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 今日も今日とて騎士団の執務室がある棟へ急ぎ足で向かっていると後ろから声をかけられた。


「ねぇ、そこのあなた」


「ん?」


「リッドウェル伯爵令嬢だったかしら?」


 うわぁ、誰だっけ。このお嬢様。

 ド派手な金髪縦ロールはどっかの夜会で見た気がする。


 えーっと、セリーナの仮面、セリーナの仮面。


「んん"っ! ご、ご機嫌よう」


 令嬢ぶるのが久しぶりすぎて声が裏返った私を、令嬢は扇で口元を隠して見下すように目を細める。

 視界に入れるのも嫌だと言わんばかりに嫌悪感を滲ませているその瞳に居心地悪くも引き攣った愛想笑いを返す。


「あなた、最近騎士団に入り浸っていらっしゃるそうね? 男漁りだなんて恥ずかしいお方」


「漁る? よくわかりませんが、リンドルム副団長とは友人ですの。交友を深めているだけですわ」


「まあっ、あの方をお名前でお呼びするなんて! ヴェルズ公爵様はあなたのような伯爵家ごときが近づけるお方ではなくてよ!」


「そうは仰られましても事実ですもの」


 口元に手を当てて、困ったように俯いてみせる。


「なんて生意気な口かしら! 私が誰だかわかっていらっしゃるの!?」


「まさか。あなた様のような高貴なお方わからないはずありません。私がお名前を口にするのも恐れ多いですわ」


「なら言ってみなさい! 特別に許して差し上げますわ」


 だからわかんないんだって素直に言えたらいいのに、何となくうちより爵位が上っぽいんだよなぁ。

 このまま走って逃げれたらいいのに。

 くそ、無駄な時間だな。


 のらりくらりと煙に巻くように躱していると、いつの間にか令嬢の向こうにいたリンドルムが足を止めてこちらを眺めていた。


 しっかりと目が合ったので笑顔を向けると、また面倒事かと言いた気な顔で仕方なしにこちらに近づいてくる。


「レディ。そこで何をしてる」


「リンドルム!」


 令嬢の視線に殺意が混じった。


 さっきまでの会話から、この令嬢よりリンドルムの方が爵位は上なんだろう。

 よし、あいつを優先しても問題ないはず。


 助けを求めるように近づいてきたリンドルムに視線を向けると、ぐいっと肩を抱き寄せられた。

 思わず胸に手をついて体を支えると目を瞬かせて見上げる。


「遅いと思って様子を見に来てみれば、こんな所でなに油を売ってるんだ」


 そう言って顔を顰めたまま、私の乱れた髪を整えて耳にかける。

 ゴツゴツしたその指がそのまますっと首筋をなぞっていき、肩を揺らしてしまう。

 肩を抱くリンドルムに私の震えも直に伝わっているだろうと思うと更に動揺した。


「う、あ、ああ、すまない……」


 普段と違う対応にどう反応していいか分からず、視線を彷徨わせた後に顔を伏せると「顔を隠すな」と顎を持ち上げられ、青い瞳と合わせられる。

 私が動揺しているのを面白がっているのか、目が僅かに細められていた。


 れ、令嬢用だな!? 令嬢を追い払うための演技なんだな!?


 恐らく、いや絶対そうだと判断して、真に受けた自分が恥ずかしくなり、彼女からもリンドルムからも顔を隠すように硬い胸板に顔を埋めた。

 そんな私の髪を梳きながら、リンドルムは令嬢へと声をかける。


「すまないが彼女に用件があるなら手短に願いたい」


「い、いえ、もう終わりましたわ! わたくしこれで失礼いたしますっ!」


 上擦った声でそう言うと、挨拶をする間もなく足早に去っていく。

 令嬢の姿が見えなくなるとリンドルムはあっさりと身を離した。

 一息ついて肩の力を抜いてから「助かった」と疲れた笑みを向ける。


「だが、あんな演技までしなくても良かったんじゃないか?」


「あれが手っ取り早い。それに俺がハニートラップに引っかからないか心配してくれていただろう? 実践して証明しておこうかと思ってな」


「私で遊んでいただけじゃないのかー……?」


「……さあな」


 誤魔化すように優しく頭を撫でられ、その気持ちよさに猫のように目を細くした。


「君は淑女としての対応もできるんじゃないか」


「かなり猫被るから疲れるんだよ……肩凝るし」


 そう言って、ぐるぐると肩を回してると「やめなさい」と押さえられた。


「でも、助けてくれてありがとな」


「大したことじゃない」


「相手するの面倒だなって思ってたから困ってたんだ。あのお嬢様、どこの誰かもわかんないしなー。リンドルム知ってる?」


「気にするな。俺も知らん」


「うわぁ、バッサリ切り捨てるなー。ほんと容赦ないな、お前って」


「…………レディには優しくしている、つもりだが」


「ん? そうだな。最近はそうかも。前だったら通り過ぎてただろ?」


「だろうな」


「ははっ、この正直者め!」


 グリグリとお腹に拳をめり込ませるが、腹筋が硬すぎて痛がる様子もない。


「気は済んだか? ほら、行くぞ」


 ぽん、と背中を押されて並んで歩く。


 リンドルムの一歩で私は二歩進むくらい歩幅は全然違うのに、歩きづらいだろうに何も言わずにこうやって合わせてくれる。


 何でもない平和な一日で、最近の当たり前。


 この日々がずっと続けばいい。


 こうしてリンドルムのそばにいられることに、ただ幸せを感じていた。

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