四つめ。人が人である理由。人が生きたいと思う理由。人が死にたくないと思う理由。
彼らは同じ国の生まれではありません。
彼らは、奴隷として、様々な国の市場で売られていました。
狭く、暗く、くさい馬車の中で二人は震えながら過ごしていました。
ある国に行っても、二人は売れず、
また別の国に行っても二人は売れなかったのです。
その理由は、二つ、ありました。
一人の女の子は、顔立ちもキレイで、将来は美人になりそうな女の子でした。
しかし彼女は、自分の父親から、ひどい暴力を受けていました。
冷水を頭からかけられ、外に閉め出す。ご飯を食べさせないし、げんこつで理由もなく殴られる、蹴られるなんて日常茶飯事。
ガラス窓に頭をつっこまれる、椅子で殴られる、瓶で叩く。火箸をつっこまれる。などなど。そんなことがありました。
だから、女の子は男の人が怖く、触れるのすらいやがっていました。
そして、もう一人の男の子は誰にでも好かれそうで、これもキレイな顔立ちでした。
しかし、彼は誰も信じませんでした。
なにも、信じませんでした。
この世の全てが、嫌いでした。
生きてる物全てが、嫌いでした。
自分自身も、嫌いでした。
そして、買われることも、嫌いでした。
全部嫌い。何もかも嫌い。
だから、他の人の所に行くのも、嫌いでした。
満月がキレイな夜でした。
二人を乗せた馬車が急に止まりました。
何事かと思って、女の子の方がそばにあった鉄格子をのぞいて見ました。
すると外では、奴隷商人の男の人が、野犬に襲われていました。
悲鳴、悲鳴、悲鳴。
うなり声、肉をちぎる音、ぷちぷち、血が地面を、壁を、走る音。
そして、こちらの馬車にも、野犬がやってきました。
呻る野犬。口にはしたたる血、月光に光る目。
そして、野犬の一匹が女の子に飛びかかりました。
女の子はそれを呆然と見ていました。
ああ、これで自分は死ぬんだ。女の子は思いました。
でも、いいか。女の子は思い返しました。
だって、今の今まで生きていても、何も、いいことは無かったんだもの。女の子は思い出していました。
生きていても、苦しいことばかり。だからもうこの場で死んでもいいんじゃないんだろうか。女の子は思いました。
死ぬのって、痛いんだろうか。女の子は思いました。
男の子は呆然と、女の子が野犬に襲われる様を見ていました。
ああ、女の子に野犬が襲いかかろうとしている。男の子は思いました。
しかし、自分には関係ない。男の子は思いました。
だって、自分には関係ないんだから。男の子は思いました。
ああ。あの子が死んだら次は僕なのかな。男の子は思い返しました。
親には見捨てられた。生まれてきてからずっとひとりだった。全部を憎んだ。嫌になった。だから僕は僕以外は信じない。男の子は思いました。
死ぬのは、怖くないんだろうか。男の子は思いました。
死ぬのは、怖い。女の子は思いました。
怖い。
怖い。
怖い。
怖い。
死ぬのは、嫌だ。男の子は思いました。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
死にたくないなら、それの自己主張をしなくては。女の子は思いました。
女の子はゆっくりと、身をかがめて、頭を自分の小さな、汚れた手で隠し、膝を抱えた。
死ぬのが嫌ならば、やられる前にやらなくては。男の子は思いました。
男の子はゆっくりと、静かに、奴隷商人の所に行き、その亡骸の腰から銃をとりました。
何回も。何回も。脅し、痛めつけられた奴隷商人から、その力の象徴だった、銃を。
野犬は、ゆっくりと、ゆっくりと、女の子に近づきました。
牙をむき出しにして、泡と血に混じった涎を垂らして、近づきました。
そして、噛みつこうとしたとき。
ぱぁん。
乾いた音がしました。
野犬が一匹、頭から血が一筋流れ出ました。
そのあとからもどくどくと血が出てきました。
野犬は一斉に撃たれた方角を見ました。
男の子が、銃を両手でもって、足をがたがた震わせていました。
「ごめんよ」
男の子は静かに言いました。
男の子は静かに言葉を紡ぎます。
「僕らは、生きたいんだ。死にたくないんだ」
「僕らは」
「人間なんだ」
「生きたいんだ」
「死にたくないんだ」
そして、短く息を吐いた。
「さあ。行ってくれ」
野犬は、少しずつどこかに行っていった。
少しずつ。少しずつ。
あとに残ったのは、壊れた馬車と、一人の元人間と、一人の男の子と、一人の女の子でした。
女の子は言いました。
「何で助けてくれたの?」
男の子は言いました。
「自分の身を守るためさ」
女の子は言いました。
「嘘でしょ?」
男の子は言いました。
「嘘だよ」
女の子は言いました。
「だったら、何で助けたの?」
男の子は言いました。
「きみを守りたいと思ったから」
女の子は言いました。
「嘘でしょ?」
男の子は言いました。
「嘘じゃない」
女の子は言いました。
「じゃあどうして守りたいと思ったの?」
男の子は言いました。
「きみと一緒に生きたいと思ったから」
女の子は言いました。
「じゃあなんで生きたいと思ったの?」
男の子はゆっくりと、時間をかけて告白しました。
「自分自身が、きみを助けて、きみと一緒に生きて、暮らして、そして死にたいと思った」
男の子は言いました。
「きみの名前はなあに?」
女の子は言いました。
「あなたの名前はなあに?」
男の子は言いました。
「ぼくの名前はテレス」
女の子は言いました。
「わたしの名前はアリス」
テレスは言いました。
「どこに住もうか」
アリスは言いました。
「どこに行こうか」
これが、始まりの物語。
それだけの話。
それからの話は、
えー……すいません。ネタ切れです。
あらすじ部分にもありましたように、このアリスとテレスはネタ切れなどの理由で終了する、と言っていました。
そして今。
ほんっとにネタ切れです。
しかし。
このまま、アリスとテレスを死なせるわけにはいかないかな、と思っています。
自分の勝手な理由で、この二人がいなくなるのは、とても辛いです。
いつか。
ホントに機会があったら。
また、この二人には会うことができるのかもしれません。
読者の皆様。
この小説、「アリスとテレス」に付き合っていただき、ありがとうございました。
これを読んでくれた、読者の皆様に、感謝を込めて。
敬具 作者、水月五月雨




