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◇
騎士団に顔を出すと随分と物々しい空気が漂っている。すれ違う団員たちの顔つきも酷く険しい。
「今日はどうしたんだ?」
「東の街道で魔物が出たらしい。落石もあったようだ。悪いが時間がないのでもう行く」
「私も行くよ。戦力にはならないだろうが後方で負傷者の手当てぐらいはできる」
「いや、騎士でもない者を連れて行くことはできない。危険だ」
「ぐたぐだ言うな。時間ないんだろ? ほら行くぞ、リンドルム」
「…………ああ」
どこか不安気な目で見ている事に私が気づくことはなかった。
◇
現場は思ったよりも混乱を極めていた。
リンドルムら騎士が魔物を一掃するが、次から次へと湧き出してくるようだ。
怪我人の数も多く、一般市民も巻き込まれている。
物資も足りなくなってきた。
戦場からは少し離れた場所に救護テントが設置され、そこで手当てをしているが戦いの音が静まる様子はない。むしろ激しさが増しているようにも感じる。
私の元に護衛を1人を残して、他はリンドルムの下で戦うように伝えた。
伯爵家の護衛はみな手練れだ。騎士達にも引けを取らず活躍する事だろう。
私も戦力になるのならこの手に剣を持ってすぐに加勢するのに、と歯がゆい気持ちで怪我人の手当てに奔走する。
ちょっと一息ついてテントの外で水をあおっていると離れた場所にいる親子がふと目に入った。
まだ5歳前後の男の子だ。やんちゃ盛りのようで木を振り回して遊んでいるのを怪我をしないか心配しながら母親が見守っている。
魔物も来ない安全な場所だからだろう。
騎士も数人配置されていることもあり、安心した様子で笑い声を上げている。
この状況で気が立っていたが、親子の姿に癒されて少し落ち着きを取り戻してからテントに戻る。
しかし、次から次に運ばれてくる騎士の数にそんなにも魔物の数が多いのかと徐々に不安を募らせた。
足を怪我した騎士の手当てを終えて、また次の怪我人の元へ向かおうとした時、外から悲鳴が聞こえた。
慌てて外に出て見渡すとテントから見える位置にこちらを伺っている魔物が複数体見てとれた。
恐らく今見えている以上の魔物が潜んでいるのだろう。
「あぁ、もう! こっちに魔物を通すなんてなにやってんだ、リンドルム!」
ドレスを捲り上げ、太ももに隠していたナイフでドレスの裾を裂いて膝丈まで短くする。
ナイフを手に駆け出そうとすると横から伯爵家の護衛が近づいてきた。
「お嬢様! 避難しましょう!」
「武器はあるから心配するな! そっち側の魔物を頼む!」
「ですがっ!」
「こんな状況だ。出来ることをやるしかないだろ! 私達だけが助かっても意味がない!」
顔を歪めて葛藤する護衛に「心配するな」と笑いかける。
「リンドルムに伝言だけ頼む。危ないことをする時は連絡するって約束したからな」
「……わかり、ました」
護衛の間でやり取りするための道具を手に、すぐ連絡を取ってくれたのを確認して周囲の魔物の動きに注視する。
下手に前に出ると囲まれるだろう。
あと少しこちらに引き付けたい。
しかし、1人しか護衛をこちらに付けていなかったのが仇となったか。
被害が出るかもしれない。
他に動ける騎士もいるが、民間人と怪我人を守りながらだと動ける人数が限られる。
ざわざわと肌が粟立つ感覚に喉が鳴る。
込み上げる嫌な予感に飲まれぬよう、汗ばむ手でナイフをもう一度握りしめた。
獲物を探して一直線に血の匂いのするテントに近づいて来た1m程の大きさの鼠の魔物にナイフを投げつける。
眉間に深くナイフが突き刺さり、ぴくぴくと痙攣して動かなくなったがこういう魔物は大概集団でくるものだ。
まだ、気を抜けない。囲まれている可能性が高いだろう。
大鼠からナイフを抜き、警戒を強める。
想定した通り茂みから次々に湧いて現れる大鼠を相手に、テントの護衛用に配置されていた騎士と共にナイフを片手に仕留めていく。
極力ナイフを投げないようにしていたが、あまりの数に仕方なくそうするしかない状況が重なっていく。
手持ちのナイフの数も限られている。
今手元にあるこの1本のナイフが終われば私は丸腰になる。
どこかで武器の調達もしなければと焦る心をよそに現実は待ってはくれなかった。
大鼠の屍も積み上がるが、その向こうからまた別種の魔物が姿を現したのだ。
魔物の数に対してこちらの戦力が圧倒的に不足している。
数の暴力を前に騎士たちにも疲労が色濃く見えた。
「ああ、万事休すか」
口ではそう言いながらもナイフを構えた。
諦めるわけにはいかない。
後ろには守るべきもの達がいる。
そう再度気を引き締めてナイフを握る手に力を込めた。
「お嬢様!!」
叫ぶように私を呼ぶ声に目を向けるとリンドルムに預けた護衛達だった。
魔物を切り捨てながらこちらに向かってくる姿に安堵から口元が緩む。
「テントまで下がってください! もう武器もないでしょう。これ以上は足手纏いです!」
「わかった。任せる」
伯爵家の護衛達だけではなく、騎士も連れてきてくれたようだ。
それを確認し、怪我人と共に即座にテントへと向かう。
実際、横になって休みたいくらいには疲労を感じていた。
テントの中はあまり広くはないが、それでも皆中心で身を寄せ合い恐怖に震えていた。
その中の1人が返り血まみれの私に縋り付く。
「っと! な、なんだ!?」
肩を掴んでその顔をよく見れば休憩時に見かけた子供の母親だった。
だいぶ憔悴しきった顔で、先ほどの面影が見当たらないほどだ。
「あ、あの! 私の子供がいなくて……! 少し目を離した隙にっ、い、いなくなっていて! 探していただけませんかっ!? お願いしますっ……!」
「やめろ! 私達も探しにいきたいのは山々なんだ! だが子供1人のためにここの戦力を削るわけにはいかない! この令嬢とて見てわかるようにボロボロだろう! 平民が助かるかもわからない子供を助けるために令嬢に死ねと言うのか!?」
「でも、わ、私のっ、私の子供が!」
騎士の言葉に混乱した様子で頭を振り乱して泣き叫ぶ母親の肩にそっと手を置く。
「わかった。探してくるから。落ち着いてくれ」
半狂乱状態で私の言葉も届かないのか、「私の子供が」と壊れたように繰り返す。
「大丈夫。大丈夫だ。私が必ず見つける」
「だ、だいじょうぶ……? みつ、ける?」
言葉を反芻してそのまま動き止めると、少しして言葉を理解したのか瞳から涙が溢れ出るのもそのままに崩れ落ちた。
「あ、ありがとうございます、ありがとうございますっ……」
母親の肩をぽん、と叩き、足を負傷した騎士から剣を借り受けてテントの外に出る。
先ほど母親を押し留めようとした騎士が申し訳なさそうに背後から声をかけてきた。
「すまない。このまま安全な場所で身を隠していてくれ。子供は間に合わなかったと後で伝えればいい」
「いや、多少なりとも戦う力があるんだ。探してくるよ。無茶はしないさ」
「君が命をかけることはない」
「わかってるよ。ありがとう。でも、まだ子供が助かる可能性があるなら探したい」
私が意見を曲げないことに気づいたのか、敬礼すると「お気をつけて」と一言だけ最後に声をかけてくれた。