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 宙に浮いた足元の地面には血溜まりができている。

 ドレスは赤く赤く染め上げられて、体にぴたりと張り付いている。


 地面に血が滴る音がやけに響いた。


 体が冷たい。指先の感覚もない。もうこれ以上意識を保つのも難しいと冷静に判断を下す。

 だが、ここまで時間を稼げたなら上出来だろう。

 あとはあいつに任せよう。


 最期に頭に浮かんだ顔に向けて笑みを浮かべた。



 ーーそのとき。



 突如、魔物の腕が切り落とされた。


 もう顔を動かす力もない。血が流れすぎたのだろう。


 あの大きな魔物は私の目の前で首を落とされて音を立てて倒れていく。


 その一瞬垣間見えたのは、待ち焦がれていた私の太陽だった。


 宙に投げ出された私も地面に叩きつけられるのを覚悟したが寸でのところで誰かの腕に受け止められる。


 見なくてもわかる。

 私の最期には来てくれると信じていた。


「リンドルム……遅いぞ、馬鹿やろう」


「悪い。すまない。ああ、どうして。俺はまた失うのか。カーディル……」


 その言葉に目を大きく見開いた。

 そして、ふっと口元を緩める。

 嬉しい気持ちと同時になぜか胸のどこかが小さく痛んだ。


「はは、やっと気づいたか……」


 取り乱した様子のリンドルムの頭を、痛みを堪えてそっと撫でる。


「動くな、カーディル。今、治癒魔法士を呼んでいる。この腕を抜けば失血死する可能性がある。痛むだろうがじっとしててくれ」


 そう言って私の体を抱いたまま地面に腰を下ろすと手を握られた。

 その手は冷たくて、ひどく震えていた。

 こんなに震えては剣も握れないじゃないか。


「怪我は……ないか?」


 問いかけるとリンドルムは今にも泣き出しそうな顔で口元を震わせてどうにか頷いた。

 乱れた呼吸のままに何度か口を開いては閉じ、私の手を強く握りしめる。


「……なぜ……っ」


 ようやく絞り出されたその一言。

 その後に繋がる言葉を私は知っていた。


 なぜ見捨てなかった。なぜ逃げなかった。


 言いたくてもカーディルならそうするわけがないことも知っていたから口にできないのだろう。


 肩を震わせて、顔をくしゃくしゃにしている。

 しゃくり上げそうなリンドルムの不規則な息遣いだけが耳に届く。


「……あの日、雨が降ったんだ」


「……雨?」


 唐突な言葉に呆然とリンドルムが私の言葉を繰り返す。


「あんなに……いい天気だったのにな。事切れる寸前、大粒の雨が降っていた。この姿で生まれて……当時を思い出してから、やっと……わかった。


ーーお前、泣いていたんだな」


 そっと頬に手を伸ばすと、やはりそこは濡れていた。


 視界はもう薄っすらとしか見えない。

 痛みも麻痺してきた。

 二度目だからな。慣れてきたのだろうーーってそんなわけないか。


 浅い呼吸を繰り返す。


「泣かせたまま……別れるのは、親友として失格だろう? はは、こんな愛らしい姿では信じて……もらう、ことも難しかったが……」


 頬に触れる私の手が力無く離れそうになると、リンドルムが自分の手を上から重ねた。


「どうにかして、笑ってほしかった。お前、あれから笑ったか……? セリーナとして再会してからも……仏頂面ばかりで……私のせいかと……いつも心苦しかった」


「お前のせいではない。俺がお前を守れなかったから。今も、昔も。どれだけ強くなろうと。守りたいものだけが……守れない」


「は……なに言ってんだ。あの日の誓い通り、民を……守ってるだろう? ……それだけで十分だ」


「だが、共に誓ったのなら共に生きるべきだ! なぜっ、なぜ……いつも置いていく……っ!」


「…………悪い」


「ち、違う! お前を責めたいわけではないんだっ……違う、違うんだ……」


 狼狽して力なく首を振るのを見て、頬にあてた手をそっと押し付ける。気にするな、と。


「悪い……もう迎えが、来る。また会えるさ……何年後かは……わから、ないけどな。待ってて……くれるか? ……また親友に、なろう。こん、どは……早めに、気づ、……て…………」


 口元に笑みを浮かべて目を閉じる。

 呼吸が乱れ、意識が朦朧としてくる。

 痛みに無意識に呻き声が出た。


「嫌だ」


 どこか遠くで拒絶する声が聞こえた。


 ああ、二度も同じ終わり方をするのか。

 本当に学ばないな。

 リンドルムに嫌がられても無理はない。

 生まれ変わっても今度は親友にもなれないのか。

 無性に悲しい気持ちになったが、どこかでそれを当然だとも受け入れていた。

 これだけ傷付けたのだ。

 三度目は関わり自体を断たれてもおかしくない。


 ああ、できれば。なあ、リンドルム。

 最期に私の名前を。

 セリーナと呼ぶ声を聞きたかったな。


 その願いを口にすることもできず、意識を手放した。






「嫌だ。お前は絶対に死なせない」



 続けて強く絞り出されたその一言は私の耳に届くことはなかった。

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