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 訓練場に足を踏み入れると一目散にリンドルムを目指す。


「リンドルム、手合わせするぞ!」


「レディ。前も言ったが怪我をするからやめてくれ」


「何だよ。リンドルムなら怪我させないだけの腕もあるだろ? 受け身も取れるし問題ないって」


「…………わかった。せめて服を着替えてくれ」


「あれ、副団長。なんかセリーナ様に甘くなってません?」


「アッシュのおかげだ。先日、正式に友達になれたんだ!」


「わあっ、副団長と無事に仲良くなれたんですね! さすがセリーナ様です!」


 手を握り合ってはしゃぐ二人を見て、機嫌悪そうな冷たい声がかかる。


「…………アッシュ、随分と親しげだな?」


「え」


「レディの名を気安く呼ぶな。軽薄に見えるぞ」


「え、ええー……いや、副団長……それってもしかしてですけど嫉妬ーー」


「アッシュ」


「はいぃぃ! 呼びません!」


「リンドルム、私が頼んだんだ。怒るなよ。なあ、アッシュ。こいつに構わずセリーナって呼んでくれていいからな。せっかく仲良くなったのに寂しいじゃないか」


「あっ、うぅっ、ですが……」


 チラッとリンドルムを伺う。


「駄目だ」


「だ、駄目だそうです……」


 冷たく即答され、アッシュは私とリンドルムの板挟みですっかり涙目になっている。


「あっはは! なんだ。友達を取られそうで寂しいのか? 安心しろよ。私の一番はお前に決まってるじゃないか」


 リンドルムの左肩に手を乗せて凭れるようにして笑っていると、ふんと鼻を鳴らして私の頭を乱暴に撫でた。


「…………僕は何を見せられてるんだろう」


 困惑したアッシュの呟きは私の笑い声に掻き消された。





 セリーナが動きやすい服装に着替えている間、アッシュは意を決して隣に立つ上官に声をかける。


「あの、副団長……もしかしてセリーナ様のこと」


「名前」


「うぅ、わかりましたよぅ。それで、副団長。リッドウェル伯爵令嬢のことを、その……お好きなのですか?」


「何を言っている。歳の差を考えろ。ふざけたことを言ってるとーー」


「あ、女遊びの激しいクレイグ隊長が彼女に声かけてます」


 着替えを終えて訓練場に姿を現したセリーナに近づく男を視線に捉えるとリンドルムは怒りを露わに駆け出す。


「クレイグ!! 何をしている!?」


「うーん、これのどこが友達なんですかねぇ。必死じゃないですか、副団長」


 アッシュは笑いを噛み殺して生暖かい目で上官の背を見送った。






「っ、あぁ! もう、また負けたー!」


「当然だろう。副団長がレディに負けてどうする」


 尻餅をついたまま悪態をつく私を呆れたように見下ろす。


「でも悔しいだろ!」


 昔はカーディルの方が強かったのに一度も勝てない。

 今じゃこんなに差がある。


 立ち上がってお尻についた土を払い、「もう一回!」と声を上げようとした時、駆け足で一人の騎士が近づいてきた。


「リンドルム副団長! 団長がお呼びです!」


「わかった。すぐ向かう」


 普段の仏頂面を険しくさせて頷くと私に振り返る。


「レディは着替えたらすぐ帰れ」


「うん? せっかくだし他のやつらと手合わせしててもいいか?」


「帰れ」


 にべもなく断られ、不機嫌も隠さず腕を組む。


「何でだよ」


「何でもだ」


「理由を言え、理由を」


「副団長命令だ」


「んな、横暴な。私はお前の部下じゃないぞ?」


「もう、副団長! そんな子供みたいな事言わずに、他の男に絡まれたら嫌だから早く帰って欲しいって言ったらいいじゃないですか!」


「は?」


「ひいぃぃぃ!」


 ひと睨みされてアッシュが走って私の背に隠れる。

 それをよしよしと宥め、リンドルムを見上げた。

 心なしか少し気持ちが上がり口元に笑みを作る。


「なんだ、そうなのか?」


「いや、違う! あーもう、いいから帰るんだ」


「んー。よく分からんが、ここにいるのが駄目なら執務室で待っててもいいか?」


「まあ、それなら……」


「あんまり遅くなるようなら帰るけどしばらくは待ってるな」


 リンドルムを見送り、着替えを済ませるとアッシュと共に執務室に向かった。





「あの、セリーナ様」


