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書類仕事をしているリンドルムの執務室に押しかけて、机に可愛い包装紙で包まれたものを置く。
「見てくれ、リンドルム!」
「これは?」
手にすることもなく机の上のそれに訝しげな目を向けてくる。
「これ、好きだろう?」
包みを開いて手のひらに乗せたのはクッキーだ。
それを見た途端リンドルムは顔を顰めた。
「レディ、俺は甘いものは好きではない」
「いいから食えって」
口に無理やり押し込む。
「よーしよし、味わって食えよー」
口に入ったものは仕方ないと言いたげに、不服そうに咀嚼始めるのをふんふん鼻歌を歌いながら反応を待つ。
「っ!」
少ししてリンドルムが息を飲んで動きを止めた。
「ん? おーい。って、ちょっ、リンドルム?」
瞬きもせずに、どこかここではない遠くを見るような瞳で私を通して誰かを探す。
頬を伝っているものに気づいた様子もなく、呆然とただ静かに、まるで作り物のように涙を流す姿にやり過ぎたかと苦笑を浮かべた。
腐っても令嬢だ。レースのハンカチは常備している。
柔らかな花の香水をつけたそれで目元を拭う。
リンドルムは少ししてからはっと我に返ったのか私から顔を逸らし袖口で乱暴に涙を拭った。
強く擦ったせいで赤くなった目元を晒し、目を大きく見開いて私を食い入るように見つめる。
「このクッキーは……どこにも売ってないないはずだ。どこで……」
「答えてもいいけど、お前信じないだろうからなぁ。自分で気づいてもらわないと。でもこれ作れるのが誰かは知ってるんじゃないのか?」
貧乏男爵家だったカーディルが妹にせがまれて作っていたクッキーだ。どこかで売られているものではない。
レシピを書き残しておくような性格でもなかったので妹も全く同じ味では作れないだろう。
リンドルムは唇を噛み締めて、眉根を寄せていた。
それほど信じ難いのか、まだ判断材料が足りないと思っているのか、わかっているけど口に出したくないのか。
私に向ける眼差しは猜疑心に満ちて、警戒するような冷たいものだった。
「ふん、あいつの妹から聞いたか? こんな回りくどい真似をするほど俺が好きか。残念だが俺がレディを選ぶことは決してないだろう」
「んー、好きは好きでもそう言うんじゃないんだよなぁ。まあいいや。残りはやるから食えよ。また来るな」
ひらひらと手を振ってあっさりとドレスを翻して執務室を後にする。
コツコツとヒールを鳴らしながら、先ほどのリンドルムの様子を思い出す。
やはり随分とカーディルの死が心に影を落としているようだった。
「……泣かせたかったわけじゃないんだけどなぁ」
あの頃のように「うまい」と言って笑ってくれるかと思ったのに。
沈んだ表情でぼんやり歩いていると顔見知りの騎士から挨拶をされる。
「リッドウェル伯爵令嬢、お帰りですか? あまり元気がなさそうですね。よければ今夜……」
「おう。じゃあなー」
「あっ」
話半分で片手を上げて軽く返すとすぐさま物思いに耽る。
引き止めようと手を伸ばされた手に気づくこともなく歩き去る。
「…………なんかうまく行かないな」
ぽつりと零れた言葉は随分と覇気がない。
いつもの楽天家で能天気な姿は鳴りを潜めていた。
リンドルムが私を好きになることはない。
頑なにセリーナの名を呼ばないことからもそれは窺い知れる。
だけど、私はどうしてもまたあいつの笑顔が見たいと、もう一度親友になれたらと願ってしまうんだ。