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 俺の最期はあいつで埋め尽くされていた。


 あいつの太陽のように眩しい金色の髪が目に焼き付いている。


 目を閉じるその瞬間まで。


 もう何も見えなくなっても尚、その腕に包まれて。


 ぽつりぽつりと頬には大粒の雨が落ちていた。


 今思い返せば、あいつが泣いていたのだと分かるのに。


 俺は、何も気づけないまま世界から切り離された。



 ーーその、はずだった。



 次に目覚めた時には、男ではなく伯爵令嬢として生を受けていた。


 生まれ落ちた当初は当たり前のことだが何も覚えているはずもなく、令嬢としての日々をどこか物足りなさを感じながらも過ごしていた。


 16歳になった時、一番上の兄が騎士団に入団することになった。


 騎士団の制服を着た兄を見て胸がざわついた。

 兄のオレンジがかった金髪が誰かに重なる。だが、それが誰なのか掴み切る前にその幻は霧散した。


 それからどうしても剣に触れたくなり、一緒に入団すると騒いで両親をとても困らせたが当然認められるわけもない。

 代替案として訓練を見学させてもらった時にーー見つけた。


 鮮やかな太陽を。


 あの頃と何も変わらぬ、眩い輝きを。


 大切な親友を。


 なのに、あの快活な笑顔は跡形もなくなり、塗りつぶされたように昏く暗澹としていた。





 親友の姿を目にして記憶が戻った私は、前世の騎士カーディルの死後16年が経過していることを知った。


 2日ほど記憶の整理のために寝込んだが、令嬢とはいえ元より体は頑丈な上、深いことは考えない性格だ。

 ある程度の状況把握が済めば、すぐさま調子を取り戻した。


 ただ、ひとつ問題が起きた。


 セリーナとカーディルの性格は非常によく似通っていたようだ。

 そのせいなのかなんなのか、思考がはっきりした頃には今まで培ってきた令嬢としての所作も話す言葉や思考回路も全てカーディル寄りになっていた。


 自分でもよくわからず首を捻ったが、「まあ面白いし、楽だからいっか」と結論づけた。


 セリーナ自身であることに変わりはないが、記憶の中のカーディルの経験や感情に引き摺られているのだと思う。

 時が経ち、カーディルの憂いが晴れれば自然と戻るだろう。多分。


 最初は癖で「俺」と言っていたが、両親からせめて一人称は「私」に戻すようにと必死に頼み込まれて矯正した。

 治さなければ騎士団への出入りを禁止すると脅されたのだ。


 兄はと言うと、私の口調が急変した事を自分が入団したせいだと勘違いしてショックを受けて寝込んでしまった。



 あれから2週間。

 私は親友リンドルムにカーディルだと気付いてもらうために足繁く騎士団に顔を出している。

 リンドルムはあれから出世し、新人騎士から今や騎士団の副団長となっていた。


 訓練場に着くと騎士達の中にすぐその姿を見つけた。

 癖のない淡い紫色の髪を揺らし、簡素なドレスをたくし上げて走り寄る。

 彼の端正な顔がこちらを向くと、アプリコット色をした瞳を輝かせてその名を呼ぶ。


「リンドルム!」


「レディ。親しくもない男性を名前で呼ぶものではないよ。様か副団長をつけて呼んでくれ。あとドレスでは走らないように」


 咎めるような口調だがあの頃とは違い幾分か優しい言葉遣いになっている。

 私が令嬢だから気を遣ってくれているのだろう。

 現在は公爵という立場でありながら、その事を笠に着るわけでもなく私に対して寛容な対応をしてくれている。

 本来ならただの伯爵令嬢がしていい態度ではない。

 だが、気にしていたら突き放されて終わってしまうから本人からはっきり言われるまではこのまま突っ走るしかないのだ。


「細かいことは気にするな。手合わせをしよう!」


「そうはいうが君は女性だろう。今までまともに剣を持ったこともないだろうに。怪我をするだけだからやめておきなさい。それからもう少し女性らしい話し方をした方がいいのではないか?」


 それらしいことを言ってあしらおうとするリンドルムに不満げに眉間に皺を寄せる。

 リンドルムを見つけてから密かに木剣を用意してもらい、家族にバレぬよう自室で剣の稽古をしていた。

 前世の感覚を取り戻すにはまだ足りないが、それでも多少形になるようになったのだ。


 木剣の腹で肩をトントン叩きながら、片眉を上げて挑発するように口元を釣り上げる。


「ほーう? そうかそうか。お前がそう言うならいいぞ? そこに木偶の坊よろしく突っ立ってろ!」


 だらりと木剣を引きずるように構えて腰を落とす。


「その構えは……!」


 おっ、気づいてくれたか!?


 カーディルの構えは独特だからな。親友なんだから見れば一目で気づくだろう。


 目を輝かせて、そのまま距離を縮めると下段から勢いよく切り上げる。


「昔……親友が同じ構えをしていた。懐かしいな」


 寂しげに呟くと予備動作もなくあっさりと弾く。


「だが奴の剣はもっと重たく、受けるだけで痺れたがな。やはり女性の剣だ。軽すぎる」


「うるさいな!」


 こいつ気にしてることを!


 今度は横薙ぎにすると、続け様に急所を突く。


 狙うは喉だ。


 寸止めにするつもりだったが、私が止める前に簡単に弾かれる。


「狙いは悪くない」


「くっそ!」


 最後の一番得意だった上段からの一振りはいなされることもなく木剣を弾き飛ばされて呆気なく終わった。


「レディの体格ならそんな力任せの振りかぶりよりもスピードと技を磨いたほうがいい」


「はいはい、ご教授いただき痛み入るよ、っと!」


 弾かれて地面に転がる木剣を上に蹴り上げて掴み取る。


「器用なものだな」


 目を丸くするリンドルムに歯を見せて笑う。


「まあな。それじゃ、今日はもう行くわ。またな、リンドルム」


「ああ、ーーお気をつけて、レディ」


 一瞬言い淀んだのは、なぜだったのだろう。

 振り返った時には既に背中を向けられていた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「レディ。親しくもない男性を下の名で呼ぶものではないよ。」 →下の名が苗字でない方の個人名を指すなら、この国の氏名は日本語と同じく苗字+個人名の順番なのでしょうか? ヴェルズ公爵家の…
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