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 カーテンから差し込む陽の光の眩しさから目を強く瞑り顔を背けると、近くでガタンっと大きな音がした。


 気怠い体はそのままに顔だけをそちらに向けると大きく目を見開いたリンドルムが立っていた。

 視線を下に向けると倒れた丸椅子が見える。先ほどまでそこに座っていたのだろう。


「おはよ」


 掠れた声でそう言って笑いかけると、ふらふらと頼りない足取りで近づいてきた。

 目の下を真っ黒にして、なのに目は真っ赤にして、空色の瞳からぽろぽろと止めどなく涙を零している。


「泣くなよ、リンドルム。せっかく目を覚ましたんだ。笑ってくれないか?」


「……っ……!」


 リンドルムは笑顔どころではなく、顔を酷く歪ませて私に縋り付くように強く掻き抱く。

 その背中に腕を回して、ぽんぽんと叩いてあやした。


「迷惑……いや、心配……でもなくて。ああ、なんて言ったらいいんだろうな。でも、うん。……リンドルム、会いたかった」


 それに返ってくる言葉は何もなくて、ただ嗚咽だけが病室に響いていた。




 奇跡的に一命を取り留めた私は、意識を取り戻すまでに半月かかったことを知った。

 一時は危ない状況だったらしいが、どうにか持ち堪えたようだ。


 目を覚ましたその日に家族も駆けつけてくれた。

 当然だがしこたま怒られ、リンドルムがいなければ助からなかったのだと何度も何度も言われて、それから泣かれた。


 助けに来てくれた後の記憶が曖昧で、あの後に何があったのかを何日かに分けてリンドルムから少しずつ聞いた。


 私が意識を失った後、すぐ治癒魔法士が到着し数人がかりで傷を塞ぎ、失血量が多かったため公爵家と伯爵家、アッシュら騎士団の面々が輸血用の血液を国中からかき集めてくれたらしい。


 5日程は生死の境を彷徨っていたようだがどうにか安定し、目覚めるのを待つばかりだったと言うわけだ。


 それと、あの魔物の出現について、だ。

 16年前の大掛かりな王都全体を巻き込んだ魔物召喚も、今回の件も邪教信仰の根強い南部の魔術師と司祭による儀式の一環だったらしい。

 何をするつもりだったのかって、存在するかも怪しい悪魔を召喚するための生贄を捧げていたという。

 そんな事のために失われた命の多さを思うと胸が痛んだ。

 私の顔が曇った事でこれ以上の話は体調が落ち着いてからと言われて、とりあえず養生するようにと厳命されたわけだが、全く無理な相談というものだ。


 動けるようになった私は病院の内外を歩き回っては子供達と遊んだり、洗濯の手伝いをしたりと気ままに過ごしては、どこから聞きつけたのかその都度リンドルムに病室へと連れ戻された。


 そんな入院生活を2週間程続けて経過も問題ないと医師の許可が出たので家に帰る事になったが、迎えにきたのは入院中も甲斐甲斐しく世話をしに来ていたリンドルムだった。


 そして家に帰ってきたはずなのだが、馬車を降りて目の前に聳え立つ邸は伯爵家のものではなく、前世では通い慣れた公爵家だった。


「えーと。これは、どういうことだ?」


「わからないか? セリーナ」


 私がカーディルだとわかったのにセリーナの名を呼ばれて首を傾げる。


 というか、初めてセリーナと呼んだな。


 そわそわとどこか浮き足だった落ち着かない気持ちになりながらも、戸惑いながらリンドルムを見上げる。


「いや、治療を終えたから家に帰ると聞いていたのだが」


「今日からここが君の家だ」


「ここはリンドルムの家だろうが」


「ああ、俺の家でもある」


「いやいや、お前の家でしかないだろう」


「察しが悪いな」


「ふっざけんな。お前説明不足にも程があるだろ。で? どういうことだ」


 体が冷えるから、と肩を抱き寄せながら邸の中に促されて、エントランスに足を踏み入れると改めて説明を求めた。


「君は何度言っても無茶をして命を粗末にしようとするからな。俺が見張ることにした。二度と私の前では死なせない」


 その言葉にぴたっと足が止まり顔が引き攣る。


「ま、待て待て待て。なら、なんだ? お前、まさか私と結婚でもするつもりか? こんなうら若き乙女と一つ屋根の下に住むなら周りに何て説明する?」


「無論、結婚する。というより、君が意識を取り戻す少し前に伯爵に許可をとって既に婚姻誓約書を提出した」


「はっ!? お、おま、お前……っ! 私の意思は無視か!?」


「当然だろう。半月も寝こけていたのが悪い」


「怪我人で意識がなかったんだから悪いわけないだろうが!」


「貴族の婚姻だ。伯爵が承諾したのだから子であるお前に拒否権はない。君はもう俺の妻だ」


「そんな横暴な!」


「諦めてくれ」


 これっぽっちも自分には非がないと言うように堂々と言い放たれた。

 こういう時のリンドルムは本当に引かない。

 普段は私に押し負けることが多いのに、その反動からか絶対に譲らないと決めた時は驚くほど頑固になる。


「あーもうっ、はいはい! わかったよ! んで? これからどうするつもりだよ。お前一応公爵様だろ。もう結婚してるのなら、それはしょうがないからいいとして! 世継ぎとか……色々問題あるんじゃないか?」


 言い淀みながらも、こればかりは最初にどうするか聞いておかないといけない事なのでチラチラと様子を伺いながら問いかける。


「無論セリーナに産んでもらう」


「いや、だから……その、私を抱けるのかってことだよ」


「? 問題ない」


 何を聞かれているのか理解していないのか、不思議そうな顔で即答されるので、後頭部をがしがしと乱暴に掻きながら説明する。


「あー、その、な? 私は確かに見た目は美少女だ。認める。10人中8人くらいは美しいと言うだろう。だがお前にとって私はカーディルだろ?」


「カーディルの記憶を有したセリーナだ。体も心も別人だろう。そもそも最近まで別人として接していたしな。

それで? 君は他の男とできることが俺とはできないと?」


「は? 他の男とするわけないだろ! お前私をそんなふしだらな女だと……っ」


「君も令嬢だ。嫁がないなどあり得ない。俺と結婚しなければ他の男と結婚して閨を共にするだろう」


「あー、まあ、それは……そうだが……」


「そんなこと許容出来るはずもない。諦めろ」


 二度目の諦めろ宣言に肩を落とした。


 歯を見せて楽しそうに笑うリンドルムに、なんだかもうしょうがないなという気持ちになってしまう。


 ああ、懐かしいな。この顔がずっと見たかったんだ。

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