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◇
初めて名前を呼んでくれた。
それがカーディルの名前だったことに胸が痛んだ。
カーディルと呼ばれて、気付いてもらえて嬉しかったはずなのに。それを望んでいたはずなのに。
私じゃない。
どうして私じゃないんだろうって思ってしまった。
本来混じることなかった記憶が、想いが、ようやくそこで線引きされたのを感じた。
沈んでいく意識の中で、混ぜこぜの記憶が解離していく。
それでも、それを手繰り寄せて離さぬように。
糸の先を掴むような頼りなさで必死で繋いでいた。
手放したくない。
あの笑顔も記憶も。
だってリンドルムのことを忘れたくなかった。
たったひとつも零したくなんてなかった。
例えそれがカーディルの記憶でも。
私の中にあるなら、もう私の記憶だ。
その細い繋がりをひとつひとつ辿る。
流れていく記憶にチラつく青い瞳に目を奪われた。
金色の髪が揺れる度、手を伸ばした。
決して触れることはできない遠い過去の記憶にもどかしさに襲われる。
死の間際にくらい幸せな夢を見せてくれてもいいのに。
どこまでも届かない思いを抱いて、私はこのまま死ぬのか。
リンドルムを悲しませたまま、もう二度と会えないのか。
その事実に酷く恐怖した。
自分を騙すこともできない。
誤魔化す必要すらない。
だって、ここには私の気持ちを隠す言い訳ひとつ存在しないのだから。
この気持ちがただ真っ直ぐ、何に向かっているのか唐突に理解した。
記憶の奔流に呑まれた意識の底で
最後にひとつ残ったのは
リンドルムの笑顔だった。
どうしてあんなに笑って欲しかったのか不思議に思っていたけど、やっとわかった。
あの日。
カーディルの記憶の中の彼に私は恋をしたんだ。