 当然のようにリンドルムの椅子に腰掛けて本を読んでいると、二人だけだからかアッシュが名前で呼びかけてくる。


「んー?」


 本から顔を上げると、普段のおどおどした弱気な雰囲気ではなく、余裕さえ感じるほどのいい笑みを浮かべていた。


「副団長への仕返しに僕ちょっと試してみたい事があるんですけど協力してくれませんか?」


「お。何だ何だ? 面白い内容なら付き合ってやるよ」


「とっても簡単なことなんですけどーー」





 扉が開く音がして目が覚めた。

 片腕を枕にして、リンドルムの机で眠ってしまっていたようだ。


「戻った。ーーって、アッシュはいないのか。レディは……」


 私の姿を見つけたのだろう。

 大きなため息が聞こえてきた。


 足音が近付いてくるが目を閉じたまま反応しない様に集中する。


 私の横に立った気配がするがそのまま寝たふりを続けた。


「レディ。さすがに涎は垂らすな」


 先ほどまで本気で寝ていたから、その時のだろう。

 遠慮なく口元をぐいっ、と親指で拭われた。

 少しカサついた指の感触に一瞬、びくっと動きそうになったがどうにか堪える。

 そのまま頬を包むように片手を当てられた。


「お菓子の食べ過ぎか。ジェイムズに用意する量を減らすように言わないとな」


 やめてくれ! と思わず起き上がって叫びそうになったが何とか我慢した。


 ムニムニと頬を手の平を使って揉まれ、動かされるたびに耳に指が当たって擽ったくなる。


「うぅ……ん」


 どうにかして逃れようと寝苦しそうなふりで顔の向きを反対に変えた。


「……静かだと印象が変わるな。はあ、早く起きてくれ」


 そう言いながらも着ていた上着をかけてくれたようで、温かさとリンドルムの香りに包まれた。


 うわ。もう、このままここで本気で寝たい。


 誘惑に駆られて上着を握りしめて体勢を整える。


 いや、整えるつもりだったが、急に浮遊感に襲われた。

 リンドルムが私を抱き上げたのだ。

 流石に怖くなり、咄嗟にリンドルムのシャツに掴まった。


 ああ、リンドルム、違うんだ。これはただぬくもりを求めてしがみついただけで、まだ眠っているんだ。

 頼むから疑わないでくれ。


 心臓がドクドクと脈打ち、リンドルムの胸に顔をぐっと押し付ける。


 落ち着け。落ち着くんだ、私。

 寝息を装うのにも限界があるんだぞ!


 必死に言い聞かせて、心を無にするよう努める。


 だが、私の心配をよそにリンドルムは何も気付くことなく私をそっとソファに下ろした。


 そのまま離れるのかと思ったが、手の甲で頬を撫でられる。


「全然、似てないな」


 ぽつりと溢された言葉。


「こんなにも、違うのに」


 ふいに私の顔に影がかかった。


 すぐそばにリンドルムの吐息を感じる。


「……こんなにも、面影が重なる」


 どこか切なさを含んだ声は、私の胸を締め付けた。


 もう目を開けてしまいたくなる。

 抱きしめてやりたくなる。


 アッシュには頼まれたが、付き合うのはここまででいいやと起き上がろうと身を捩ったその時、ガタッと物音がした。


 その途端、リンドルムがすぐさま私から身を離す。


「ボクハ、ナニモ、ミテイマセン」


 カタコトのアッシュの言葉が聞こえ、リンドルムの体から冷ややかな空気が迸る。


「そうか。アッシュ、短い付き合いだったな」


「すみませんでしたぁぁぁあ!」


 体を起こしてアッシュを見ると土下座していた。


「魔が差したんです! だって副団長、いつも僕を虐めるじゃないですか! 寝込みを襲う瞬間をネタにちょっと優位に立てたらなって考えちゃったんです!! でも、さっきのもしかしてキスしようとしてました!? ソファが邪魔でよく見えなかったんですけど!」


 リンドルムはそれに何も答えず、静かに鞘から剣を抜き、アッシュの目の前の床に突き立てる。


「ひぃっ!」


「それで? 辞世の句は決まったか?」


「すみませんすみません! 調子に乗りましたもう二度としません許してくださいこの通りです!」


 その後もアッシュは平身低頭謝り続けて、無期限の小間使い就任することでなんとか許しを得ていた。


 ちなみに私は公爵家で出されるお菓子の数が減らされたが、こっそりジェイムズさんに泣きついて持ち帰り用として貰っているので、お咎めなしも同然だったりする。

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