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部屋に案内された後、勝手知ったる公爵家だが改めて邸内を見て回った。
すれ違うメイドや使用人たちの生暖かい視線が痛い程突き刺さり、先ほどのことが思い出されて途轍もなく居た堪れなかったが概ね好意的なようだ。
あの頃と変わった箇所をいくつも見つけて間違い探しをしているみたいでつい熱中してしまったが、全て周り切る前に夕食の時間がきてしまい中断した。
夕食の席にも前公爵夫妻の姿が無いため問いかけると、ひと月前に隣国に招待され不在だと言う。
「本来は来週のご帰国だったのですが、旦那様からの手紙をご覧になり明日の夕刻お戻りになると早馬にて連絡を頂いております。旦那様はお覚悟めされたほうがよろしいでしょうなぁ」
ジェイムズがどこか愉しげに告げるとリンドルムは苦虫を噛み潰したような顔をして舌打ちをした。
「え、お前……まさか……」
「事後報告だ」
「嘘だろ……」
結婚を事後報告とか本気か、こいつ。
真っ青になった私を気遣うようにジェイムズがフォローを入れる。
「セリーナ様は何もお気になさらず。先代様方は旦那様に大層お怒りなだけです。セリーナ様をお出迎えできなかった事がそれはそれは残念だったようでしてな」
「そんなこと言ってもなんの役にも立たない伯爵家の娘と結婚したとか公爵が認めるはずないだろう! 政治的利用価値も資産もない。私に出来ることなんてたかが知れているんだぞ!」
脳裏に浮かぶ優しい公爵夫妻の姿は友人相手だからだ。
公爵家の嫁にそんな甘いわけがない。
「何もなくて構わないんだが。権力も金も現状で問題ない。これ以上力をつけて王家から目をつけられても困るしな。
君は俺のそばにいて、好きなことをして笑っていてくれればそれだけでいい。
元々父上達にも俺が選んだ相手ならいいと言われていた。俺はセリーナがいい」
「…………そ、そうか」
心の底からそう思っているようなリンドルムの表情に、なんと答えたらいいかわからず、スープを口に運んでそれ以上の返答は避けた。
くっ、美味しいはずなのに味がしない!
「案ずるな。公爵家に連なる者で誰ひとりお前を歓迎しないものなどいない」
「ほっほ。そうですな。もしそんな者がおりましたら生きて公爵家を出られませんでしょうからなぁ」
「不穏だな!?」
二人とも朗らかに笑っているが、なかなかに物騒な発言に冷や汗が流れ落ちた。
◇
湯浴みを終えて夜着を身にまとう。
寝室に足を踏み入れ、思わず足を止めて両手で顔を覆った。
目の前にはキングサイズのベッドがひとつ。
今までは何も気にしなかったのに、実際にベッドを前にすると妙に意識してしまう。
リンドルムはまだ来ていない。
急ぎの仕事を片付けてから来ると言っていた。
「こ、このベッドにリンドルムと……? な、何もしないと約束してくれたからな! うん、大丈夫、大丈夫。ちょっと横に寝るだけだ。うん」
すーはー、と大袈裟なくらい深呼吸を繰り返すと意を決して足を進める。
正直、この展開に未だに頭が追いついていない。
退院したかと思えば公爵家に連れてこられて、もうすでに結婚してるとか言われて意味がわからない。
気持ちを落ち着ける暇もなく公爵家の全力でもてなされて、嬉しくもあったが夜にもなると心身共に疲弊してへろへろだった。
ベッドに腰をかけると途端に気が抜けてそのまま背中から倒れ込む。
そのままごろんとうつ伏せに転がり顔をシーツに押し付けた。
「…………結婚、したんだな」
ぽつりと言葉にして、その事実を噛み締める。
リンドルムの気持ちはどうなんだろう。
私を死なせないためだけに結婚したのか。
それとも、本当に私に気持ちを向けてくれているのか。
あのあからさまな好意をそのまま受け取ってしまっていいのだろうか。
私はカーディルじゃないから、口にしてくれないとわからないのに。
ゆっくり話をする時間がなかったわけではないが、聞きづらくて話題に出すことができなかった。
「〜〜〜〜だって、私のことが好きか? なんて聞けるか、馬鹿!!」
手近にあったクッションに思いっきり拳を叩き込む。
ふわふわのクッションに沈む手から力を抜き、そのまま頭を抱えて蹲る。
「って、うあああ……なんだこの乙女思考っ!」
あまりのらしくなさに耐えきれず、手足をばたつかせてのたうちまわる。
綺麗にベッドメイクされていたのに最早見る影もないほどぐちゃぐちゃに乱れている。
暴れ疲れたこともあり多少の申し訳なさを覚えて少し頭が冷えた。
「はあっ、はっ、……なんでこんな汗だくになってるんだ、私は……っ」
汗で顔に張り付く髪を腕で拭うと疲れ切った体を起こして、冷たい空気を求めてバルコニーへ向かう。