17
◇
夜の闇に包まれた病院のベッドに横たわる、血の気の失せた彼女の姿を暗い瞳で見つめた。
治療して3日目。
まだ意識は戻らない。予断を許さない状況だ。
傷口を治癒しただけで、失われた血液までは戻せないらしい。
この状況でどこも輸血用の血液が足りず、どうにか掻き集めたもので命を繋ぎ止めた。
藤色の髪を撫でて、その頬にそっと手を添える。
「……頼むから、生きてくれ」
負担をかけぬようにゆっくり覆い被さって抱きしめる。
耳元で聞こえる彼女の弱々しい息遣いに、僅かながらも安堵した。
そのまま頬を擦り寄せ、目を閉じる。
体の疲労よりも精神的に参っていた。
どんなに疲れていても彼女の笑顔を見れば気持ちは軽くなるのに。
不意に背後で靴音がして、離れがたく思いながらも体を起こした。
「副団長。報告が」
アッシュの声に振り返らず、そのまま続きを促す。
「今回の件、やはり16年前の魔物の事件と関連があり、とある教団の痕跡が見つかりました」
眉間に皺を寄せ、拳を握りしめる。
怒りで大きく脈打つ心臓に体が熱を持つ。
「王弟殿下の関与は?」
「……今の所はなさそうです」
「教団のアジトは?」
「団長命令で第一部隊と第三部隊が特定しました。今夜制圧します。副団長が独自で調べていた調査内容を提供してくださったお陰で早くアジトの特定ができたそうです。後日褒賞を与えると仰せでした」
「……そうか」
敵を葬っても、褒賞などもらっても彼女がいないなら意味はない。
空虚感に襲われて、力無く椅子に腰掛ける。
「…………そうか」
背中を丸めて、膝に腕をつく。
意味もなく繰り返される言葉にアッシュは何も言わずに病室を後にした。
窓から入る月明かりに照らされて、藤色の髪が柔らかな色を纏って煌めいた。
彼女の細い指に手を絡めて、そのまま祈るように額にあてる。
最初はカーディルのようだと思った。
だからだったのだろう。
突き放しきれなくて、気づけば心の内にすんなりと彼女は入り込んでいた。
それでも頑なに名前だけは呼ばぬように、せめてもの反抗をしていたがなんの役にも立たなかった。
強引なのに、憎めなくて。
強気なのに、どこか弱くて。
優しいのに、自分のことだけ大切にしない。
カーディルと彼女を重ねたくないのに自然と共通点が重なって、増えて、そして混乱した。
どこまでも彼女の気質はカーディルに似ていたから。
それでもベッドに横たわる彼女を前に、ようやく気持ちに区切りが付いた。
どれだけ似ていても。
記憶があっても。
似ているだけで、彼女は彼女だ。
カーディルではない。
きっかけはいつだったのか、自分でもわからない。
気付いた時にはあの笑顔が頭から離れなかった。
温もりも。腕を回した時の腰や肩の細さも。
癖のない淡い藤色の髪の感触も。
抱きしめた時の柔らかな花の香りも。
涙に濡れたアプリコットの瞳も。
気づけばその全てが、頭の中を埋め尽くすようになっていた。
黙らせたいと思っていたのに、今はこんなにも君の声が聞きたい。
君の笑顔が見たい。
それから、たまらなく君を泣かせたかった。
ああ、そうだ。答えなど分かりきっていた。
彼女と親友になどなれない。
それならば、どうするべきか理解していた。
昔、カーディルにも言われたっけな。
吹っ切れたリンドルムは怖いって。
「君が目を覚ました時には全て終わらせておこう。だから、早く目を覚ましてくれ」
祈りを込めて額にそっと口付けをする。
必ず目を覚ますと信じて手を打つだけだ。
覚悟は決めた。
金でも権力でも、情に訴えてでも何を利用しても手に入れよう。
もう逃す気はなかった。