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 クッキーを渡してから数日後。

 リンドルムは露骨にセリーナを避け始めた。


「よ! リンドルムー、ってあれ?」


 見事にスルーされた。


 視線も向けずにただ横を通り過ぎていくその背中をつい黙って見送る。


「ふ、副団長! リッドウェル伯爵令嬢が……」


「何だ」


 ドス黒いオーラを放ち恫喝するかのような低い声で副官のアッシュを威圧する。


「い、いえ!」


 アッシュは縮み上がり咄嗟に否定する。

 そして申し訳なさそうに私をチラチラ見ると頭を小さく下げてリンドルムの後を追っていった。


 その背中が見えなくなると腕を組んでにやりと口の端を釣り上げた。


「ほー? そう来るか。いいぞ、いいぞ。お前との喧嘩は慣れてる。いつぞやの仕返しといくか」




 後日、準備を整えてリンドルムの執務室に足を運ぶ。

 アッシュにこの時間は来客も急ぎの仕事もないと確認済みだ。


「いーい天気だなぁ。リンドルム」


 ペンを握る手がぴくりと反応したが顔を上げることもない。

 真正面から呼びかけていると言うのにあくまでも無言を貫く姿を見て笑みを浮かべる。


 さあて。いつまで反応せずにいられるのか見ものだなぁ。

 

「リンドルム、これやるよ」


 そう言って軽く机に放ったのはーー


「ひっ!」


「あ、副団長が反応しましたね! リッドウェル伯爵令嬢!」


 ガタガタっと大きな音を立てて椅子から飛び上がるのを見てアッシュが嬉しそうに声を上げる。


「おいおい、どうした? そんな慌ててさ」


「な、なんっ、これ……!」


 青褪めた顔で机の上にあるものを大きく震える指で指しつつも、視界に収めたくもないと言いたげに『それ』からは大きく顔を背けている。


「ほら。今日あまりにも天気いいだろ? 散歩してたら見つけてさ。リンドルム昔っから『それ』好きだったよなぁって思い出してわざわざ持ってきてやったんだぞ? 感謝してくれよ」


 にこやかに笑いかけると言葉もなくぶんぶんと激しく首を横に振り否定する。

 アッシュを盾にして一番離れた位置まで移動して私を親の仇かと思うほど睨みつけてくる。

 この部屋から逃げ出したいのだろうが残念ながら入り口は私を避けては通れない。

 そして、まだ私の手の中には『それ』が2匹いる。


「レディ! それを持ってさっさと出ていってくれないか!」


「あっはは、何言ってるんだ。今来たばかりだって。ほら、これ。好きだろう?」


 尻尾を掴んでよく見えるように持ち上げる。


「そんなわけないだろう! 君は淑女として失格ではないか!? 人の嫌がる事をしてはいけないと教わらなかったのか!」


 その言葉に大袈裟に肩を落としてため息をつく。


「あーあ。やっと口を利いてくれたかと思えばこんな態度とは。先日からリンドルムに無視されて辛かったなぁ。ショックでこの手の中にいるトカゲ達を放り出してしまいそうだ」


「やめてくれ!」


 芝居がかった態度で嘆いて見せると、悲鳴じみた声で止められる。


「なら、なんて言うべきかわかるな? リンドルム」


「………なぃ」


「はあ。そうか。わからないのか。それは残念だ。さー、トカゲくんたち。今日からここがお前達の家だぞー」


 酷く落胆して見せて床にトカゲを放そうとしゃがみこむ。


「す、すまない! 無視した俺が悪かった! 勘弁してくれ!」


 まるで土下座でもしそうな勢いで謝罪し始めるのを見て目を丸くして動きを止めた。


「ん? 思ったより早く折れたな。もう少し粘るかと思ったのに意外と根性ないな」


「誰にだって苦手なものはある!」


 それに、うんうんと頷いてみせる。


「そうだな。そうなんだ。わかっているじゃないか。それなのにお前は昔、よくも私のベッドにカエルを仕込んでくれたな」


 リンドルムを半眼で睨みつける。

 ああ、あれは許されない非道な行為だった。悪行だった。

 転生した今もなお許していない。


 アッシュに非難する目を向けられリンドルムが少したじろぐ。


「は!? いや、誤解だ! レディのベッドになど!」


「覚えてないのか? 13歳の時、初めて大きな喧嘩して2日間口を利かなかった時のことだ。今回はその仕返しなんだから文句言うなよ」


「それは、カーディルと……なんで知ってる……」


 私を凝視するその顔には困惑が浮かんでいた。


「さあなー」


 言いながらトカゲ達を窓から外に出してやる。

 それを見て明らかにホッとした顔をしてリンドルムは机に戻った。

 椅子に腰掛けた後もどこか戸惑いを隠しきれないようで視線を彷徨わせる。


 私を視界に入れないようにしたいのに、つい目を向けてしまうようで複雑そうな顔をしている。


「トカゲかわいいのになー」


 窓を閉めると机を挟んでリンドルムの正面に立つ。

 腰を折ってリンドルムの顔を覗き込むように肘をつく。


「行儀悪いぞ」


「はいはい。ところでさ、リンドルム。お前いい奴いないのか?」


「は?」


「ほら、詫びの印に恋バナしてくれよ。こう胸がキュンってするようなやつ頼む」


 胸の辺りをぎゅっと押さえておどけて見せる。


「は、いや。そんな相手はいない」


「何だそれ! お前せっかく顔良いのにもったいねー!」


 バンバン机を叩くのを迷惑そうに顔を歪ませて見てくる。


「お前な、人生は一回きりなんだぞ。知ってるだろ? そうそう都合よく2回目の人生なんてやってこない。自分を幸せにできるのは自分だけなんだ。幸せになるための行動は自分にしかできない」


「なるつもりもない」


 忌々しそうに私を睨みつけてくるのを鼻で笑うと人差し指を鼻先に突きつける。


「はっ、ばーか。ならないわけがないだろ。私に出会えたことを幸運に思え」


「……どう言う意味だ?」


「リンドルム幸せ計画、ここに発足だ!」


「結構だ。レディ、お帰りはあちらだ」


 不機嫌そうに顎でドアを指し帰るように促される。

 それを笑い飛ばして肩をポンポンと叩く。


「大丈夫だ! お前に拒否権はない!」


 リンドルムの眉間に皺が深く刻まれ、握っているペンが軋む音がした。

 気を落ち着けるためか長く息を吐き、頭を横に振る。


「……アッシュ。門の外まで送っていけ」


「え、ええー。僕ですか? ご自分で送って差し上げてくださいよ」


「アッシュ」


「はいぃぃ」


 全く押しに弱いな、アッシュは。


 だが、多少は感情が動いていた。

 感情が凍っているなら簡単な話だ。溶かせばいい。

 喜んだり、怒ったり、怯えてたり、戸惑ったり感情を揺さぶり続ければまた笑える日が来るはずだ。


 いきなり笑わせようと言うのが無茶だったんだ。


 よし! 方向が見えてきたぞ!


 拳を握りしめて天井に突き上げる。


「よーっし! がんばるからな、リンドルム!」


「頑張らなくていいから一刻も早く帰れ」

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