと指先で何かを叩いたような緩急のリズムをつけた音に笑みを浮かべた。


「あー、取り込み中のところ悪いんだが、お客さんだぞー」


「あ"?」


「全員大人しくしろ! 王宮騎士団だ!」


 男達が振り向いた先には騎士団がーーリンドルムがいた。


 おおっ! ドアの向こうからの光で後光が差しているようだ。まさに救世主だな!

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