23
ひんやりとした夜風を受けて、雲ひとつない星空を見上げる。
「……静かだな」
一際強い風が吹き、葉擦れの音が耳を塞いだ。
肌寒さを感じて身を縮こませる。
胸を去来するのは、リンドルムのことばかりだ。
「私は……どう思ってるんだろう」
そっと唇に手を触れる。
思い返したあの感触と温かさに顔が熱を持つ。
「嫌じゃ、なかった……むしろ……」
抱きしめられるのも、キスされるのも、名前を呼ばれたのも、本当は嬉しくて堪らなかった。
じわりと涙が滲んでくる。
流れ落ちることなく瞳の中に留まる水の膜で星が更に輝きを増した。
でも、だって、ダメだ。
こんな感情持ったら、嫌われる。
でも、じゃあなんでリンドルムはあんなことしたんだ。
まるで私を好きだと言うように。
あぁ、勘違いしてしまいそうだ。
困惑した頭の中で、突如ぱちんっと何かが弾けた音がした。
ーー記憶の中の彼に恋をしたんだーー
脳裏に響いた言葉。
散らばっていたピースが急にひとつひとつ嵌っていく感覚だった。
死の間際に私が望んだこと。
記憶の断片が繋ぎ合わせていく。
心の奥深くに沈んでいた嫉妬と独占欲と後悔に満ちた感情が、まるで奈落の底のように私を足元から呑み込んでいく。
「……あぁ、そうか。そうだった。思い出した」
痛いくらいに好きだと思った。
誰にも渡したくないと思った。
だけど、気づかなければよかった。
こんな気持ち口にしてどうなる。どうしたらいい。
だって、こんな。報われない想い。
捨ててしまえたらどんなに楽だろう。
無償の愛なんて無理だ。
私が愛しただけ、同じだけ返してくれなきゃ嫌だ。
友情なんかじゃ、足りない。
それなら手に入らない方がずっとマシだ。
あの口付けに、優しい瞳に勘違いをしてはいけない。
でも、親友にあんなことしない。
親友と結婚なんて、普通しない。
だけど、リンドルムが私を恋愛対象として好きになるはずもない。
ぐるぐると思考が同じところを巡る。
「違う、そんなの馬鹿げてる。あり得ない。浅ましいただの願望じゃないか」
期待するな、と繰り返す言葉は弱々しい。
はっきりと自覚した恋心に振り回されて滲む涙が頬を滑り落ちた。
「セリーナ、何してるんだ?」
背中にかけられた声に、びくりと肩を揺らした。
視線を向けると濡れた髪をタオルで雑に拭きながらバルコニーまで歩いてくるリンドルムが目に入った。
「リンドルム……」
力なく名を呼ぶと、心配そうに眉尻を下げた。
冷えた体を温めるように私を抱き寄せる。
風呂を上がったばかりのいつもより温かいその手が私の乱れた前髪を払い、涙の跡を親指でなぞった。
「冷えてるな。中に入ろう」
促されてそのままベッドに腰掛ける。
リンドルムが一瞬ぐちゃぐちゃになったシーツに訝しそうな目を向けたが結局何も言われなかった。
「どうした? 疲れたか?」
「まあ、そりゃあな……」
「それだけじゃないだろう?」
「……………………」
私の無言を肯定と取ったのか、両手をそっと包まれる。
「文句だろうがなんだろうが聞くから。言ってくれ」
なんで泣いていたか聞きたいのだろうが言えるわけがない。
リンドルムが好きすぎて泣いてました、なんて。
私はいつからこんな女々しくなったんだ。
リンドルムの胸に頭を預けて、時間を置いてから口を開いた。
「…………なあ、私と結婚して後悔してないか?」
「するはずがないな」
即答だった。
「わ、私のことを、そういう意味で……その……」
「ああ、好きだ」
最後まで口にできない私に代わって、その言葉を引き継ぐと、あっさりとリンドルムは言った。
「私を? カーディルを?」
「待て。なんでそこでカーディルを引き合いに出す? 男だぞ」
「でも最初は私よりカーディルが好きだっただろう?」
「親友とただの顔見知りの女性ならそうだろう? だが、少なくともそう言う目でカーディルを見たことはない! 断じてない!」
「そ、そうか。それは悪いことを聞いたな」
「構わないが、他に変な勘違いはしていないか不安になってきたな。言葉が足りない俺が悪いんだろうけど」
そう言って私を強く抱き寄せた。
「セリーナ、君が好きだ。カーディルの代わりなんかじゃない。その記憶を引き継いだ部分も含めて君だ。コロコロ変わる表情も、俺を見上げて笑う顔も、意外と泣き虫なところも。全部愛しいと思っている。頼むから疑ってもいいがこうやって聞いてくれ。ひとつひとつ誤解は解いていくから。ひとりで悩まないでくれ」
「な、なんで結婚する前にそれを言わないんだ、馬鹿っ……!」
「……君が死ぬかも知れないと思ったら、暴走した。目を覚ます前に結婚して、逃げられないように連れて帰ろうと思って」
「なんだ、その理屈! 意味がわからん!」
若干気まずそうな顔をして言い訳するリンドルムの鼻を掴んで引っ張る。
「痛い痛いっ! セリーナ、手を離せっ」
「痛くしてるんだから当然だろ! 反省しろ!」
そう言ってパッと手を離してやると赤くなった鼻を摩って、少しばかり恨めしそうな目を向けてきた。
それを眦を吊り上げて睨み返す。
「文句あるのか? 勝手に婚姻届提出して公爵家に連れ去ったロリンドルムが?」
「う、さすがにその呼び方はやめてくれ……」